2015年1月30日金曜日

あとで肘鉄プラウダ

アンヌ・ヴィアゼムスキー『1年後』
Anne Wiazemsky "Un An Après"

 アンヌ・ヴィアゼムスキーの12作目の小説です。19歳の時に17も年上の映画監督ジャン=リュック・ゴダールと恋に落ち、結婚して、映画女優となる、という1967年の日々を描いた前作"Une année studieuse(わたし的な訳では『もう勉強の1年』)”(2012年)については当ブログの記事『マオい日々』で紹介していて、作者の背景についても長々と説明しているので、ぜひ参照してみてください。で、この小説は文字通りその「1年後」のことなのです。すなわち、時まさに1968年。ヴィアゼムスキー20歳、ゴダール37歳。
 小説は話者(アンヌ)とジャン=リュック・ゴダールの夫婦がパリ8区ミロメニール通りのアパルトマン(ここで映画『中国女』 の撮影が行われた)から、パリ5区サン・ジャック通りに引っ越すところから始まります。まさかそこが3ヶ月後に「五月革命」のバリケードと市街戦の舞台になるとはつゆ知らず。20歳で学生生活を放棄して、女優・映画人となってしまったアンヌは新しい親友関係ができていき、この小説では映画監督・評論家のミッシェル・クールノ(1922-2007。1968年にアンヌも出演した映画『レ・ゴーロワーズ・ブルー』でカンヌ映画祭に乗り込むのですが、ゴダール等の造反で映画祭が中止になります)、ファッション・デザイナーのミッシェル・ロジエ(1930 - 。この女性はスキーファッションの革命的ブランドVdeVのデザイナーで、後に映画監督にもなります)とその伴侶のジャン=ピエール・バンベルジェ(通称バンバン、VdeVスキーウエアを製造する繊維工場の社長)の3人が特に重要な人物として登場します。
 この68年、ストラスブールから始まった学生たちの異議申し立て運動が全国に広がり、そのリーダーのひとりに、かつてナンテール校のキャンパスでアンヌをナンパしようとした赤毛のダニーことダニエル・コーン=ベンディットがいます。アパルトマンのすぐ近くにあるパリ大学ソルボンヌ校はスト封鎖され、通りにはいたるところに機動隊が配置され、学生たちと対峙しています。 そういう空気の中で、アンヌはピエール・フラスティエ監督(ゴダール『気狂いピエロ』の助監督)の映画『ラ・バンド・ア・ボノ』(1910年代のフランスに実在したアナーキスト義賊団を題材にした劇映画で、主演はジャック・ブレルとブルーノ・クレメール)に女優として撮影に参加していました。その撮影ロケ現場でも、俳優たちやスタッフは学生たちの運動を支持するか否か、という議論を声高に繰り広げます。賛否半々ぐらいとは言え、支持派が学生たちに同調してストに入り、撮影は中断してしまいます。ミゾジーヌ(misogyne 女性不信、女性蔑視)としてその歌詞や言動にも知られるジャック・ブレルが撮影現場でも手がつけられないほどの暴言を吐いている場所に居合わせたアンヌはたまりかねて「私の前でなんてことを言うの?私は女よ!」と。するとブレルは急に態度を変えて「ノン、きみは女ではないよ」と言うのです。そんなことを言われて呆然としているアンヌにブレルはテーブルの上から手を差し伸べてきた。女でなければ私は何?「きみはひとりの人間さ。そして俺がさんざん言ってきた戯れ言は全部忘れてくれ。春だからね。陽気で俺はちょっとおかしな具合になっちゃったのさ」...。
 この小説にはブレルを初め、こういうセレブがたくさん登場します。前年までただのブルジョワお嬢さんだったヴィアゼムスキーが、当時最先端の映画監督であったゴダールと出会うことによって、セレブ世界のど真ん中に引きずりこまれたわけです。前作でもゴダールの人となりとその周囲の人々に関するヴィアゼムスキーの証言というのが、小説の興味の重要な部分であったのですが、この新作の方がもっと「ええっ?」と驚く内幕の証言があります。ビートルズとローリング・ストーンズも登場します。
 ゴダールが漠然と考えていたビートルズとの映画のシナリオは、妊娠中絶をすることができずに悩み果てた女(ヴィアゼムスキーが演じるという想定)が自殺を図り、何度も車道に飛び出していくのですが、その度にビートルズの一人が乗ったロールスロイスに遭遇し、助かってしまい、自殺は遂げられない。(その後は?)「知らねえけど、ビートルズがなんかインスピレーション出してくれんだろ...」。そんな程度のアイディアを持って、ゴダールとアンヌはポール・マッカートニーとジョン・レノンに会いにロンドンに行くのです。マッカートニーは映画愛丸出しにして愛想が良いのですが、レノンは一言もなく早々に席を立ちます。「今日はジョンの機嫌がいまいちだから、また明日来て」とマッカートニー。翌日に再チャレンジで会いに行く前に、ゴダールは『俺たちに明日はない(ボニー&クライド)』の脚本家ロバート・ベントン&デヴィッド・ニューマンが、「トロツキーの暗殺」をテーマにした新しいシナリオ(註:これは1972年のジョゼフ・ロージー映画『暗殺者のメロディ』とは無関係)を自分に持ちかけていたことを思い出し、はっ、と閃き、ジョン・レノンをトロツキー役にしてこの映画と撮ろうと思い立って興奮するのです。ところが、再びレノンとマッカートニーに会ってこの話をすると、レノンはやはり気に喰わず、映画と革命に関してレノンとゴダールは激論を始めてしまう。その最中にマッカートニーはその場に運んで来られた紅茶を見て、アンヌに「一緒にテーブルの下でお茶しましょう」と、侃々諤々の議論のテーブルの下にもぐりこんで、ティーカップ片手に二人でひそひそ談笑するのです...。
 この話がダメになったのは、ゴダールにしてみればアンヌのせいなのです。ゴダールは当然彼女がマッカートニーに誘惑されたものと思ったでしょう。この小説はこういう箇所が多いです。すなわち、ゴダールはこの17歳年下の妻がいつ取られるのではないか、と気が気ではないのです。それは後にローリング・ストーンズとかの『ワン・プラス・ワン』を撮影する時も、ゴダールは不気味なストーン、ブライアン・ジョーンズのことが気になってしかたがないのです。「このストーンのこと、おまえは気に入っただろう?」などとゴダールはアンヌに問います。因みにかの「悪魔を憐れむ歌」の録音場面をゴダールが撮影中に、キース・リチャーズとアニタ・パレンバーグが急にセックスをしたくなり、ミック・ジャガーがゴダールに「やつらやりたくなっちゃったから、撮影を中断してくれ」と頼む、というエピソードも本作の貴重な証言のひとつです。
