2013年9月21日土曜日

オン・ザ・ロード・アゲイン

ドヌーヴの勝手に逃げろ(という邦題を提案したい)』2013年フランス映画
"Elle s'en va"
(日本上映題『ミス・ブルターニュの恋』)

監督:エマニュエル・ベルコ
主演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ネモ・シフマン、ジェラール・ガルースト、カミーユ
フランス公開:2013年9月18日


 っけからこんなこと言ったらナンですが、この人、何歳だと思います? - 1943年生れ。これを書いてる時点で言うと、もうすぐ70歳になられます。言うまでもなくこの方は20世紀フランス映画のイコンです。もとい20世紀映画の大文字と定冠詞つきの一等賞女優そのものであります。モニュメントであります。そのモニュメントに対して、「あんた本当は何歳なんだい?」と若い男が聞くシーンがあります。
 ディープ・フランス、ブルターニュの内陸部の村におそらく一軒しかないファミレス兼バー兼ディスコ兼ゲームセンターに迷い込んだベティー(カトリーヌ・ドヌーヴ)が、土地の風来坊マルコ(ポール・アミ。ワイルドなダメ男風貌+5日髭で、獄中時代のベルトラン・カンタによく似ている)にしこたまアルコールを飲まされて、朝目が醒めたら、ホテルのダブルベッドで男と裸で寝ている、という具合。朝食をトレイに載せて持ってきたマルコに、一体昨夜何があって、どうしてここにいるのかの一部始終を聞いて、そんなバカな、と愕然とするベティー。「あんた本当は何歳なんだい?若かった頃はきれいだったろうなって想像しながらあんたとセックスしてたんだ」なんてことをこの田舎の若造が言ってしまうのですよ!ええい、控え居ろうっ!ここにおわすお方をどなたと心得る! 天下のカトリーヌ・ドヌーヴなるぞ...。....ではないのですが、この映画では若い頃はとびきりきれいだった女で、1969年の「ミス・ブルターニュ」に選出されたということになっています。
 これまで汚れ役やお笑い役がなかったわけではないのに、「美人」「大女優」の看板が邪魔して、何やっても硬質で、理知的で、元・お嬢さん的で、ブルジョワ的で、体感温度低めで、というイメージがあった人です。まあ、それを本人も気にしていたようです。
 カトリーヌ・ドヌーヴは変わった。老いたし、体重も増えた(体型はずいぶん変わった)。しかし、今この大女優がありのままで出てきても、多くの人は、やっぱり幾多の輝かしい過去を背負った大女優の姿を見てしまうでしょうね。
 映画の最初の舞台はブルターニュ地方の漁港の町コンカルノーです。ベティーは母親と二人暮らしで、レストランを経営していますが、このレストランが今や経営破綻状態です。おまけに30年来愛人関係にあった妻ある男エチエンヌ(画面に登場しない)が他の若い女のところに逃げてしまいます。ベティーはその夜、長年やめていたタバコを深々と吸ってしまいます。す〜〜〜〜っ... ふぅぅぅぅぅ〜〜〜〜っ....。なんとおいしそうにタバコを吸う大女優でしょうか。21世紀になってから、フランスではタバコは社会悪のチャンピオンの座にあり、テレビや映画からどんどんシャットアウトされてきました。ところが、この映画はこの瞬間から「タバコへのオード」とでも言うべき、タバコによる恵みと救いがサブ・テーマのように随所に登場します。私は元・スモーカーですから、この救いは実体験としてわかってしまう部分があります。そもそもタバコは南米古代マヤ文明の沈痛薬・悪霊祓い薬として使われていたそうですから、歴史的に長い間これは痛みや悪から救ってくれるものだったはずでしょう。
 倒産の危機&愛人の離反という目の前真っ暗な事態に、ベティーはタバコでいっときの落ち着きを取り戻すのですが、タバコが切れた時点でパニックはまたやってくるのです。つまり長年やめていたタバコに手を出したその時から、ベティーは仮性「モク中」に陥ってしまったのです。レストランの昼の営業中、この女主人は「ちょっと出て来る、すぐに帰ってくる」と言い残して、ベージュ色のメルセデス・ベンツ・ブレーク(90年代ものでしょう)に乗り込み、さまざまな暗澹たる思念に涙しながら、タバコを買いに出かけるのです。こうしてこのロード・ムーヴィーは始まります。
 ところが2013年的今日、タバコを買うというのは大変なことなのです。場所はフランス深部、時は日曜日、開いているタバコ屋などあるはずがない。ベージュのベンツは出発点からどんどん遠ざかっていきます。その道々でベティーはさまざな人(一人暮らしの手巻きタバコの老人、深夜のショッピングセンターのガードマン、バーのテーブルの一角を占拠している気のいいレズのお姉さんたち、そして上に述べた若い風来坊...)と遭遇して、相手の身の上話を聞いたり、自分の身の上のあることないこと(かなりデマカセを言うこともある)を話したりということで、自分が抱えた山ほどの厄介ごとから少しずつ離れていくのです。
 という老女の家出行が軌道に乗り始めた頃に、普段全く音信のなかった娘ミュリエル(カミーユ!怪演!)から携帯電話にメッセージが入ります。夫を失い、女手ひとつで息子シャルリー(ネモ・シフマン。これまた怪演)を育てていますが、ずっと失業中だったミュリエルにやっと就職のチャンスが見つかり、明日面接という時に、息子シャルリーの夏ヴァカンスの世話を見なければならず、困り果てているから(普段には嫌っている)母ベティーにSOSを発信。すなわち、息子を亡夫の父のところでヴァカンスを過ごすために、そこまでベティーに送り届けて欲しい、と。普段にはあり得ないこの娘の願いをベティーは受け入れ、ここから第二のロード・ムーヴィーが始まるのです。
 ベージュ色のベンツはブルターニュからマイエンヌ地方に入って、娘の家でシャルリーをピックアップし、進路を南東に取り、ローヌ・アルプ地方までの長い旅路に出ます。ところが、このシャルリーという少年が、母親(ミュリエル)似の手に負えない120%自己主張の子である上、120%情緒過敏な子なのです。道中はトラブルが絶えませんが、始終ベティーは「いいおばあちゃん」であり続けます。しかし、突然に(ベティーのレストランの経営破綻の結果として)彼女のクレジット・カードが支払い停止となり、支払いが出来ないばかりか、現金引き出しも拒否されて、高速道路上のサービスエリアでベティーは一文無しになってしまいます。金もない、食べるものもない、タバコもない。シャルリーは役立たずとなった祖母に反逆し、車を降りてひとり逃走し、映画は最大の窮地に陥ります。はらはら、ドキドキ。
 美は危機を打開する。上にちらりと書いたように、ベティーは1969年度の「ミス・ブルターニュ」に選出されるほどの美人であった。その往年のミス・フランスを一堂に集めての写真セッション(チャリティーと化粧品メーカー宣伝の目的で旧ミスばかりで写真カレンダーを作る)が、ローヌ・アルプ地方アン(Ain)県(県番号01。フランス人だったら他の県は知らなくても、誰でもこの県は知っているのです)の湖畔の町の豪華ホテルで催されている。ベティーはその招待をずっと断っていたのですが、(金と食べ物のために)急遽その招待を受諾して、シャルリーを連れて豪華ホテルに乗り込むのです。 ミス・ノルマンディー、ミス・ピカルディー、ミス・ラングドック、ミス・アキテーヌ、ミス・プロヴァンス、ミス・イル・ド・フランス.... たくさんの旧ミスたちとの再会。このシーンは大いに笑えます。しかしみんな美しい。その美しさを人工的に保っている人もいれば、内面から保っている人もいれば... ここは教えられるもの多いですね。
 この写真セッションの虚飾に満ちた世界のストロボ・フラッシュの連続の果てに、ベティーは気を失って倒れてしまいます。その収容された病院に、ミュリエルの義理の父、すなわちシャルリーの祖父であるアラン(ジェラール・ガルースト)が現れます。この男は気難しくも不器用で、シャルリーとベティーの自分の領域への出現を全く歓迎していないような対応をします。しかし.... このアランはスモーカーなのです。ベティーとアランのぎくしゃくした最初の出会いは、一本のタバコの共有です〜っと救われるものがあるのです。
 アランはこのアン県の小さな町 の町長で、折しも地方選挙の真っ最中、「この大事な選挙の時に、あんたたちにかまっているヒマはない」みたいなナーヴァスな態度だったのですが、選挙当日、支持者たちを自宅庭園に招いて昼食会、その料理を(現職レストラン経営者である)ベティーが準備します。そこへ、ベティーの失踪を案じてブルターニュからベティーの母親がかけつけます。その上、就職活動で忙しいはずの娘のミュリエルもやってきます。ミュリエルは積年の恨みをぶちまけるように、ベティーへの悪口雑言(曰く、あんたは自分の夫=ミュリエルの父よりも愛人を愛した不貞の妻・母、娘=ミュリエルを愛したことのない冷血な母...)を衆人に聞こえる大声&早口で超ワイルドに長広舌します(このシーン、本当にカミーユのキャラクターにはまりすぎ)。
 田舎の庭園の大昼食会には、(絵に描いたようなフランスのように)アコーディオンがつきものなのです。そして古いシャンソンがあります。おいしいワインがあります。ここでユートピアが出現してしまうのです。ミュリエルとベティーは和解し、その夜、ベティーとアランは恋に落ちます。なんでや、この結末は,,,,

