2015年12月18日金曜日

クロパン・クロパン


パン・ノワール『パン・ノワール』
PAIN-NOIR "PAIN-NOIR"

 ジャン=ルイ・ミュラの町、中央山塊オーヴェルニュ地方の主邑クレルモン・フェランの人、職業小学教師、フランソワ=レジス・クロワジエのひとりバンド。「パン・ノワール」とは言うまでもなく黒パンのこと。このバンド名(あるいは芸名)はフランソワ=レジスの夢に由来します。
なぜだかよくわからないけれど、僕はある一対の名詞ということが頭から離れなかった。そのこだわりのせいに違いないのだが、ある夜僕は夢を見て、映画『狩人の夜』の伝道師に似た男が出てきて、彼は両手の指関節に「Pain」と「Noir」という刺青がしてあったのだ。こんな夢を見てしまったらもはやこの名前から僕は逃れられないではないか。
(レ・ザンロック誌インタヴュー)

 1955年公開のアメリカ映画『狩人の夜』(チャールズ・ロートン監督)では、ロバート・ミッチャム扮する凶悪犯罪者にして偽伝道師であるハリーは、両手の指関節に「Love」と「Hate」という刺青が入っています。「パン」と「黒」、これは相反する一対のものなのでしょうか? 
 私の場合「黒パン」と言うと、いの一番にアニメ『アルプスの少女ハイジ』を連想してしまうのですけど、山でおじいさんと一緒に食べてるのが「黒パン」、奉公に出されたフランクフルトという大都会で食べるのが「白パン」でした。ペーターのおばあさんが、黒パンは固くて食べづらいと嘆いていて、町からハイジが白パンをお土産に持っていくと、涙を流して喜びます。中央山塊オーヴェルニュ地方では黒パンなのでしょうか?

 アルバムの最初と最後にこの「黒パン」と題された曲(最初は「黒パン - 夜明け」というインストルメンタル曲、最後が「黒パン - 夜」という歌詞つきの歌)があります。
僕はきみの2本の手に刺青された「パン」「ノワール」という二つの言葉の夢を見た
このストーリーは僕はその最後しか知らない
僕を一瞬にして締め付けたこの恐怖は一体何なのだ?
僕はきみの2本の手に刺青された「パン」「ノワール」という二つの言葉の夢を見た
夜の中ではすべてが僕には少し不健全に見える
僕に一瞬にして戻って来たこの恐怖は一体何なのだ?
僕はきみの2本の手に刺青された「パン」「ノワール」という二つの言葉の夢を見た
闇の中で僕はあの朝のことを思い起こした
きみの微笑みが一本の道のような形になったあの朝を
僕はきみの2本の手に刺青された「パン」「ノワール」という二つの言葉の夢を見た
そして夜の中であの朝のことを思い起こした
すると一瞬にして消えてしまったあの恐怖は一体何だったのだ?

 黒パンは物体ではない。それは闇の中の二つの言葉であり、それは大いなる恐怖をもたらすが、朝のきみの微笑みを思うやいなや、その恐怖は一瞬にして消えてしまう。一体あの恐怖って何だったのでしょうねえ? ー 極私的な事象や心象が歌になる。私たちのフォーク、私たちのシンガーソングライターというのは(たぶんに70年代的に)そういうところがあって、私はフランソワーズ・アルディやローラ・ニーロをそんなふうに聞いていたのでした。一語一語がそういうふうに発語されると、極私的はコミュニカティヴで、振動が伝わるものです。こんなのが好きになったら職業作詞家の常套句ライムにアレルギー反応起こすようになりますよ。
  それはそれ。クレルモン・フェランの音楽シーンではそれなりにキャリアのある人で、以前はSt. Augustine(サン・トーギュスティーヌ/セイント・オーガスティン)というバンドで英語で歌っていました。アルバムは2枚出して、ツアーも多くして、いっぱしのミュージシャンだったのですが、「疲れた」とフランソワ=レジスはやめてしまいます。何と言っても彼の喜び、彼のやりがいのある仕事、彼の天職は児童教育なのです。学校で子供たちと接しているときほど充実した時間はない。音楽のために1年間教師生活を休止していたこともあったが、どうしても子供たちの前に戻りたくなる。そういう人。
 大学では英文学を専攻したそうで、だから自然と英語で歌を作ることはできて、ST AUGUSTINE時代はすべて英語だった。それをやめて教師生活に戻って以来、フランス語で歌うようになり、教室で子供たちの前でギターを取り出すこともあるそう。
 「友人が出版社を立ち上げようというプロジェクトがあり、音楽の創造過程に関する本を出したいと言って協力を求めてきた。僕はそれまでフランス語で曲を作ったことがなかったのに、次々に曲が出来てしまった。この本は結局日の目を見ることはなかったが、僕にたくさんの歌が残されたんだ」(パリジアン紙2015年10月23日)
  自らのギターで作曲伴奏し、時折ピアノ(フランソワ=レジスの伴侶。音楽教師でピアニスト)が加わります。手作り。アルティザナルな作風でその極私的な事象・心象の風景を描いていきます。2015年春頃からSNSと国営ラジオ系のFM(FIP, フランス・ブルー、フランス・アンテール)で頻繁に聞かれるようになった、パン=ノワールの最も知られている曲が「貯水湖(La Retenue)」です。

