2014年12月17日水曜日

爺ブログ のレトロスペクティヴ 2014

  2014年が終ろうとしています。

 手前味噌です。ブログ『カストール爺の生活と意見』は今年40余りの記事をアップしましたが、7年目にして、こんなに充実した記事で埋まったのは初めてである、という自覚があります。いただいたメールやコメントも手応え十分で、このブログを続けてきてよかった、としみじみ思っている年の瀬です。ありがとうございました。この手応えに感謝すべく、このブログ始まって以来初めての年間レトロスペクティヴを作ってみました。
 言わば爺ブログの年間記事のベスト10です。順位は純粋にページビュー数の多さに拠っています。今年掲載された40の記事から10をセレクトするわけですから、確率は4分の1という倍率低めのベストテンです。この順位で読者の皆さんに愛されたことはとても納得のいくものです。小さな世界ですよ。なにしろこの上位10位のページビュー数は600から300の間ですから。これからもこの規模の親密さで、文学・音楽・映画の私的体験をみなさんと共有できたら、と願っています。 Joyeuses Fêtes à tous !


1. 生まれてきてすみませんと言う男(2014年5月21日掲載)
当年85歳のミラン・クンデラの11年ぶりの新作小説『くだらなさの宴 (La fête de l'insignifiance)』 の紹介記事です。日本でいかにクンデラ小説愛好者が多いかを物語っています。私が上っ面をラフになぞっただけで、これだけ盛り沢山な記事になりました。早く邦訳が出て、多くの人たちがこの名人芸を堪能して欲しいと願ってやみません。



2. 渇いていた男(2014年3月16日掲載)
 これは意外。ユベール・マンガレリの小説『渇いていた男
(L'homme qui avait soif)』です。戦後の荒廃した日本が舞台で、太平洋戦争の玉砕戦(ベリリュー島)の生存帰還者が、災難と奇妙な出会いを繰り返しながら、花巻から許婚者のいる北海道まで至るロードムーヴィー形式の物語。無口で暗くて不条理な道中。私は知りませんでしたが、日本では知られている作家のようです(翻訳3冊あり)。



 3. Zou! 真っ青やサウンド・システム (2014年10月26日掲載)
マッシリア・サウンド・システムの30周年記念アルバムで、オリジナルスタジオアルバムとしても7年ぶり。応援していますし、個人的にも厚い交友関係のあるバンドです。アルバムは日本盤も出ました。中央に楯突く地方の中高年のパワー。日本の地方の人たちにも刺激になってほしいです。東京がすべてを決めている日本、おかしいと思う人たちはマッシリアを聞いてください。




4. クロ・ペルガグの奇天烈な世界・1 (2014年3月18日掲載)
  今年の上半期は このケベック出身のお嬢さんに破格の賛辞を送っていて、この『クロ・ペルガグの奇天烈な世界』という記事は「」「」「」と続きました。おかげでフランスでも日本でも評価はどんどん高くなっていってます。私はと言えば、根が浮気なので、2014年の下半期はクリスティーヌ&ザ・クイーンズがクロ・ペルガグの地位を奪ってしまいました。

5.四季四季バンバン(2014年6月22日掲載)
 これも意外。アメリカ映画なんてめったに紹介しないブログですから。クリント・イーストウッド監督の映画『ジャージー・ボーイズ』 (ザ・フォー・シーズンズのバイオピック)はフランス封切が本国アメリカよりも早かった。日本はそれより3ヶ月以上遅れての9月27日公開。この3ヶ月間に日本のファンのためにこの爺ブログ記事がスジばれを含む好意的なプロモーションをしてしまった、ということなのでしょう。ジャック・ドミー仕立ての任侠映画みたいなところが好きでした。

6. 旅立てジャック(2014年2月1日掲載)
 ディオニゾスのリーダー、マチアス・マルジウの小説『時計じかけの心臓』(2007年)を原作に、リュック・ベッソンが資金を出して、マチアス・マルジウとステファヌ・ペルラが5年がかりでCGアニメ映画にした『ジャックと時計じかけの心臓(Jack et la mécanique du coeur)』の記事。爺ブログでは小説CDアルバムも2008年1月に紹介していて、その反応から日本に潜在的なディオニゾス愛好者たちがいることを知りました。先端のCGアニメ映画だと思うのですが、純粋に子供たち向けではないので、リュック・ベッソン印がついていても日本公開の予定はありません。