 ゴダールの「想像による」嫉妬、これがどんどんエスカレートしていくというのがこの小説の重要な流れです。言い換えれば、この1年(68-69年)の記録というのは、ゴダール+ヴィアゼムスキーの破局という到達点を説明する年代記なのです。
 その間の最も重要な事件は、68年5月のいわゆる「五月革命」です。その住居であるアパルトマンの真下で起こったということだけでなく、その中に自ら進んで飛び込んでいく左翼映画人ジャン=リュック・ゴダールと、それに引っ張られながらもその理由の重大さを体験として理解していくヴィアゼムスキーの生き生きとした証言が素晴らしいです。ど真ん中からのレポートです。その1年前までのブルジョワ娘は、ゴダールによって半ば「無理矢理に」革命派に加担するのですが、この体験はその「無理矢理」から超えて、はっきりと世の変動を把握し、そのひとりの推進者としての参加を自覚していくのです。
 この激動のスピードはアンヌにとっては凄まじいものだったに違いありません。しかし、ゴダールはそれよりもずっと先に行ってしまうのです。この文の初めの部分で紹介した親しい友人関係にあるミッシェル・クールノ、ロジエとバンバンのカップルと、アンヌとゴダールの夫妻はよく食事を共にするのですが、アンヌと友人3人に対してゴダールはどんどん意見を異にするようになり、どんどん「嫌なやつ」になっていくのです。それは端的に政治的・社会的なヴィジョンの違いなのですが、アンヌとその友人たちは反抗する学生たちに加担しながらも言わば穏健派の立場なのに対して、ゴダールは過激派なのです。
 左翼映画人ゴダールは、60年代後半から毛沢東主義にごく近い距離にあり、五月革命を経て、それはますます革命に奉仕する映画人という立場を鮮明にしていきます。もう商業映画は撮らない、もうきみたちが思っているような映画は撮らない、きみたちが思っているような映画はもう死んでしまったのだ、という立場なのです。
 興味深いシーンがあります。それは当時20歳のフィリップ・ギャレルが撮った最初の長編映画『記憶すべきマリー(Marie pour mémoire)』の試写会で、ゴダールがギャレルを絶賛して「今やギャレル来れり。私はもう映画など撮る必要はない」と言うと、ギャレルが「私たちにはあなたとあなたの映画が必要です。それが私たちの道を照らしてくれたのです」と答えるのです。これと同じような発言が小説の後半でイタリア人映画監督ベルナルド・ベルトルッチの口からなされます。しかし、ゴダールは頑に「きみたちの期待しているような映画はもう絶対に撮らない」と言うのです。
 小説の中で、このゴダールの過激化を支援・支持している二人の登場人物、20歳の学生のジャン=ジョックと新左翼イデオローグのシャルル某というのがいます。アンヌはゴダールとこの二人の関係を忌み嫌い、危険視していますが、ゴダールはどんどんそちら側に行ってしまいます。そして闘争映画ばかり撮るようになり、ゴダールという映画監督の名前を消し、「ジガ・ヴェルトフ集団」と名乗るようになるのです。
 このように極端に政治化していくゴダールを誰も止められないのですが、それとは裏腹にアンヌを愛し続け、アンヌと1〜2日でも離れることが不安で想像上の嫉妬で狂乱しそうになるゴダールの面もあります。アンヌが女優として実績が出来、さまざまな監督から出演依頼が来るようになると、ゴダールの想像上の嫉妬は否が応でも増大していきます。そして、違う現実では、ゴダールが政治闘争映画しか撮らないゆえに、かつてのヌーヴェル・ヴァーグのスーパースター監督も今や金銭的に窮乏していくようになるのです。それに反比例して、女優アンヌ・ヴィアゼムスキーはスター化していく...。
 二人の関係はどこの夫婦にもあるように、冷めかけては再び熱くなり、冷めかけては再び熱くなり、ということを繰り返していくのですが、この小説の中で、ゴダールという男はどんどん「嫌な奴」になっていきます。フランス語で言うならば、"insupportable(アンシュポルタブル)"という形容詞がぴったり来るのです。耐え難い、我慢がならない、手に負えない、といった意味です。上に紹介した登場人物ではクールノ、ロジェ&バンバンといった人たちが、それに本当に良く耐えてアンヌを支えてくれるのですが、多くの人たちはその我慢の限界を悟ってゴダールと訣別して行きます。フランソワ・トリュフォーとの絶交もこの小説の中で描かれています。
 小説の終盤は、アンヌとゴダールがお互いに別々の行動を取るのもしかたがない、という段階に達します。アンヌはジガ・ヴェルトフ集団の仕事を全く理解できないし、ゴダールは女優アンヌ・ヴィアゼムスキーの売れっ子ぶりを苦々しく思いながらもその成功を祈らないわけにはいかない。ゴダールは仕事がうまく行かないし、収入も激減しているのに、意固地にその闘争性を正当化しようとしてどんどん孤立していき、それと比例してその想像上の嫉妬(アンヌとの関係の危機感)は増していく。69年3月、ゴダールはのちに『プラウダ』と呼ばれる映画を撮影するためにチェコスロバキア(当時)の首都プラハに飛びます。その時、アンヌはイタリア人監督マルコ・フェレーリの映画の撮影のためにローマにいます。当時の東欧と西欧の間の国際電話回線状態の悪さにもめげず、ゴダールはローマのアンヌに電話コンタクトをしようとします。数度のトライにも関わらず、アンヌの滞在するホテルのフロントはその度にアンヌの不在をゴダールに告げます。疑惑と嫉妬で頭が破裂しそうになったゴダールはプラハでの撮影を放り出して、ローマに飛行機でやってきます。アンヌがそれを食事に外出していただけで何事もないといくら説明しても、ゴダールの疑念は一向に晴れません。そして、あろうことかゴダールはその夜、アンヌと同じ部屋に泊まりながら、睡眠薬自殺を図ってしまうのです...。

