2013年8月21日水曜日

Have you heard the word ?

The Legend of Steve Kipner & Steve Grooves 1969 / 1973
スティーヴ・キプナー&スティーヴ・グルーヴスの伝説

 マルシアル・マルチネーのMAGIC RECORDSから、数年前に復刻されていたスティーヴ・キプナーとスティーヴ・グルーヴスのデュオ、スティーヴ&スティーヴィー名義のアルバム"STEVE & STEVIE"(1968年)と、ティンティン名義のアルバム"TIN TIN"(1970年)と "ASTRAL TAXI"(1973年)の3枚のアルバムを2CDにまとめて新装再発したものです。
 まあ、それなりにソフト・ロック界では隠れた名盤として評価は高かったようですが、キプナーは日本ではもっぱら1979年のアルバム"Knock The Walls Down"(ジェイ・グレイドンのプロデュースで日本ではAOR傑作となっているようです)によって知られているでしょうし、作曲者としてはオリヴィア・ニュートン=ジョンの「フィジカル」(1981年)を、また松田聖子に「マラケシュ」(1988年。ちょっとひどい歌だな)を提供していて、後年は巨万セールスソングライターとして幸せな人生を送りましたとさ。
 キプナーは1950年オハイオ州 シンシナティ生れ、1歳の時に家族と共に豪州ブリスベンに移住し、教育も文化もすべて豪州仕込みで育ちます。15歳でバンドを組み、父親ナット・キプナーの曲でレコーディングして早くも全豪1位のヒットになっています。最初のバンド、スティーヴ&ザ・ボード(Steve & The Board)解散して、68年にオーストラリア人スティーヴ・グルーヴスと組んで、スティーヴ&スティーヴィー(Steve & Stevie)を結成、イギリスでレコード契約を結んで世界デビュー(ま、豪州外デビューですけど)を果たします。この時に力になってくれたのが、同じ豪州組であったザ・ビージーズ(英国バンドですけど、1958年から66年まで豪州で下積みをしていたんです)のギブ三兄弟だったのです。とりわけモーリス・ギブとは親交があり、スティーヴ&スティーヴィーをロバート・スティグウッド(当時の超大物ジャーマネ&プロデューサー。クリーム、ビージーズ、ヘアー、サタディ・ナイト・フィーバー...。この人も豪州人)に引き合わせたり、スティーヴィー&スティーヴィーの録音に参加したりプロデュースしたり...。
 1968年のスティーヴ&スティーヴィー(↓)"Merry Go Round"

 まんまビージーズみたいなところがありますが。
 1969年、スティッグウッドの工作で、大レコード会社ポリドール・アトコからレコードが出せるようになったスティーヴ二人組は、モーリス・ギブのプロデュースで新たにレコーディングを始めますが、この時ティン・ティン(Tin Tin)とバンド名を改称します。この名前はベルギーが誇る世界的ヒットのカートゥーン『タンタンの冒険』(エルジェ作)からインスパイアされたそうです。1970年、最初のシングルはスカだったんですが、セカンドシングル "Toast and Marmalade for Tea"が全米TOP20のヒットになってしまいます。(↓)これです。

 このふらつく(エフェクトの)ピアノの音がヒットの隠し味でしょうが、これはスティーヴ・グルーヴスの曲で、モーリス・ギブもベースで参加してます。モーリス・ギブはその当時、英国のトップ女性シンガー、ルルと結婚したばかりで、ルルの弟でミュージシャンのビリー・ローリーも、義理の兄と共にこのスティーヴ&スティーヴィー〜ティン・ティンの録音セッションに大きく関係しています。こうして二人のスティーヴはそこそこのヒットも出たし、ファーストアルバムも好調だし、二人組からミュージシャンを追加してちゃんとしたバンド Tin Tin としてコンサートもしようか、なんて欲も出てきます。そんな感じでティン・ティンはある種余裕ある態度で、セカンドアルバム用のセッションをしておりました。
 そんな1969年のある日(正確には8月6日)、スティーヴ・キプナー、スティーヴ・グルーヴス、モーリス・ギブ、ビリー・ローリーにとんでもない茶目っ気が生じて、"Have You Heard The Word"という曲を録音してしまいます。 その日、モーリス・ギブは階段からすべり落ちて腕を折ってしまい、痛み止めをたくさん打ってのスタジオ登場、それでも痛むからスタジオのバーでしょっちゅうアルコールを補給。セッションはひどいもので、モーリス・ギブのヴォーカルも本人のものとは思えず(奇しくも誰かに極端に似てしまう)、ベースもギターもピアノもめちゃくちゃ。
 この録音がどういうわけか、1970年3月7日に Beacon Recordsからシングル盤で発売されます。レコード上のバンドの名前は The Fut (ザ・フット)、曲作者のクレジットはThe Fut。その他すべて不明の状態でシングル盤 "Have you heard the word ?"は発売されたのでした。それがこれ(↓)です。