7. フランスに捧げるサンバ(2014年8月18日掲載)
 フランスではたいへんな鳴り物入りで10月に公開されたエリック・トレダノ&オリヴィエ・ナカッシュ監督の新作映画『サンバ』(日本公開2014年12月26日)の原作小説『フランスに捧げるサンバ(Samba pour la France)』(著者デルフィーヌ・クーラン)の紹介記事。南北問題、貧困、移民、アイデンティティーといった主題を、現場からの視線(著者はサンパピエ支援団体のボランティア)から描いたまっすぐで熱い「社会小説」。これが(『最強のふたり』のような)大衆娯楽映画の原作になりうるのか、という疑問はありました。映画『サンバ』に期待していたでしょう日本の人たちから多くのアクセスがありましたが。

8. 空港とホテルとスズメ(2014年6月9日掲載)
詩的という意味では私にとって最も響いた映画、パスカル・フェラン監督の『バード・ピープル (Bird people)』。ウーエルベック主演の『ニア・デス・エクペリエンス』 や、トレダノ&ナカッシュの『サンバ』など「バーンナウト症候群」を題材にした映画は多くなりましたが、われわれはそんなんじゃない、もともとから鳥になりたいんだ、ということを思い出させてくれる作品。幼くも年老いてからも、夢の中で自力で空を飛んだことがない人っているのでしょうか。映画のマジックはそれをちゃんと映像化してくれるんです。1982年から3年間CDG空港で仕事してました。仕事は全く面白いものではなかったけれど、毎朝空港に行くのが好きだった。そういう記憶って何だったのか、この映画ではっきりしました。

9. パリの日本人にとって"パリ的”なるもの(2014年2月9日掲載)
 パリの日本語新聞オヴニーの代表者、小沢君江さんの本『四十年パリに生きる』の書評を雑誌記事に書いたときの補足のようにブログに書き留めたものです。長くフランスに住む日本人として小沢さんと私は共有する同じ歴史が多くあります。「二つの文化の狭間で」みたいなお題目はどうでもいいと私は思っています。興味深いのは小沢さんしか体験できなかった個人史の部分で、夫のこと、子供たちのこと、育てた会社のこと、日本語で書き続けるということ、私にとっては濃いものばかりでした。


10.  記憶の取る捨てる(トルステル) (2014年10月25日掲載)
 この最低な記事タイトルにも関わらず、多くの人たちが読んでくれました。10月にノーベル文学賞を受賞したパトリック・モディアノの最新小説『おまえが迷子にならないように(Pour que tu ne te perdes pas dans le quartier)』の紹介でした。いつものように記憶の濃霧の中を手探りで進んでいくようなモディアノ節です。記憶といういい加減なもの、何を書いてあるのか自分でも読み取れないようなメモ書き、地下鉄駅改装工事で偶然露になる数十年前の広告、モディアノ読みはこの不安な再会/再発見に心を揺さぶられるのです。忘れていないものは不安なことばかり。

2014年12月14日日曜日

神々の砂漠

 『ティンブクトゥ』
2014年モーリタニア+フランス合作映画
監督:アブデラマン・シサコ
主演:イブラヒム・アハメド、トゥールー・キキ、アベル・ジャフリ
2014年カンヌ映画祭出品作(コンペティション)