 小説の最後で、作者は二人の決定的な別離はその2年後にやってくると書いていますが、この小説の続編(つまりその後の決定的な別離までのいきさつを描くもの)はない、と断っています。終わりはすでにこの68-69年の中にあったのだから、と言うことでしょう。これはあくまでもアンヌ・ヴィアゼムスキーの小説であり、彼女のヴァージョンによるゴダール時代のストーリーです。ゴダールには違うヴァージョンがあるでしょうが、それを発表するかどうかは誰も知りませんし、おそらくないでしょう。ドキュメンタリーとして読まれる性格のものではありませんが、ここに描かれた68/69年という時代のパリの空気と、時代の前衛だった映画の世界は多くの人たちに貴重な証言として読まれるでしょう。前作と本作の2冊で、私にとって最も印象的なのは、ナイーヴなブルジョワ娘だったアンヌが、17歳年上の天才映画人ゴダールのパートナーと言うよりは、「人形」のような可愛がられ方/愛され方をしていたのに、ゴダールが自分に開いてくれた世界によって、自分がどんどん解放されて自由になっていく、 それとは全く逆に、ゴダールは思想的に硬直して、性格的に意固地になり、想像上の嫉妬の囚われ人になっていく、という女と男の上昇と下降の交差のストーリーとして読めるということです。本人も断ってますが、私ももう続編はなくてもいいです、と思います。