 これはすぐさま、「ビートルズのブートレグ録音である」と大変な噂になったのでした。この声がジョン・レノンでないわけがない。小野洋子までがそう信じて、この曲の著作権を取得しようとしたのでした。
 この真実をその当初は誰も明かそうとせずに、この謎の「ビートルズ海賊録音」の噂は雪だるま式に大きくなっていったのでした。

 このCD2枚組はスティーヴ&スティーヴィー、ティン・ティンの2枚のアルバムの他にボーナスとしてこの The Fut "Have you heard the word"も収録されています。私たちの興味はこの1曲に集中してしまいますが、どう聞いてもこれはジョン・レノンですよ、という人たちが世の中にはまだまだいらっしゃるそうです。

<<< トラックリスト >>>
CD 1
Steve & Stevie
1. Merry Go Round
2. Remains to be seen
3. Sunshine on snow
4. Liza
5. As I see my life
6. Shine
7. To whom it may concern
8. Melissa Green
9. SHe's getting married
10. The Birds
11. Fairy tale princess
12. I can see it in the moon
Tin Tin
13. She said ride
14. Swans on the canal
15. Flag
16. Put your money on my dog
17. Nobody moves me like you
18. Tuesday's Dreamer
19. Only ladies play croquet
20. Family tree
21. Spanish Shepherd
22. He wants to be a star

CD 2
Tin Tin
1. Toast and marmalade for tea
2. Come on over again
3. Manhattan Woman
4. Lady in blue
5. Love her that way (bonus)
6. Back to Winona (bonus)
The Fut
7. Have you heard the word (bonus)
Tin Tin "Astral Taxi"
8. Astral Taxi
9. Ships on the starboard
10. Our destiny
11. Tomorrow today
12. Jenny B.
13. I took a holiday
14. Tag around
15. Set sail for England
16. The Cavalry's coming
17. Benny and the Wonder Dog
18. Is that the way
19. Talking Turkey (bonus)
20. Strange one (bonus)
21. I'm afraid (bonus)

THE LEGEND OF STEVE KIPNER & STEVE GROOVES 1968 / 1973
2CD MAGIC RECORDS 3930975
フランスでのリリース:2013年8月12日

2013年8月19日月曜日

あたりまえだのストロマエ

ストロマエ『√(平方根)』
STROMAE "√ (Racine Carrée)"