フランス公開:2014年12月10日
2014年の今日、西側にいる私たち(私の現在位置はフランス)の多くは、もう善悪が歴然としている、と思っていますよね。「イスラム国」兵士による人質の斬首が一度ならずSNSで公開されるや、私たちは人道に対する犯罪を確信し、ジハード派が人類全体の敵であるかのようなメディア報道に同調する怒りも感じたはずです。フランスの少なからぬ数の若者たちが、このジハード兵士として参戦するべくシリアに飛んでいる。日本人活動家もいると報道されている。強大な武装力とテクノロジーとコミュニケーション網を有する、これまでに例を見ない規模のテロリスム機構の伸張は私たちの大きな脅威であるということに私は異論がありません。
 この映画はジハード派の脅威を検証するものではありません。実際に起こった衝撃的な事件をハリウッド映画的にドラマティックに脚色して描き出すような作品では全くありません。この映画のもとになった史実は、2012年春、マリの北半分が武力的にジハード派に制圧され、その中にユネスコ世界遺産に指定されている歴史的古都トンブクトゥーもあり、ジハード派はトンブクツゥーの聖墓・聖廟を破壊し、古文書を焼き払いました。そして住民はジハード派解釈によるイスラム法「シャリーア」の徹底尊守が義務づけられ、女性は肌を露出することが禁止され、あらゆる享楽が制限され、禁を破った者は、公開処刑で鞭打ち刑、石打ち刑、手足の切断刑などに処されます。
 アブデラマン・シサコ監督の映画は初めて観ました。私たちはこれから始まるであろう戦争とテロリズムの悲劇に身構えて映画館に入ったわけですが、最初から何かアングルが違うな、と直感しました。ジハード兵士たちが、砂漠でトヨタの四駆ピックアップを走らせ、その荷台から射撃訓練として一匹のガゼルを追います。ガゼルは全速力で逃げていきますが、兵士たちはわざとそれに銃弾が当たらないように発砲します。「疲れさせろ!」と声は命じます。ガゼルはそれる弾丸に怯えながら、必死に逃走します。これは残酷なことなのか、「人道的」なのか、私には判断できません。続いて、同じく射撃訓練で、たくさんの民芸品の木彫り人形(戦争前まではトンブクトゥーは観光名所でしたし、こういう木彫り人形が多く土産屋などで売られていたでしょう)が標的になっていて、その顔や胴体などをおびただしい弾丸が破壊していきます。これも残酷なのか、無邪気な遊びなのか、あるいは偶像や伝統破壊のメタファーなのか、ちょっと判断が難しいところがあります。こういう単純ではない映像と対照的に、その背景となる砂漠もサバンナも村の家々もトゥアレグたちの野営テントも、すべて絵画的に美しいアフリカなのです。これはため息がもれるほど見せる絵で、この前で一体何が問題なのかわからなくなりそうです。
 たしかにこの村をジハード派が制圧し、あれもこれも禁止され、恐怖政治が布かれますが、それを武力的に管理するジハード兵士たちは、私たちがニュース報道などから想像するような徹底的に洗脳された狂信者たちではなく、どこかに不安や迷いもあるような描かれ方なのです。これがカンヌ映画祭でコンペティション作品として上映された際に、テロリストに対して同情的にすぎるのではないか、という否定的な評価の所以でした。例えば(下に貼った予告編でも見れるシーンですが)、女たちに対する肌の露出を禁止する命令によって手袋の着用も義務づけられるのですが、魚売りの女が一体どうやって手袋の手で魚売りの仕事ができるのか、とそれを拒否して、ジハード警察に喰ってかかります。「私の手を斬ってくれ!」と包丁まで差し出します。これに対してジハード兵士たちは、高圧的暴力的にこの女を取り押さえるのではなく、女をなだめることすら試みるのです(しまいには女を連行していきますが)。また、フットボールを禁止しておきながら、ジハード兵同士ではフットボール談義が始まると止まらなくなってしまう。はたまた、音楽を禁止しておきながら、夜警中にある民家から音楽の音が聞こえてきても、よく聞くとそれはアッラーを賛美する歌であるという理由で、ジハード兵は踏み込んでの現行犯逮捕を思いとどまってしまう、というシーンもあります。
 しかし自由は奪われ、多くの人たちはジハードの勢力が届いていないところまで逃げてしまい、村は荒れています。小さな抵抗は試みられますが、それには残酷な刑罰が待っています。そんな中で、この映画で最も美しいシーンとされるのが、村の少年たちがボールなしでフットボールの試合をする場面です。「エアー・サッカー」とでも言うのでしょうか。少年たちは見えない想像上のボールを追い、ドリブルし、タックルし、パスし、シュートしてゴールを決めるのです。その瞬間の集団での大喜び。この自由は誰にも奪うことはできない、という勝利の瞬間のように感動的です。
 自分のやっていることに疑いを持ち始めるジハード、禁止されたタバコを隠れて吸うジハード、村の娘に恋をするが果たせず、その支配的権力を使ってでも恋を成就させようとするジハード...。
 映画の主軸のストーリーは、この村の外側にテントを張って住んでいるトゥアレグの三人家族の運命です。父と母と10歳の娘。行商と牛の放牧で、貧しくも平和に暮らしているこの三人のところにも、ジハード軍の支配の影響は及んで、他に住んでいたトゥアレグたちはすべて逃げていきました。それでも母と娘は、ジハード兵がやってきても顔や肌を隠すことなく誇り高く生きていました。父はギターをつま弾き「砂漠のブルース」を歌います。本物です。この三人は他の世界がどんなになろうが、この幸せの恩寵に包まれて生きていけそうに見えました。歴史や世界事情に取り残されて、という意味ではありません。三人は携帯電話でコミュニケーションし、その飼っている一番自慢の牛は「GPS」という名前が付けられているほど、21世紀とシンクロして生きているトゥアレグなのです。
 ところが、近くに住む川魚漁師が、その自慢の牛の「GPS」を殺してしまうという事件が起こり、トゥアレグはそれを抗議に行ったところ、漁師と取っ組み合いの喧嘩になり、たまたま持ち合わせていたピストルが暴発し、漁師は死んでしまいます(この川の上での格闘の末、漁師が画面の右端で息絶え、トゥアレグが川水に足を取られながら画面の左端に逃げていく、ロングショットの映像、思わず息を飲むほど美しい)。
 この事件で逮捕されたトゥアレグが、ジハード派のシャリーア裁判で死刑を宣告されるのです。この取り調べと裁判の間中、トゥアレグとジハード派の複数の人間たちの間で問われるのが「神」の問題なのです。同じひとつの「神」と信じられてきたものをトゥアレグはもう一度この人たちにも問うのです。神は裁くものなのか。
 ジハード派はこの地平では揺らぐことがない(たとえこの映画でいくつもジハードの揺らぎは見て取れるものがあったとしても)。しかし、その刑の執行の時に...。