カストール爺の採点:★★★★☆

Anne Wiazemsky "Un An Après"
ガリマール刊 2015年1月 202ページ 17,90ユーロ

(↓)ゴダール『ワン・プラス・ワン』(1968年)の中の「イヴに関するすべて」のシーン。イヴ・デモクラシー(アンヌ・ヴィアゼムスキー)は英語が話せないので、イエスとノーだけの答。

2015年1月20日火曜日

すまんですめばユイスマンス

ミッシェル・ウーエルベック『服従』
Michel Houellebecq "Soumission"

 2015年1月7日、奇しくもテロリストたちによるシャルリー・エブド襲撃事件が起こった日に発売された小説です。その日のシャルリー・エブドの表紙はリューズによるウーエルベックの風刺画(→)で「占師ウーエルベックの予言:2015年に俺は歯を失い、2022年に俺はラマダンを始める」と吹き出しに書かれています。
  この事件前でもこの小説の発売1ヶ月前ほどから、既にプレスはこの小説を喧しく騒ぎ立てていました。このフィクションは2022年にフランスにイスラム政権誕生という筋で書かれているからです。2001年に「イスラムは最も愚かな宗教 (la religion la plus con, c'est quand même l'islam)」(Lire誌 2001年9月号のインタヴュー)と発言していた男が、今や来るべきイスラムの政権奪取を語り、自ら(主人公フランソワ)のイスラム改宗の可能性まで語っているのです。そりゃあ騒ぎますわね。小説は発売4日にして15万部を売ったという記事が出ました。すごい勢いのベストセラーです。しかし、いいですか、お立ち会い、ウーエルベックですからね、それ(近未来政治フクション)だけであるはずないじゃないですか。風聞に惑わされず、きちんと全部が読まれるべき作品です。結論から先に言いましょう。これは一級のエンターテインメント本です。シナリオもさることながら、ウーエルベック一流の細部の凝り方で、雑学的知的刺激に富んでいて、読んだあとものすごく物知りになった気分になります。この点でまずシャポーです。
 さてこの小説の舞台は大学です。巻末の謝辞のところでウーエルベックは大学で研究をしたことなどないということ、この大学という機関に関する情報はすべてパリ第10大学(ナンテール校)の女性講師から得た、と記されています。全く知らない世界をよくもここまで。場所はフランス文学研究の最高峰パリ・ソルボンヌです。そこには学長、学部長のような言わば会社的なハイアラーキーがあり、この小説の話者であるフランソワは19世紀文学専門の講師として決められた時間に講義をしたり、博士コースの学生たちに論文指導したり...。フランソワは40代半ば、独身、女子学生たちとつきあうことはするが、特定の恋人と長続きすることはありませんでした。その中で例外的だったミリアムという名の22歳の娘とも、ほとんど恋愛と言えるレベル(加えてその性的興奮度+満足度の高さ)なのに、彼女とも破局しかけています。おそらくこれが最後かもしれない、という漠然としたペシミズムが最初から漂っています。
 同僚にスティーヴという一般企業社員のような、才能も知識もないのに講師業の世渡りだけがうまい男がいますが、それに引き替えフランソワは研究者としては極めて有能で、学会誌の論文の評価も非常に高く、大学上層部や学会からも一目置かれています。このフランソワが十数年研究して、そのエキスパートとなっている対象が、ジョリス=カルル・ユイスマンス (1848-1907)という19世紀の作家です。日本ではとりわけ澁澤龍彦訳の『さかしま』によって知られている世紀末退廃文学のチャンピオンみたいな人です。ユイスマンスは公務員をしながら、自然主義の文豪エミール・ゾラの影響で社会悪をするどく追求していく社会派小説に始まり、この現世に嫌気がさして厭世的で耽美的な方向に向かい、審美的で官能的で退廃的な人口楽園を創造していくわけですが、オカルト、悪魔主義なども交わり、いよいよデカダンスの極みか、と思いきや、晩年はカトリックに改宗して、神をよりどころとする神秘主義作品を発表するようになります。この退廃文学者の変遷をフランソワは研究しているわけですが、その結論を急ぐと、最後になぜ「神」に近づいてしまうのか、という問いがこの小説に書かれていることすべての行き先なのです。
 この点から見ると、この小説の4分の1ほどは、「私=フランソワ」の口を借りながらのウーエルベックによるユイスマンス評伝/ユイスマンス論になっています。『さかしま』『彼方』 『出発』などのユイスマンス作品論にもなっているわけですが、この時、読者はこれらの作品を読んでいないとついていけないのか、ということはありません。要は退廃の人がおしまいに神を選ぶという謎に迫ることなのです。
 このフランソワはずっとアテ(無神論者)だった。アテというよりはキリスト教もイスラム教も興味がなかったということです。それは自分の両親への不信にも原因していて、大企業の重役として成功した父、それとうまく行っていなかった母、その二人と何年も交信を断っている一人息子。家庭/家族の幻想もリアリティーもないわけです。だから女性と恋仲になっても家庭や子供という発想がない。その中で最後の恋人であったミリアムだけは少し違っていたのに、それも終ろうとしていた。