 「平方根(へいほうこん)」という訳語を見つけたら、そのままストロマエに "Hé, ho, con!" と呼び返したくなったのでした。お立ち会い、2013年夏、最高のアルバムです。"Brel Electro"(エレポップのジャック・ブレル)とまで評されるようになったベルギー男のセカンドアルバムです。できるだけ多くの人たちに聞いて欲しいです。
  言うまでもないことでしょうが、ストロマエ(Stromaé)という芸名は「マエストロ(Maeetro)」のベルラン(逆さ言葉)です。こう名乗るんだから、最初から自信あったんです。1985年ブリュッセル生れのこのやせっぽち君は、母親がベルギー人、父親がルワンダ人で、その父親はかのルワンダ大虐殺(1994年)で亡くなっています。新アルバムの2曲め "Papaoutai"はこの不在の父親というテーマの歌で、「赤ん坊をどうやって作るのかは誰でも知っているが、父親をどうやって作るのかは誰も知らない」という強烈な歌詞が出てきます。ジョニー・アリディ、フランソワーズ・アルディ、ロジャー・ウォーターズ(ピンフロ)の例を出すまでなく、父親の不在のアンニュイは多くのロック・ヒストリーを作っていくのですが、ストロマエはその系譜のひとりでしょう。
 3曲め"Batard" (バタール、英語のバスタードとほぼ同じで、混血児、私生児、雑種、その他良い意味では絶対に使われない侮蔑語)も、ストロマエ自身のアイデンティティーの問題に直接関係した歌で、白でも黒でもない、右でも左でもない、男でも女でもない、フランドル人でもワロン人でもない、ラシーヌ(根、ルーツ)のはっきりしない自分をマニフェスト的に過去・現在・未来にわたって俺は「どっちつかず」の道を選ぶ、と歌います。
 とは言いながら、自分にまとわりつくアフリカとヨーロッパ(ベルギー)を誇らしげに見せることもあります。2011年に急逝したカボ・ヴェルデの「裸足のディーヴァ」セザリア・エヴォラに捧げる "Ave Césaria" (5曲め)、ベルギーの国民食「ムール・フリット」(ムール貝の白ワイン蒸し+フライドポテト)を南アフリカのズールー・コーラス風に讃歌してしまう "Moules Frites"(7曲目)など、ストロマエの一筋縄ではいかないひねくれたワールド音楽アプローチに脱帽します。
 アルバムタイトルの"Racine carrée"とは数学のルート(√ =平方根)のことですが、別の訳をしてみると「はっきりとした根」ということになりましょう。アルバム全体を通して感じられるのは、「はっきりとした根」など持っていないストロマエが、必死になってアイデンティティー探しをしているような実直さに胸が痛くなります。3年前のファーストアルバム "Cheese" では、もっともっと冗談の側の人だったし、自分でやっているエレクトロ・ミュージックを小馬鹿にするような皮肉と黒い諧謔が印象深かったアーチストでした。まあ、多くの人たちがシングルヒット "Alors on danse"だけで消えてしまうだろう、という予想をしていたこともありますが...。それが、ベルギーのエレクトロ小僧から、「ジャック・ブレルの再来」という尾鰭までついて、「シャンソン・フランセーズの巨大新星」みたいに言われるようになったんですよ。
 そのきっかけになったのが、先行で2013年5月からオン・エアされた "Formidable"(アルバム6曲目)のヴィデオ・クリップなんです(↓)。
YouTubeで本日の数字で17百万ビュー。


 その他、ビゼーの「カルメン」をベースにして、「恋はツイッターの鳥のようなもんで、人がブルーでいられるは48時間だけ」なんていう憎たらしく2013年的に的を得た歌い出しから始まる"Carmen"(8曲め)、そして某レヴューによると「リタ・ミツコ『マルシア・バイーラ』以来」のガン(癌)と死に正面から向かって歌い上げた"Quand c'est ?"(10曲め。「いつなの?』 - カタカナ読みすると「カンセ」、癌のcancer「カンセール」と掛けてます)、仏ラッパーのオレルサンセクシオン・ダソーのメートル・ジムと元気いっぱいに世の中に毒づいている "+AVF"(13曲め)など、納得のいく曲にあふれています。しかし、キーワードはメランコリーでしょうか。泣きながら、汗まみれで歌ってしまうジャック・ブレルとは継承も断絶もありましょう。

<<< トラックリスト >>>
1. Ta fête
2. Papaoutai
3. Bâtard
4. Ave Césaria
5. Tous les mêmes
6. Formidable
7. Moules frites
8. Carmen
9. Humain à l'eau
10. Quand c'est ?
11. Sommeil
12. Merci
13. + AVF

STROMAE "√ "
CD MOSAERT/UNIVERSAL 3747987
フランスでのリリース:2013年8月19日

(↓ "Papaoutai" 父ちゃんどこにいたの?)