 不思議な登場人物がこの映画の中に3人います。2010年ハイチ大地震の生存者(とおぼしき)でマリに流れ着いたクレオールで、ボロを纏いインテリ風フランス語を話す狂女。もちろん顔や肌など隠すことなく、ジハード軍のトヨタ四駆の前に立ちはだかり、その通行を邪魔したり罵りの言葉を浴びせることもするのだけれど、ジハード兵たちはこの狂女には一切手を出さず放任しています。そしてこの狂女と仲がいいのか気になるのか、芸術的か哲学的な過去を持っていたと思わせる白人系ジハード幹部、この男が突然に狂女の前でコンテンポラリー・ダンスを披露するのです。3人めは派手なマントを翻して暴走する謎のオートバイ乗り。この映画ではこの3人めが古代ギリシャ悲劇で言うところの「デウス・エクス・マキーナ」です。
 テロリズムの惨劇にポエジーを持ち出していいのか、という見方もありましょう。私にはよくわかりません。神の問題への私の意見はありません。私は神の問題よりも、この映画のポエジー=想像力が、この人間と大地(アフリカ)との関わりを繊細に描いていたことに深く感動するものです。世界政治・宗教問題・人道問題のことだけでは、映画なんか作らなくてもいいのです。アフリカやわれわれを深く支えているのは、この映画のような光ある想像力(トゥアレグの三人家族)である、と私が結論しても、私はそんなに陳腐なことを言ってるとは思いませんよ。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『ティンブクトゥ』予告編