 それを決定的に終らせたのは2022年の政治的事件でした。この事件を読み解くには少しはフランスの政治事情に明るくないといけません。小説に書かれていないことで説明しますと、2012年に硬派保守のニコラ・サルコジを破って当選した社会党フランソワ・オランド大統領は、景気回復策も失業削減策も失敗して最低の支持率でありながらも、極右FNの大躍進を限界のところで抑えています。この小説の展開では2017年の大統領選挙もオランド(二期目)が当選していて、マニュエル・ヴァルス(2015年現在の首相、社会党)は2022年の政変までずっと首相なのです。ところが、2012年以来ずっと有効策のないオランド政権の信頼は地に落ち、また既成保守政党であるUMP党(この小説では2014年にビッグマリオン疑惑で党首を退いたジャン=フランソワ・コペが復活している)も票田を極右FNに奪われ弱体化しています。つまり第五共和制の政権を代わる代わる担ってきた社会党とドゴール派保守党(政党の名前はいろいろ変遷してきましたがこの時点ではUMP党)はもう勝ち目がないほどに衰退している(得票率で第三位、第四位)。その首位はマリーヌ・ル・ペンを党首とするFN。その政策方針はEU離脱、フランス国境の再確立、移民受け入れの停止、フランスオリジンのフランス人の優先、非キリスト教宗教の制限などです。これに対して(ここからがウーエルベックの近未来フィクションです)2017年以降に急激に支持率を増やし、国会議席第二党にまで伸張してきたのが、イスラム穏健派政党であるイスラム友愛党(fraternité musulmane フラテルニテ・ミュジュルマン)です。その党首モアメド・ベン・アベスは、2022年5月の大統領選挙の第一回投票で、1位のマリーヌ・ル・ペンに大きく水を離されながらも、僅少差で社会党マニュエル・ヴァルスを抜いて第2位得票者として、決戦第二回投票に進出します。
 小説はこの2022年5月の大異変をクロノロジカルに描写します。まず若い恋人ミリアムですが、ユダヤ人である彼女は、この選挙がFNかイスラム政党かという二者で決定される ということにどちらに転ぼうがフランスは自分たちの住める場所ではなくなる、と悟っています。ミリアムの家族は既にイスラエルの移住を決めてしまいました。宗教にも家族という概念にも縁の遠いフランソワは、この別離の深いところの理由が理解しきれないのです。理不尽に悲しい別れなのです。
 大統領選一次投票で脱落した既成左派政党である社会党は、極右FN政権誕生を妨げるためにイスラム友愛党候補ベン・アベスの支持を決め、当選後のイスラム友愛党政府に社会党大臣を入れるための交渉を水面下で始めます。一方の脱落政党である既成保守のUMP党は、公式にはどちらの候補に投票せよとの勧告を出さないものの、右寄りゆえに多くの支持者の票がFNに流れるはず。ここでFNマリーヌ・ル・ペン候補と、モアメド・ベン・アベス候補の予想得票率は50/50になります。
 次に大学です。第二回投票前に、大学上層部は来るべき変化を見越していて、イスラム政党政権下にイスラム化される大学の人事がもう始まっています。フランソワは同僚から、何が起こるかわからないから、とりあえず自分の銀行口座をフランスの銀行から外国系の銀行に移しておけ、と進言されます。この何が起こるかわからない、という不気味な恐怖の描写がすばらしいです。1981年のミッテラン(初の社会党選出大統領)の選挙の時、当選したらソ連の戦車隊がシャンゼリゼ大通りに攻めて来るという噂が本当にありました。そしてフランソワは、第二次投票の当日、目に見えぬ脅威に背を押されるように、フォルクスワーゲン・トゥアレグ(2022年型ということでしょうねぇ)で高速道路を飛ばして、南西フランスに向かうのです。ガラガラの高速道路、カーラジオからすべてのラジオ放送の電波が消えてしまい、何者かに襲撃されて死体がゴロゴロ転がるガソリンスタンド....。 一体今フランスで何が起こっているのか...。ここのパッセージ、素晴らしい。ウーエルベックの本領発揮という感じです。
 事態は翌日になってラジオとテレビの電波が戻ってきた時にフランソワにもわかります。第二次投票は、ある投票所がテロ襲撃に遭い、投票不能となったため、この日の選挙は無効になります(共和国の選挙法で決まっているのだそうです。全国で1カ所でも投票が不能になった場合、選挙は無効)。フランソワはこのテロ襲撃が多分1カ所だけではなかったはず、という推理を立てます。政府はそのパニックを最小限にとどめるために故意に電波障害を起こしたのだ、と。再投票は翌週に持ち越されました。しかしこのテロ襲撃はどこが仕掛けたのかは明らかにされないものの、選挙民の「極」(この場合極右でしょうけど)への懸念の感覚を増幅させ、「穏健」(この場合イスラム穏健派でしょうけど)におおいに有利な状況を作り出すのです。かくして、再投票の結果、モアメド・ベン・アベスはマリーヌ・ル・ペンに十分な差をつけて新大統領に就任するのです。