2013年8月16日金曜日

白い水曜日

Caracol "Blanc Mercredi"
キャラコル『白い水曜日』

 左のジャケ、クリックして拡大して見てください。わしらの世代では、あ、これ倉多江美って思う人おりましょうね。違います。イラストを担当したのはMalleusという人で、そのwebページを見ると、アール・ヌーヴォー(ミュシャ)風もあれば、ベルナール・ビュフェ風もあれば、ロジャー・ディーン(イエス)風もあればもののけ姫風もあれば、というやや偏ったヴァリエーションの夢幻系ロック・イラストレーターであることがわかります。このフクロウが赤い心臓を運んでくるのを迎える乱れ髪の娘という図、マニエリスム風でレトロな字体で書かれた "Caracol - Blanc Mercredi"の文字、なにやら(わかりやすい)「ワンダーランドへようこそ」の誘いのようです。
 一年中雪が降っていてもおかしくない国、ケベックの人です。キャロル・ファカル、人呼んでキャラコルのセカンド(ソロ)アルバムです。モンレアル(モントリオール)大学で音響工学を学び、ミキシング・コンソールのこちら側にいたのに、いつのまにかそちら側に行って舞台に立ち、レゲエバンドのバッキング・コーラスを経て、1998年ドリアンヌ・ファブレグ(人呼んでドバ)と、アフロ&ワールド寄りレゲエ・デュオのドバ・キャラコルを結成、2枚のアルバムを発表しています。(↓こんな感じ)

 寒い国の人たちが、暑い国の音楽にアプローチする、この気持ちはわかります。寒冷地ロックの人、OKIさんだって出発点はレゲエでした。逆のこともあって、セネガルとアンティルの血を引くテテが、2002年にモンレアル(モントリオール)に長期に滞在することがきっかけで自分の季節感にはなかった「秋」を発見してしまい、"A la faveur de l'automne"(秋に加担して)という大傑作を生んでしまったというケースもあります。   さて、キャラコルはこの(熱めの)デュオだったドバ・キャラコルを一旦解消して、ソロ活動に転じますが、一転してアコースティック・フォーク路線になるのです。ファーストソロアルバム "L'arbre aux parfums"(2008年)の中の曲"Le Mepris"(軽蔑)のクリップ(↓)

 このアルバムは「ラジオ・カナダ・ミュージック」新人賞などを獲得したほか、カナダのレコ大的なJUNO賞とADISQ賞に「最優秀フランス語アルバム」としてノミネートされました。(だからどうだ、という評価が私にはできないのは、まだ聞いてないからなんですが)。

 そして2011年にケベックでリリース(フランスでは2年遅れてこの夏リリース)されたセカンドアルバム『白い水曜日』はこんな第1曲目から始まります。
もし万一、月曜日に氷霧が私たちの心臓の上に凍りついてしまって
火曜日には私たちが霜で覆われてしまって、みんな死んでしまったら
最悪のことのあとにも最良のものが残っていることもあるって言うから
この白い水曜日に幸運の女神が私に微笑むってこともありうる?
あなたは私の光のままでいて
この美しい雪の下であなたの心を開いたままにしておいて
私の心はまだ燃えているわ
白い水曜日に幸運が私に微笑むわ
今夜天窓を抜け出して私の両目が狩りに飛び立つわ
冬が過ぎ去っても雪は降り続けるわ
私の両目はあなたの足跡を探しに行く
あなたをずっと愛しているわ
今だからそれが言える
「僕も愛しているよ」と答えるのは簡単なことよ
この白い水曜日にそれは可能なの?
あなたがそう言うのを感じたいの
あなたは私の光でいて、ずっとずっと
この美しい雪の下であなたの心を開いたままにしておいて
私の心はまだ燃えているわ
お願い、あなたは私の燃え盛る火災のままでいて
この白い水曜日、灰に覆われた空の下で
私の心はまだ燃えているわ
もし万一、月曜日に氷霧が私たちの心臓の上に凍りついてしまったら
この白い水曜日、あなたは私を愛してくれるかしら?("Blanc Mercredi")
「白い水曜日」のオフィシャル・ヴィデオクリップです(↓)