(↓)挿入歌「ティンブクトゥ・ファソ」作曲:アミン・ブーハファ、作詞&歌:ファトゥーマタ・ジャワラ

2014年12月12日金曜日

僕になついちゃった猫

多分、少なからぬ数のフランス人と同じように、私はこの歌をフランス国営ラジオ局FIPで耳にし、耳から離れなくなったのでしょう。21世紀のこの世の中だから、気に入った曲ならば、ラジオ局に問い合わせたり、そのインターネットサイトで情報を得て、CDを手に入れることもMP3でダウンロードすることもできると軽く見ていたんですね。ところが見つけるのは大変でした。CDはもう廃盤になっていました。私は熱心なコレクターではないので、ラジオその他で耳にした音楽で、大好きで大好きで絶対に媒体(レコード、CD、カセット、MP3...)で手にしてやろうと思っても、手に入らなければ、簡単に諦めて、記憶の中のメロディーとしてしばらくとどめておいて、やがて忘れてしまう、という曲がずいぶん多くあったと思います。この歌もそのひとつのはずだったんですが、私は救済しましたよ。
 ジャック・ドミー映画の一シーンのような男女かけあいのデュエットでした。音符がたくさんあって歌いづらそうなワルツ曲でした。美しいフランス語でした。今日も明日もわからないのに、愛し合っている男女の歌でした(アズナヴール「ラ・ボエーム」の伝統を思わせました)。シャンソンっていいなぁ、と思いました。こういう歌が人知れず生まれては消えていく。私は記録したいなぁ、と思ったのです。私のブログというのは、少しは役に立っていると、思える瞬間があります。

(男女)今日も明日も
    この地球上で僕のものなど何もないんだ
    僕の手の運命線や生命線がきみの手のそれを混じり合うよ
(女)あなたは優しいけれど冷めちゃってる
(男)僕はきみを拒むすべを知らない
(男女)僕たちはすべてを分かち合っている。クロワッサンも、問題も、お金も、カフェ・クレームも。

(男女)僕にとってきみ以外のものなんか何も興味がないってことを
    きみはよく知ってる、ってことを僕は知ってる
    あまり遠くに行かないで
    僕の心臓はきみの心臓なしには鼓動しなくなってしまうんだから
    恋人よ、きみは僕になついちゃった猫
    羽根をやすめようとしていたチョウチョ
    僕が調和させたばかりのメロディー

(男)きみは水のほとりにいて、無造作に裸で横たわっている
   背中の下の方に見えるそそるような窪みが
   僕の頭をかき乱す
(女)あなたは頭の中で歌が生れそうになると、あわてて調子っぱずれの口笛を吹く
   あなたは目覚めたまま夢を見て、数々の浮き島を訪れてまわる
(男女)思いの中で自分を見失い
    タンポポの花をもぐもぐ咬みながら
    きみは僕たちのベッドの上で雲が流れていくのを見つめている
    恋人よ、きみは僕になついちゃった猫
    僕たちの視線が交わった時から
    すべてはとてもシンプルで、なんでも即興でできちゃう

(男)きみはすばやく動く美しさ、反り身になっても目の端で僕を見つめるんだ
   きみは新米のスターレットのように、僕を虜にするすべを知っている
(女)あなたは私にそれを語らずに、9月になったらパリから出て行こうと思っている
   あなたは目覚めながら夢を見て、流れ星と普通の星を見分けている

(男女) 今日も明日も
    この地球上で僕のものなど何もないんだ
    僕の手の運命線や生命線がきみの手のそれを混じり合うよ
    恋人よ、きみは僕になついちゃった猫
    羽根を休めようとしていたチョウチョ 
    僕がきみの唇の上にキスを軟着陸させようとしたように

 この数年で聞いた最も美しいシャンソンの一曲です。このYouTubeがなくならないうちに、たくさんの人たちに聞いてほしくて、わがブログにシェアします。

カミーユ・クトー(Camille Couteau)作詞作曲・歌
「僕になついちゃった猫」(Un chat que j'ai apprivoisé)



    
   