 新政府は中道派の老政治家フランソワ・バイルー(MoDem党党首)を首相に指名しますが、これはウーエルベック一流のブラック・ユーモアで、右についたり左についたりを繰り返してきた焦点のはっきりしない小政党の主らしい信頼度の薄さが、逆にベン・アベス大統領の有能さを際立たせるという仕組み。共和主義諸政党の連立政権のように、内閣の要職は「経験の厚い」社会党大臣に任せることにしながらも、イスラム友愛党は教育省だけは独占的に自党だけで機能させます。ライシテ(非宗教化)を原則とする公立学校は大幅に予算を削られ、宗教系私立学校が教育の中心となり、産油国から巨額の運営費を寄付されたイスラム学校が全国の教育機関を牛耳るようになります。男女共学はなくなり、女子は中学を卒業後、高等教育への道を閉ざされてしまいます。
 パリ・ソルボンヌ大学も、国立大学から私立パリ・イスラム・ソルボンヌ大学と改称され、サウジ・アラビアからの資金注入で超デラックスな学問の殿堂になります。しかしここで教授職をするためにはイスラム教に改宗しなければなりません。上に名前を出したスティーヴのような同僚はほいほい簡単に改宗してしまうのですが、フランソワは退職の道を選びます。そこで知るのは、自分は40代で講師職で退職するのに、60代で教授職満期まで働いたことに相当する十分な年金額が保証されているということ。さらにスティーヴのように改宗して職を続ける者にはそれまでの十倍の月給が出るということ。ペトロダラー大枚はたくことによって学術的な威光をイスラム化しようとしていたのです。
 