 お立ち会い、わかりますか? ディメンションが違うのです。「北の国では悲しみを暖炉に」なんていう緯度ではないのです。すべてが凍りついてしまう国で、心(心臓)を燃やし続ける愛、凍てついた真っ白な世界の中で真っ赤に燃え続ける心臓、そういう歌なんです。「あなたは光であり続けて」という願いが、この氷の世界では不十分で、最終部の歌詞は「あなたは燃え盛る火災になって」とラジカルに変わります。光(lumière)じゃだめなんだ、あなたは火災(incendie)になって、そうじゃないとこの極寒の世界では恋は死んでしまうんだ、と。こんなラヴ・ソング、そうめったにあるものではないでしょう。「八百屋お七」を思う方もいらっしゃいましょうが、それはまた別のディメンションなのです。
 とりあえず、私はこの第1曲めでガツ〜んと来ました。こういうスケールの曲ばかりだといいんですが、アルバム全体となると、なかなか...。6曲めにこんな歌があります。
マッチをシュッと擦って点火して
私は花火になって飛んでいって
今夜私たちの物語の最後に照らすのよ
今夜ほんの束の間 私の心を燃やして空を照らすの
バラバラに飛び散る勇気はどうやって見つけるの?
火の破片となって四方に飛び散っていく花火のように
火の粉の私が空の彼方に飛ばされて目から見えなくなる前に
私はこの夢にさよならを言うの
大気の中でぐるぐる回って私の心は塵になってしまうの
バラバラに飛び散る勇気はどうやって見つけるの?
火の破片となって四方に飛び散っていく花火のように ("Feu d'artifice")


恋の終わりを花火のように散らしてしまいたい、という歌ですけど、「玉屋がとりもつ縁かいな」とはディメンションが違うんです。 激しくもダイナミックな失恋の歌で、この人のキーワードは「火」かなぁ、なんて思ってしまいました。
 キャラコルは多くのケベコワと同様に仏語・英語バイリンガルで、この12曲のアルバムでも英語曲が5曲入っています。 英語?いいですよね。北米にして合衆国の隣国なので、われわれのような旧大陸の古ぼけたサウンドに慣れた耳には、「あ、これが世界標準のポピュラー音楽の音なのだな」と思わせる耳障りの良さで、実はこれが私をしてケベック音楽を敬遠させる最大の原因だったのですが。
 おしまいに、2011年に日本でも公開されたケベック映画『人生、ブラボー(原題:Starbuck)』 という映画(日本語予告編のリンクもここに)の挿入歌として使われた "Quelque Part"という歌も、映画観て泣いたオヤジのひとりとして、うるうるしないわけにはいかなかったのです。
もうおしまいにする時が来た
私は堂々巡りばかりしていて、時間ばかりが過ぎていった
わかったことと言えば、あなたが隣りにいない年月はとても長かったということ
これは白昼夢ではないわ、嵐がおさまったのよ
世界のどこかで誰かが私のことをほんの少し思ってくれているんじゃないかって
思ったその時に
誰かがどこかにいるんじゃないかって
でも用心しなくてはダメ
人生は短くて、何も得ることがない、
みんなそれぞれ顔を隠しながら生きている、って人は言う
でも嵐はおさまった
私はここであなたを待つわ、辛抱づよく
すべてをやり直すために
世界のどこかで誰かが私のことをほんの少し思ってくれているんじゃないかって
思うから、誰かがどこかにいるんじゃないかって
でも用心しなくてはダメ
     ("Quelque Part")
(↓ "Quelque Part" モンレアルの街頭でのアコースティック・ヴァージョン)


<<< トラックリスト >>>
1. Blanc Mercredi
2. Certitudes
3. J'ai soif
4. Strange Film
5. All the girls
6. Feu d'artifice
7. Sailor Boy
8. Fantômes
9. Horseshoe Woman
10. Good Reasons
11. Je volerai ton baiser
12. Quelque part

CARACOL "BLANC MERCREDI"
CD INDICA RECORDS / L'AUTRE DISTRIBUTION AD2682C
フランスでのリリース:2013年7月22日

(↓ "Quelque Part" ) 


 

2013年8月14日水曜日

風の中の4人 (Quatre garçons dans le vent)

『風の息子たち』
2012年フランス映画(ドキュメンタリー)
"Les Fils du Vent"

監督:ブルーノ・ル・ジャン、出演:ニニン・ガルシア、チャヴォロ・シュミット、アンジェロ・ドバール、モレノ
フランス公開:2012年10月
DVD発売:2013年8月26日