2014年12月9日火曜日

ノー・ウーマン、ノー・クライ

リディー・サルヴェール『泣かないで』
Lydie Salvayre "Pas Pleurer"
2014年ゴンクール賞受賞作品

 ←表紙カヴァーつき(下)となし(上)の2種類が本屋さんに並んでいます。2014年8月に出版された本ですが、11月にフランス文学賞の最高峰ゴンクール賞を受賞して、このように赤い腰巻きがつくようになりました。私の印象では下の黒いベレー帽(スペイン革命の象徴のひとつ)を被った鋭い眼光の少女の半顔というイメージは、小説の全体を誤って単純化しているようで、感心しません。駅キオスク売りのスパイ小説、いわゆる「ロマン・ド・ガール(駅小説)」(日本では英語表現にならって"エアポート・ノヴェル"と呼んでいるようですが)のチープさも匂ってきて残念ですね。
 さて、女性の年齢のことを言うのはエレガントさに欠けることとは知りながら書きますと、このリディー・サルヴェールは当年66歳(1948年生れ)で、作家として1990年代から20編をこえる作品があり、1997年に小説『幽霊師団(La Compagnie des Spectres)』で「11月賞」(アンチ・ゴンクールを標榜した1989年創設の文学賞で、 現在は「12月賞」に名称が代わっている。因みにサルヴェール受賞の翌年1998年にミッシェル・ウーエルベック『素粒子』がこの賞を取っている)を受賞していて、キャリアも貫禄も評価も十分な安定した地位にあります。私たちにちょっと縁の近い分野では、ノワール・デジールのセルジュ・テッソ=ゲー(g)とジャン=ポール・ロワ(b)と共演した朗読CD "Dis pas ça"(2006年)というのもありました。 しかし、新しい才能やこれまで賞を取っていない作家たちに与えられるのが通例のように思われていたゴンクール賞にしては、サルヴェール受賞は異例、意外、驚き、といったメディアの反応が多いのです。それはそれ。年寄りが取ったって、いいじゃないか、で済ませましょう。
 小説は、話者(私。名はリディア)の母親(名はモンセラット。愛称モンツェ)が語るスペイン戦争の頃の体験をクロノロジー的に綴ったものです。時は1936年、舞台はスペイン(カタロニア)の小さな村。スペイン戦争は、人民戦線政府に対して蜂起したナショナリスト反乱軍との1936年から3年にわたって戦われた内戦であり、70万もの死者を出しながら、フランシスコ・フランコ(1892-1975)率いるナショナリスト軍が共和国軍を破って全権を掌握して独裁政治が始まる、というおぞましい結末があります。
 小説の中でこの戦争を証言するのは二人で、この二人は場所も立場も違うところでそれを体験するのですが、出会うことも交信することもない他人です。ひとりは前述のモンツェで、この時15歳の少女です。もうひとりはフランス人作家ジョルジュ・ベルナノス(1888-1948)です。厳格なカトリック信者にして、王党派極右運動であるアクシオン・フランセーズを支持して、反共主義の論陣を張っていた作家です。代表作に『悪魔の太陽の下に』(1926年)、『田舎司祭の日記』(1936年)などがあり、日本でもほとんどの著作が邦訳されています。そのベルナノスが1936年にマジョルカ島に滞在していた時に、この内戦が勃発し、ナショナリスト軍に制圧された島で、夥しい数の人々が(理由もなく/裁判もなく)ところ構わず銃殺刑になっていくさまを目撃するのです。当時のスペインのナショナリスト側のボキャブラリーではこの殺される人たちは「悪い貧乏人」と呼ばれます。すなわち社会主義や共産主義に洗脳され、世の秩序と「神」の秩序を乱す人々と見なされたわけです。ベルナノスはこの地獄のような民衆虐殺劇の連続をローマ法王庁が認めるばかりか、法王がフランコ軍を祝福し、宗教的なバックアップまで買って出たことに底なしの幻滅と絶望を覚えてしまいます。それまで極右を支持し、息子のナショナリスト軍・ファランヘ党への参加をたいへんな誇りにしていたフランス人カトリック作家は、マジョルカ島で実際見たもののために180度の思考転回をよぎなくされ、意を決してこの民衆虐殺を告発する文章を発表し始めるのです。この惨劇を小説化した作品が『月下の大墓地』(1936年)です。つまりベルナノスはこのスペイン戦争にこの世の地獄を見たわけです。
 しかし、この小説の真正な主人公である15歳の少女モンツェは、カタロニアの田舎に突然実現してしまったコミューン的ユートピアに夢のようなひと夏(1936年7月)を体験するのです。何世紀も前から貧乏に生まれて死ぬことを運命づけられた農家にあって、父母は物を言わずに生きることを美徳として子供たちを育てようとしましたが、ある日、モンツェの兄のホセは町に出て帰ってきたらすっかり変わってしまいます。無学だった兄はその町での数日間で、無政府主義(バクーニン主義)に染まってしまったのです。 これは(例として適当かどうかわかりませんが)ロックンロールとの出会いと同じように強烈で乱暴でクレイジーなのです。貧農の長男で不良のボス格だったホセは、その覚えたての革命家気取りの演説で、彼の周りに若いアナーキストグループを組織します。両親に反抗し、古い世の中に楯突く兄をモンツェはまぶしく見ています。
