2017年3月12日日曜日

センチメンタル1000日

ラウディオ・バリオーニ「きみと僕の1000日」(1990年)
Claudio Baglioni "Mille Giorni Di Te E Di Me"(1990)

 バリオーニの1990年のアルバム『オルトレ(Oltre)』 のイタリア盤オリジナルはLP2枚組20曲入りで出たのですが、私はフランスにおりまして、当時のSony Musicがオランダ、イギリス、フランスなど向けに出したCDアルバム『オルトレ』は11曲入りで、ジャケットもイタ盤とは異なっておりました(→CDジャケ。↓2LPジャケ)。Discogsのデータによると、CD2枚組20曲(完全)盤は2011年にヨーロッパで発売になっているようですがフランスでは見かけません。
  1990年、ワールドミュージック現象が音楽シーンを賑わしていた頃で、このアルバムにもユッスー・ンドゥール、リシャール・ガリアノ、パコ・デ・ルシアといったゲストが参加しています。とは言っても、ちっともワールドっぽいところのないアルバムで、欧州の凄腕ミュージシャンたち(トニー・レヴィン、ピノ・パラディノ、マニュ・カッチェ...)
に支えられたいつものバリオーニ調メロディー&サウンドです。
ここで紹介する「きみと僕の1000日」は、オリジナル版2LPではC面の5曲め、欧州版CDでは10曲めに収められたバラード曲です。詞は "bellaitalia.free.fr"というアマチュアサイトが約650もイタリアの楽曲をフランス語に翻訳していて(Un grand merci au passage!)、その仏語訳詞から日本語詞にしてみました。そりゃあコンピュータソフトの訳ではなく人間訳なので、ずっとフランス語っぽい翻訳になってますけど、まだまだ難しい。要するに、3ヶ月足らず1000日を一緒に暮らして破局してしまった男女のことなんですが、「世界が二人を羨むほどの」という内容があるので、スター的私生活のことだったんじゃないでしょうか。つまりバリオーニのプライヴェートに大きく関係した歌詞のように思えます。結構弁解がましい。芸能界、おおいやだいやだ。
 詞よりもずっとずっと心惹かれるのは、曲頭のドラムスの切り出し。これは手持ちの欧州版CDのブックレットに書いてあるパースナルによると英国人ドラマー、スティーヴ・フェローニ(アヴェレージ・ホワイト・バンド)が叩いていることになってます。ところが Discogsの資料(1990年イタリア版2LP)によると、ドラマーはチャーリー・モーガン(エルトン・ジョン・バンド)となっている。さあ、どっちなんでしょう(わたし的にはどうでもいいことなんですが)。何はともあれ必殺のドラムスイントロデューシングで、それに続くピアノのイントロメロディーが極上の哀愁もので、歌が始まる前に世界幾万の哀愁音楽ファンは魅了されてしまったことでしょう。そういう曲です。以前紹介した「ノッテ・ディ・ノッテ、ノッテ・ディ・ノッテ」と同様に、超絶延音ヴォカリーズの聞かせどころもありますが、この曲に関しては「出だし24秒だけで十分」というのが私の極論です。
僕はきみの中に隠れ、そして僕はきみのすべてを隠した。誰も僕のことを見つけられないくらいに。そした今、きみと僕はそれぞれの場所に戻っていく。やっと自由になれる、でも何をしていいのかわからない。
僕はきみに弁解も咎めもしない。僕はきみを傷つけまいとして実際には傷つけてしまった。きみは苦しみを抱えながらもしっかり立っていた。僕は被告席に立つよ。

きみの次に恋人になる女は僕の匂いだと思ってきみの香りを嗅ぐだろう。きみと僕はありとあらゆる人たちから羨まれていたんだ。でもきみと僕は何十億の人々を敵に回して勝てっこなんてないのさ。そして恋物語は台無しになった。

きみと僕は何もせずに一緒になったように、何もせずに別れた。結局何もすることなどなかったのだけれど、何かする代わりにゆっくりととても遠くまで逃げていったんだ。何も考えなくてもいいような遠いところへ。

二人がぶち壊される前に僕たちはおしまいにした。きみと僕の愛には終わりがなく僕のためにとっておこうとしたけれど、それがうまくいったと思ったのは束の間、僕はきみを失いかけていることに気がついたんだ。

きみの次に恋人になる女はきみが残した家具を使うことになるだろう。きみが出て行きがけに乱雑に書類を飛び散らかしたままの状態で。僕ときみの最初のシーンのようだけど、モーションは逆だ。

僕たちが知らなければならないこととは逆に、僕たち二人が知ったこと、そして決して理解できないことは、もはや今はないあの永遠の瞬間は確実に存在したということ、それはきみと僕の1000日の日々。

きみに僕の古い友達を紹介しよう、それは永遠に残る僕の思い出、この別れの時の僕さ。僕はきっとまたきみと恋に落ちるだろう….
 (きみと僕の1000日)
きみと僕の1000日。これに「前」をつけて、「あなたとわたしの千日前」とすると、たちまち、ディープな大阪ローカルラヴソングに豹変してしまいます。

(↓)1990年アルバム『オルトレ』のスタジオ・ヴァージョン。


(↓)1991年 TVライヴ。この時バリオーニ40歳。美しい。しかし、途中でむりやり入る拍手の音(フロアディレクターの煽りか)、なんとかならんもんだろうか。


(↓)1998年、ミラノ、サン・シロ・スタジアムでのライヴ。終盤5分20秒頃から、1分半のアウトロ。


(↓)2003年、ローマ、オリンピック・スタジアムでのライヴ。デカいオブジェ装飾がゴロゴロ、フィリップ・デクーフレ舞踊団のような奇抜ダンサーたち、クレージーホースサルーン風な露出度高い女性ダンサーたち....。最後は乱舞ですね。「1000日」というより「千一夜」みたい。

(↓)2006年、マチェラータでのフェスティヴァル、ピアノ弾語りライヴ。



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