 7月8月、フランスの高速道路上では、多くのキャンピングカーが移動して行くさまを見ることができるのですが、この人たちは「ヴァカンシエ(vacanciers)」と呼ばれる一般市民のヴァカンス旅行者たちです。彼らは「キャンピング(camping)」と呼ばれる水・電気・衛生施設・遊戯施設などの設備の整った有料のキャンプ場に停まり、快適なヴァカンスを過ごします。ところが、その同じ時期の7月と8月、私たちはテレビの報道番組で「ロマの不法キャンプの強制立ち退き」や「不法滞在ロマの集団検挙」のようなニュースを見ることになります。一方の市民たちには許される「旅」が、これらの人々には許されない。
 第二次大戦時にナチスによってユダヤ人と同性愛者と同じように強制収容〜ガス室送りの対象とされていたロマの人々を、戦後になって保護するためのさまざまな法律が作られ、フランスでも人口3万人以上の地方公共団体に水道と電気の設備のある野営キャンプ地の確保が義務づけられています。しかしその法律があっても、市町村はなかなかそのキャンプ地の設置や確保に積極的ではなく、市民団体がその設置に反対行動を起こすところもあります。定住住民たちとのトラブルは、(何十年たっても何百年たっても同じ偏見で)「治安上」と「衛生上」の問題に集中します。
 2013年7月、西フランス、メーヌ・エ・ロワール県ショレ市の市長にして国会議員のジル・ブールドゥーレックスなる男が、「ヒトラーは十分な数のロマを殺さなかった」と発言、たいへんなスキャンダルとなり、同議員は「人道に対する犯罪への賛美」の廉で訴追され、所属党(中道派UDI)を除名されました。 日本の人たちにはなかなか理解してもらえないので、強調して言いますが、これは「言論の自由」の範疇ではないのです。フランスでは人種差別や人種憎悪を表現したり唆したりすることは法律で禁止されていて、立件すれば罰金刑・禁固刑に処されるのです。こういう法律は必要なのです。なぜ日本にこれに相当する法律がないのか不思議でなりません。
 イントロがちょっと固くなりました。このドキュメンタリー映画は、それぞれ特色のあるマヌーシュ・ギターのマエストロ4人、ニニン・ガルシア、チャヴォロ・シュミット、アンジェロ・ドバール、(リュシアン・)モレノのそれぞれの道程をブルーノ・ル・ジャン監督が8年間に渡って追い続けて撮影されたものです。2012年に劇場公開され(私は見逃しました)、このDVDジャケに貼られたスティッカーによるといろいろなドキュメンタリー映画祭で賞を取ったようです。で、1年後にめでたくもフレモオ&アソシエ社からDVD化です。フレモオ社のありがたいところは同社のDVDはすべてNTSC方式なので、日本でそのまま(パソコンじゃなくてもDVDプレイヤーで)見ることができるのです。
 マヌーシュ・ギターの開祖は言うまでもなくジャンゴ・レナール(1910-1953。日本ではどうしてもジャンゴ・ラインハルトというカタカナ表記になりますね)です。 その死後60年になる今日、ジャンゴの後継者たちは継承だけではなく、さまざまな新傾向を融合させて、マヌーシュ・ギターをますますメジャーなアートに成長させて、世界にファン層を拡大させています。毎年6月にはジャンゴ終生の地サモワ・シュル・セーヌで世界屈指のギター祭り「ジャンゴ・フェスティヴァル」が開かれますが、この映画にもそのシーンが登場します。この4人は今日のジャズ・マヌーシュを代表するギタリストであることに違いないのですが、米国の一流ジャズミュージシャンのような「大ホール」「派手な世界ツアー」「メジャーレーベルでの豪華録音」などとはあまり縁がありません。長年のキャラバン生活から足を洗ってパリのアパルトマンに定住してしまったリュシアン・モレノを例外として、3人はずっと家族とキャラバン移動の生活様式を続けています。アンジェロ・ドバールがその野営地に着くまでの運転中に「こんな自然の中で暮らす以上の幸せがあるものか」と語ります。この映画でだんだんわかってくるのは、彼らはさまざまな(社会的な)やっかい事があっても、移動生活を愛してやまないし、音楽は空気のように必要なものだし、彼らは「職業」として音楽を奏でるのではなく、彼らにとっては旅と音楽がそのまま「生きること」であるということです。うらやましいです。こういう人たちは21世紀の西欧社会で生きていけないのではないか、という愚かな疑問をこの映画ははっきり否定してくれます。