 この夏モンツェは村の大地主の家に女中として雇われることになっていました。この大地主には養子として入った跡取り息子ディエゴがいます。20歳のディエゴは高等教育を受けたインテリで思慮深い男ですが、出自の事情から親に対して反抗的で、共産党に入党します。このディエゴは子供の頃からずっとモンツェに片思いしていると同時に、その兄のホセとはガキの時分から犬猿の仲、より正確にはホセの徹底したイジメの対象になっていて、ディエゴはずっとそのイジメを耐えて受け入れていたのです。小説はこの二人の対照的な若者、貧農の子/富豪の子、乱暴者/インテリ、過激派/穏健派、ロマンティスト/リアリスト、アナーキスト/コミュニスト等々の対立も大きな軸になっているわけですが、しまいには(これはバラしたらいけないんですけど)この二人に深い友情のつながりがあることを知ります。
 さてモンツェは女中に雇われるというその時に、人民戦線(共産主義、社会主義、無政府主義を結集した共和国派共闘)指導による革命の波がこの村にもやってきて、 土地・財産を含む村の村民による自主管理が、直接民主主義によって討議され始めたのです。15歳の少女は突然やってきた革命に狂喜し、村を一歩も出たことがなかった若者たちと徒党を組んでカタロニアの都バルセロナまで赴き、革命の躍動に共振する都の空気を満喫します。それは初めてのタバコ、初めてのアルコール、止むことのない歌と踊りとディスカッション、若者たちから次々に発語される新しいスローガンや詩...。そしてこの狂気の夏にモンツェは初めての恋も体験します。その若者はアンドレと名乗るフランス人で詩人なのです。彼はフランコのナショナリスト軍と戦うために国際義勇軍のひとりとしてフランスからやってきた。そして翌朝に前線に出発するという夜にモンツェと出会い、詩人と少女は激しい恋に落ち、一晩中愛し合ったのです。そして決められたように翌朝詩人は姿を消すのですが、その数週間後、モンツェはアンドレの子を身籠ったことを知ります。
 一方村の人民評議会は、最初ホセたち過激派の提案に賛成して、地主制の廃止、私有財産の没収と分配など急速なコミューン化を打ち出すのですが、徐々に前線の状況があやしくなり、ディエゴの穏健派が「なによりもまずフランコとの戦争に勝つこと、大きな改革はそのあとで」という現実主義路線を提唱、多数派の賛成を得て、ディエゴが仮の村長となり村行政を切り盛りするようになります。ホセは当然面白くないわけですが、フランコのナショナリスト軍は共和国をじりじりと侵食していき、頼りにしていたソ連からの武器はなかなか届かず、共和派の中でも共産主義者、社会主義者、無政府主義者の内部対立が深まっていきます。
 村に戻ったモンツェは妊娠してしまった子供をどうするか悩みに悩み、蒸発することまで考えます。件のフランス人詩人アンドレが再び目の前に現れてくれることを夢見たりもしますが、全く可能性はありません(後日談としてこの詩人はひょっとしてアンドレ・マルローではないか、とモンツェと生まれてきた子供が想像しています)。しかし女の問題は女が最もよく知っていて、モンツェの母親がうまく手を回して、子供の頃からモンツェに恋い焦がれていたディエゴと結婚させることにしたのです。ホセはこのアレンジメントにあたかも政治的権謀術数のごとき卑劣さを見てしまい、モンツェとホセとディエゴの関係は著しく険悪になります。
 こうして最貧の農家から富豪地主の家に少女は嫁いでいきます。最初富豪家族とモンツェの関係はぎくしゃくしていましたが、ホセの言う搾取階級の顔ではないユートピア思想家の義理の父(地主)や、ファシストの義理の姉の優しさや、かなり入り込んだ興味深いエピソードがたくさんあり、この小説の背景を肉厚のものにしています。
 1937年3月、モンツェは女児を出産し、その名はLunita(ルニータ)と名付けられます。小説はすんなり通り過ぎていますが、これ、そんじょそこらにあるファーストネームではないと思いますよ。「統一」という意味のイタリア共産党の機関紙(1924年グラムシが創刊)と同じ名前ですし、日本の書店「ウニタ書舗」と同じ語源でしょうし。
 しかし戦況はどんどん悪化し、4月にはドイツ空軍によるゲルニカ爆撃(1500人の市民が死亡)があり、ナショナリスト軍は全前線で攻勢に出ます。モンツェたちの住むカタロニアの村にもナショナリスト軍の攻撃があるとの情報をつかみます。すると村への道でナショナリスト軍を待ち伏せして迎撃する、という役目をホセとその仲間たちが買って出るのです。普段ことごとく対立しているホセとディエゴはここで雪解けを見るわけですが、この村防御の激戦の中、ホセはどういう状況か誰にも見られていない状態で戦死してしまいます。その甲斐あってナショナリスト軍は退散していきます。ホセの死は英雄的と村人たちは厚くその霊を弔うのですが、あろうことか、どこからかホセはディエゴによって暗殺されたのではないか、という噂が立つのです。人の口に戸は立てられません。村人たちは疑心暗鬼になります。誰も信用できない。村長代理のディエゴはこの噂に深く傷つき、消耗し、不眠症となり、村人たちから孤立していきます。.....

