2016年3月9日水曜日

クレズマー 西部を行く

ヨム『ソングス・フォー・ジ・オールド・マン』
Yom "Songs for the Old Man"

 前作出エジプトの沈黙(Le Silence de l'Exode)』(2014年)を当ブログで紹介した時に、「もしも後世にヨムの名が残るとすれば、この作品によってでしょう」と最大級に持ち上げました。若くしてこんな作品を作ってしまったら、後は野となれ山となれなのでしょうが、ヨムは野にも山にも行かず、アメリカ西部に行ったのです。実際に現地に行って土地のミュージシャンと録音したということではありません。ヨムのトランシルヴァニア(2011年アルバム"WITH LOVE")や古代エジプト(2014年"Le Silence de l'Exode")が、ヨムの想像上の音楽世界であったように、このアメリカ西部も然り。
 
 このアメリカは若き日のヨムの父が見たもの。 第二次大戦後フランスに派遣されたあるアメリカ軍医師の世話になって、1950年代にヨムの父はアメリカに渡り数年間暮らしています。このプライヴェートストーリーから、ヨムは父の見聞体験を音楽でトレースしようとしたわけですね。イディッシュ音楽にインスパイアされたアメリカ大地の音楽(カントリー、フォーク、ブルース...)は、北米撥弦楽器(エレクトリック・ギター、フォーク・ギター、スティール・ギター、ドブロ、バンジョー)とクレズマー・クラリネットの出会い。このプロジェクトのためにヨムは「イディッシュ・カウボーイズ」というギターバンドを結成します。その中心人物がギタリスト(アメリカン・ブルースのスペシャリスト)のオーレリアン・ナフリシューで、最初この企画はクラリネット+ギターの二重奏で始まり、2013年からこのデュオでの”イディッシュ・ウエスタン”の馴らし運転期がありました。デュオからトリオへ、そしてトリオからクインテットとなり、2015年10月の第40回イル・ド・フランス・フェスティヴァルで、ヨム&ザ・イディッシュ・カウボーイズのスペクタクル『ソングス・フォー・ジ・オールドマン』が初演されます。 
 その時の口上はこうです。
かつて前世紀の初めにベッサラビア東部に生まれた少年がおったとさ。貧困から逃れるため、ある日少年はオデッサから合衆国に向かう船に乗り込んだ。幾多の波乱の後、彼はようやくあの伝説のファーウェストに一歩を刻むことになるのだが、そこで彼は生きることの孤独と闘いながら、たったひとり広大な平原と壮大な風景の中に馬を進ませていく。道連れはと言えば、一本のバンジョーとわらべ歌で覚えた美しいイディッシュの歌だけ...。
 というストーリーづけで、この『ソングス・フォー・ジ・オールドマン』 は展開します。口上ではバンジョーですけど、設定としては「クラリネットを抱いたロンサム・カウボーイ」みたいな。しかしここで西部的雰囲気を出す楽器はギターです。ギターがやたらと鳴るプログラムです。編曲はこのプロジェクトの最初からのパートナーのオーレリアン・ナフリシュー(楽器はエレクトリックギター、スティールギター、バリトンギター)。二人目のギタリストとしてギヨーム・マーニュ(各種ギター、ドブロ、バンジョー)、ベースにシルヴァン・ダニエル(ヨム&ザ・ワンダー・ラバイスでもベーシストでした)、そしてドラムスにマチュー・ペノという5人組です。
 このCDを手にして、まず「まあ、可愛い!」と思うでしょう。ファーウェストのロンサムカウボーイの風景とはかなりギャップのある、パステルカラーのナイーヴで楽園的なイラストレーションのジャケットアートは、ファニー・デュカッセのオリジナル作品です。 細ペンで描くドワニエ・ルソーのような絵本画タッチがとても優しい気持ちになります。インナーにも7つ折りの縦11センチ横90センチの絵巻物風イラストがあり、帽子をかぶったクマ顔のおじさんが着ぐるみウサギの子と一緒に遊んでいる図が5場面つながって展開されています。これが聞く人にどう影響するのでしょうか? ミスマッチのような気もしますが、これは「ジ・オールド・マン」という題中の言葉が醸し出す優しさとはシンクロするものでしょう。ジ・オールド・マンはヨムのお父さんその人なのですから。
 ギターが主導するゆるめの音楽がメインです。風景はギターの音で変わり、デュアン・エディー風ツワング・ギター、スティール、ドブロ、バンジョーなどで変化があり、その上にソロを取るヨムのいつもの震えるクラリネットは、風景を愛でるように優しく、このアルバムでは激情クラリネットがありません。ウエスタンというよりはソフト・サーフロックに近く聞こえますけど、クラリネットの抒情は荒野に緑が見えてくる感じ。そしてお父さんの見ていたアメリカはやはり遥かなるもののイメージで聞こえます。
 ちょっと重箱のスミですけど、2曲めの題名 "Everywere Home"は "Everywhere"の間違いでしょう。題名はみんなそれなりにイメージ湧くのだけれど、これ題名なしには成立しない音楽絵巻です。同じ音楽に違う題名つければ、違う音楽に聞こえるようなトリックがヨムにはままあるんじゃないか、とちょっとケチもつけておきます。ぐにゃぐにゃ身をくねらせて、大見得切って吹きまくるヨムが見えてこないと、ちょっと弱いです。

<<< トラックリスト >>>
1. JOURNEY OF LIFE
2. EVERYWERE HOME
3. DARK PRAYER
4. ELDORADO 54
5. THE OLD MAN
6. WAYFARING KID
7. ROAD MOVIE
8. THOSE WHO STAYED BEHIND
9. ON THE ENDLESS ROAD

YOM "SONGS FOR THE OLD MAN"
BUDA MUSIQUE CD 860289
フランスでのリリース:2016年4月15日

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓) アルバム『ソング・フォー・ジ・オールド・マン』のティーザー


(↓)2015年のイル・ド・フランス・フェスティヴァルでのイディッシュ・カウボーズの初演の時のインタヴュー

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