 思えば「演出された劇映画」としてはトニー・ガトリフ監督の諸作品がありますし、その『ラッチョ・ドローム』 (1993年)にもドラード・シュミットやチャヴォロ・シュミットが出ていましたし、『スウィング』(2002年)ではチャヴォロ・シュミットが主演俳優としても大活躍していました。ところが、マヌーシュ・ギターを題材にしたドキュメンタリー作品というのはあまり例がない。ブルーノ・ル・ジャンはその理由を「この内側は撮りづらいのだ」と説明します。アンジェロ・ドバールは自分をキャラバンで撮影するのは自由だが、その他のキャンプ野営民を撮影するのは絶対許さない、という条件をつけたそうです。しかしそれよりも何よりも、彼らの行動は予測ができず、待っているところにいてくれるわけではない。彼らは自由に動き回る。そういう人間たち4人を、ル・ジャン監督は8年間も辛抱強く追い続けたのです。
 また、この映画にはジャンゴの非常に珍しい映像が挿入されています。あれほどの数のレコード録音があるジャンゴでも映像は稀で、しかも映像と音声が同期したものは、全部で3分間しか記録保存されていないのだそうで、その一部が紹介されています。
 彼ら4人はそれぞれ違うところから出ています。ニニンは先祖が南方から来たらしいから「ジタン」と呼び、モレノは東方のようだから「ツィガーヌ」と呼びます。北方から来れば「マヌーシュ」。 そういった違いは言葉の訛りや生活様式や音楽にもはっきりとこの映画で出てきます。
 パリの北郊外サン・トゥーアン、クリニャンクールののみの市の真ん中にあるビストロ「ラ・ショップ・デ・ピュス」は今やマヌーシュ・ギターの殿堂となっていますが、そこを開いたのがモンディーヌ・ガルシア(この映画は「モンディーヌに捧ぐ」という文字でエンディングします)で、ニニンの父親。ニニンはそこで30年間に渡って(のみの市のある)土曜&日曜のステージをつとめてきましたが、今はその息子ロッキー・ガルシアが跡を継いでいます。
 モーゼル地方生れのモレノは、南仏ジタンの聖地サント・マリー・ド・ラ・メールとアルザス地方との往復の旅の中で育ち、チャヴォロ・シュミット、マニタス・デ・プラタなどの影響で腕を上げてきた人。クリミア(ウクライナ)出身のツィガーヌ女性歌手マリナ(この映画でも歌っています)と結婚。音楽的にも東欧ツィガーヌの要素を大きく取り入れます。上に述べたように、キャラバン移動生活をやめ、パリのアパルトマンで定住生活を始めますが、そのいきさつも映画の中で説明しています(警察に夜中に叩き起こされることがトラウマとなってしまったのです)。
 この映画で私(おそらく多くのマヌーシュ・ギターのファンたちも)の興味は、チャヴォロ・シュミットとアンジェロ・ドバールに集中します。チャヴォロはその激しいプレイとは裏腹に、温厚で言葉少なく、しかし詩人のように語ります。ブルターニュの海を相手に、その波の音にコード(和声)を探して、一緒に歌うシーンなど、本当に感動的です。
 それとは対照的にアンジェロは天才肌で、言葉は鋭く、はっきりした哲学を感じ取ることができます。またロマの現状に対する政治的な意見も明白に語っています。キャラバンのために発電機を回したり(当たり前ですが、めちゃくちゃ図にはまっている)、野営地に水道がないので道ばたの消防水道栓から水を失敬して、水がなければ人は生きられないのに水を取るなと決める西欧社会に皮肉を一言、なんていうシーンは「硬派な男」をよく感じさせてくれます。この4人の中で、旅と自然と音楽を最もピュアーに体現している人間に見えます。
 あとはマヌーシュ音楽を十分に楽しんでください。こんな人たちだからできる音楽、ということは(フランス語分からずとも、英語字幕読まずとも)何の説明もいらないでしょう。

 カストール爺の採点:★★★★★

Les Fils du Vent (Un film de Bruno Le Jean)
DVD 96分(+ボーナス)
言語:フランス語(英語字幕)
DVD Frémeaux & Associés  FA4024
フランスでのDVD発売:2013年8月26日

↓"LES FILS DU VENT" 劇場上映時の予告編