 小説の後半は、退職したフランソワが、ジョリス=カルル・ユイスマンスをプレイヤード叢書版に編纂する仕事を引き受け、自分の一生の(ユイスマンスに関する)仕事がすべてそこに集約されると言ってもいい大仕事を始めます。プレイヤード版というのは、文学叢書の権威中の権威であり、古典として揺るがぬ評価のある作家の作品を収めるだけでなく、その作家のエキスパート中のエキスパートが作品の註、解説、関連資料などを添えて、その作品の理解を定本化する、という豪華本です。フランソワはそこに、ユイスマンスの作品と生涯を評伝する「序文」を書くのです。その骨子は、ずっと上に書いたように、なぜ退廃の天才は最後に「神」の救済を求めたか、ということなのです。フランソワはそれを探しに、ユイスマンスが過ごした修道院や、フランスで発禁になったであろうユイスマンスの著作を出版したベルギー/ブリュッセルまで足を伸ばします。
 その間に世の中は変わっていき、モアメド・ベン・アベスの政策は経済的にも成功し、人々の信頼は増し、やがて国際的にもイスラム穏健主義は支持率を高め、イタリアに同様の政府が誕生し、トルコ、モロッコ、チュニジアなどをヨーロッパ連合に加盟させ、ヨーロッパの中心点が南に移動したような形で、ひとつの巨大な文化圏を作っていきます。 このベン・アベスの隆盛を、ローマ帝国のアウグストゥス皇帝の偉業に匹敵すると称賛しているのが新ソルボンヌ・イスラム大学の学長(のちに大臣)であるロベール・ルディジェです。小説の後半部は、このルディジェとフランソワのやりとりが重要な軸です。ルディジェは若い頃に極右に近いムーヴァンス・イダンティテール(Mouvance Identitaire。うまい訳語見つかりません。白人ヨーロッパ主義、西欧原住民主義、ヨーロッパ右翼革命運動みたいなものだと思っています)に属していましたが、滅亡を止められない西欧文明に絶望してイスラム者となっています。ルディジェはベン・アベスのリーダーシップを称賛し、その政府の学術部門の政策指揮を取る重要人物になりました。彼はフランソワの才能を高く評価しているので、なんとかフランソワにソルボンヌに帰ってきてほしいと誘っているのです。このイスラムの誘惑の最重要ポイントが「重婚」なのです。
 何人も妻をめとることができるということだけではないのです。その妻たちは夫に絶対的に「服従」(この小説の題です)するものなのです。"Soumission"は「隷属」と訳すこともできます。男たちは「神」に服従し、女たちは男に服従する。この場合、男は恋愛によって女をめとるのではなく、イスラムの結婚世話エキスパートが妻を見つけてくれるのです。フランソワの同僚の(改宗)教授たちは、こうして複数の妻たちを見つけてもらって、大学に復職するようになっている。「神」への服従の見返りに、男たちは自分に服従する女たちを手に入れる...。この辺りはどうでしょうねぇ?フィクションだからということで言い逃れできるのでしょうか? イスラムの女性たちは言ってきますよ。
 フランソワの老いた父親は、アルプスの豪華シャレーで若い恋人と趣味(狩猟)と享楽のうちに死にました。ユイスマンスは神に近づきながらも、現世の享楽を秘密娼家の中に取っておきました。フランソワの世は、目に見えて変わっていき、街行く女性たちからミニスカートが消え、肌の露出が見えなくなり...。
 フランソワはプレイヤード叢書版「ユイスマンス」の序文を遂に書き上げ、これで自分のやり残したことはない、と悟ります。この先どうするのか? フランソワは「神への服従」の誘惑に負けて、改宗してしまうのでしょうか.... ?