 これは70歳のカトリーヌ・ドヌーヴだから可能だった映画なのです。シナリオの弱さやこじつけはままあるとしても、この最後の幸せに至るまでの極端な紆余曲折を、ベージュのメルセデス・ベンツとタバコの煙を伴わせて、老いてなお(太ってなお)魅力にあふれたカトリーヌ・ドヌーヴ、地についた人生ひきずったカトリーヌ・ドヌーヴ、恋するカトリーヌ・ドヌーヴとして撮ることができたエマニュエル・ベルコという若い女流監督にシャポー。

カストール爺の採点:★★★★☆

 (↓ "Elle s'en va" 予告編)



PS (2015年1月31日)

この映画に関するカトリーヌ・ドヌーヴのコメント「彼女はすべてを投げ出したんじゃない。全然劇的なものなんかない。でも彼女は行ってしまうのよ。それはね、そういう瞬間だということ。人生において、疲労や怒りのあまり、人はそうしたいと思うことがよくあるわよ。もうたくさん、いち抜けた、ってね。でも結局そういうことって絶対しないのよ。私はそれを実行した人って知らないわ。唯一の例外は、タバコを買いに行くって外に出て、そのまま帰らなかったヴェロニク・サンソンね。」(ローラン・カリュ&ヤン・モルヴァン著 "VERONIQUE SANSON - LES ANNEES AMERICAINES" P14)

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