ダムで堰き止められた水が村の外壁を浸し、出て行くときが来た時も住民たちはおどおどするばかりだった。
ダムで堰き止められた水は今や村の通りを浸し、森と野は浜辺の岸や小径に変わってしまった。
子供たちが遊んでいた広場はどこに行ってしまった?
そんなに前のことではない、私たちは野性の生活からほど遠いところで
流砂を避けて暮らしていたことを忘れてしまったのか?
この貯水湖は
さらにもう一回
この貯水湖は
さらにもう一回私たちを殺す
今私たちはダムのふもとに暮らしている。この壁はなにかの前兆か不気味な幽霊のように、猛って私たちを溺れさせることを脅しているようだ。
でも少し前までわたしたちは世の中から遠く離れて生きていたのだと思うことすら
早くも忘れてしまって
私たちはほろ酔い加減で楽しむことができるのだが、
なにものも時を蘇らせることはできない
この貯水湖は
さらにもう一回
この貯水湖は
さらにもう一回私たちを殺す

 エコロなのか、年寄りっぽいのか、それとも...。日々、私たちの目の前で姿を変え、かつてあったものでなくなり、私たちのゆっくり流れる時間の記録・痕跡が消えてしまっていることを見ていますよね。時は暗殺者。 Le temps est assassin。このフランソワ=レジスはそこに立ち尽くして見ている男のように思えます。それを極私的なことばで、やさしく子供たちに歌ってきかせるようなメロディーで歌をつくります。これって、今日、希有だと思いますよ。
 
ひげ面、コール天ズボン、木樵のネルシャツ...。1980年生れだそうだから、現在35歳。2人の子供の父親。そして誇り高い小学校教師。コンサート活動は学校の休みの時期にしか行わない。若い頃の細野晴臣にも似た慈愛の低音ヴォイス。ギター、ピアノ、パーカッションだけではない、山の自然音や、フランソワ・ド・ルーベ風な優しい電子楽器の音が挿入されて、ヒューマンでオーガニックなアンサンブル。これは2015年的フランス深部が生み出した奇跡的フォークだと思いますよ。

<<< トラックリスト >>>
1. PAIN NOIR (à l'aube)
2. REGUIN- BALEINE
3. STERNE
4. LEVER LES SORTS
5. PASSER LES CHAINES
6. DE L'ILE
7. LA RETENUE
8. LES SABLIERES
9. PAREIDOLIA ( Continent nouveau )
10. JAMAIS L'OR NE DURE  (duet with MINA TINDLE)
11. LE JOUR POINT
12. PAIN NOIR (le soir)

PAIN-NOIR "PAIN-NOIR"
CD SONY MUSIC 88875146002
フランスでのリリース : 2015年10月23日

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)"LA RETENUE"(貯水湖)クリップ


(↓)"LA RETENUE" 別クリップ



PS:タイトルの出典はアンリ・サルヴァドールの「クロパン・クロパン」



 


1 件のコメント:

かっち。 さんのコメント...

文学的で堅気。爺のツボですね。ところで「クロパン・クロパン」はダジャレじゃなくてパン・ノワールの曲の元歌だと思う人がいそうな気がします。ていうか,あのタイトルはいまでは訳せないですね。