 盛り沢山の小説です。ユイスマンスや19世紀フランス文学に親しい人たちは、たくさんの知的刺激を受けるでしょう。近未来小説としてのヴィジョンは、エンターテインメントとして本当に楽しいものでしょう。私はウーエルベックのイスラム観ということに関しては何も言わないことにしますが、ものを言う人たちはたくさん出てくるでしょう。一種、泥沼に大きな岩石を投げ込むのも文学ですから。文句ある人は断片だけでなく、全部読んでくださいよ、と言っておきます。

カストール爺の採点:★★★☆☆

Michel Houellebecq "Soumission"
フラマリオン刊 2015年1月 300ページ 21ユーロ

(↓2015年1月6日、フランス国営テレビ FRANCE 2 の20時ニュースに出演したウーエルベック)



爺ブログ内のウーエルベック関連記事

☆ 私は岩、私は島
 2008年ウーエルベック監督映画『ある島の可能性』(2008年9月13日掲載)
☆ カメラに向かって地〜図
 2010年ゴンクール賞作品『地図と領土』(2010年9月20日掲載)
☆ ミッシェル・ウーエルベック誘拐事件
 2014年テレビ映画『ミッシェル・ウーエルベック誘拐』(2014年2月19日掲載)
☆ それでも三途は流れる 
 2014年詩集『最後の岸辺の地形』(2014年2月24日掲載)