 1937年冬、村はナショナリスト軍の手に落ち、モンツェは乳飲み子ルニータを抱きながら、何日も何日も徒歩で北上し、国境を越えてフランス領に入り、その命を死の寸前で救うことができたのです。17歳の少女母はフランスに受け入れられ、言葉を知らぬことと外国人であることで多少の差別を受けながら、この国で必死に言葉を覚えて「泣かないで」生きていくことを決心したのです。Pas pleurer。泣かないこと。
 
 小説は最初その読み辛さに手こずると思います。それは1920年スペイン生れのモンツェという女性の語り口をそのまま文字化しようと試みているからです。この女性は何年何十年たとうが、ちゃんとしたフランス語を覚えることができないで、スペイン語、カタロニア語、フランス語が混じり合った、モンツェ独特の言語しか語れないのです。作者はそこに注釈など入れたりしないのです。そのままのモンツェ語。この小説のマジックは、この生き生きとしてリアリティーに富んだこのチャンポン語を、読む者がどんどんわかるようになってしまう、ということです。わかると言うのではなく、感じると言うべきでしょうか。
 後日ディエゴもフランスに亡命し、モンツェとルニータと合流します。トゥールーズに近いフランス南西部の町で3人は暮らし、1948年には次女リディアが誕生します。それが作者自身です。
 マジョルカ島で地獄を見たことによって、強硬な右翼人から翻ってファシズムとカトリック教会の共犯を告発するに至ったジョルジュ・ベルナノスの勇気にこの小説は最大級のオマージュを捧げます。少女モンツェはベルナノスが地獄を見ていた同じ頃に、バルセロナで束の間のユートピアを見ていたのです。そしてこの老女は、その夢のような1936年夏から抜け出すことができないのです。Viva la República !


カストール爺の採点:★★★★★

LYDIE SALVAYRE "PAS PLEURER"
スイユ刊 2014年9月 280ページ 18,50ユーロ

(↓)自著『泣かないで』を語るリディー・サルヴェール

Pas pleurer - Lydie Salvayre 投稿者 EditionsduSeuil