2012年7月5日木曜日

ハイランド・モルトの恵み

『天使の取り分』2011年イギリス映画
"La Part Des Anges (The Angels' Share)" ケン・ローチ監督
主演:ポール・ブラニガン、ジョン・ヘンショー、ジャスミン・リギンス...
2012年カンヌ映画祭審査員賞
フランス公開:2012年6月27日

 舞台はスコットランドの大きな町です。たぶんグラスゴー。ロビー(ポール・ブラニガン)は元不良少年。コカイン吸飲の勢いで,見知らぬ青年を超人的なヴァイオレンスで殴る蹴るを繰り返し,一生残る障害のある体にしてしまいます。この結果ロビーは監獄刑を喰らうことになりますが,軽減されて強制労働奉仕刑になります。その間にロビーは恋人レオニーが妊娠し,父親として真っ当な人間に更正することを自ら誓うのですが,不良時代の古縁の諍いの盛り返しや,ロビーを忌み嫌いレオニーから引き離そうとするレオニーの父親の妨害が絶えず,ロビーは再び「暴力」の側の人間に戻ってしまいそうになります。
 レオニーとロビーの子は無事誕生し,レオニーは新しい生活を求めますが,ロビーには職も住処もありません。レオニーの父親はロビーに金をやるから,この町から消え去りロンドンへ行け,という取引さえ提案します。この親に禁止された愛は「ロメオとジュリエット」ですな。
 金なし,職なし,暴力沙汰に巻き込まれる脅威に常に曝されながら,ロビーはこの町でどうやって「父親」として生きられるのか - という暗〜い幕開きです。暴力もいっぱい出てきます。おお,これはシリアスな社会ドラマだなや,と不安になります。そこに現れるのが「強制労働奉仕刑」の受刑仲間です。いずれも社会不適合者ばかり。盗癖のある女モー,理屈の通らない反抗者アルバート,がさつな乱暴者ライノ,そしてロビーが奇妙な4人組として結束してしまいます。
 それに加えて,崖っぷちのロビーに最も厚い救いの手を差し伸べるのが,受刑者教官のハリー(ジョン・ヘンショー)です。ペンキ塗りやら墓地掃除やらの労働奉仕の監督の他に,この教官は受刑者たちの再就職のための職能啓発にいろんな企業見学もさせるのですが,その中にウィスキー蒸留会社がありました。実はハリーも大のモルト愛好者で,自らの楽しみもあったのですね。ここでロビーの秘められていた驚くべき才能が発掘されてしまいます。この青年はなんと天性のウィスキーテスターなのでした。その才覚を自覚したロビーは独習でウィスキー学を猛勉強します。そしてハリーが連れていくウィスキー試飲会では、プロも顔負けのテイスターぶりを発揮してしまいます。
 その試飲会で知った値のつけようのない至宝中の至宝のモルトの存在。その国際オークションが、ハイランドにある醸造所で開かれるという。盗みの名人モーはその資料を盗み出し、4人の頭脳たるロビーはこの至宝モルトを盗み出す計画を立てます。4人はハイランドの「ウィスキーおたく」を装うために、キルトを腰に巻き(これが最高に可笑しい)、ヒッチハイクで醸造所に乗り込んで行きます。(古式に則って,キルトの下には何もつけないもんだから,アルバートはひどいマタズレ状態になってしまうのですが,婦女子の皆さんにはこの苦しみわかるまいに)。
 ここが社会派ケン・ローチの腕の見せ所です。スコットランドの明日のないどん底の前科者たち4人の前に見えてくるのは、金に糸目をつけない世界中のウィスキー・コレクターたちです。貧しい者はますます貧しくなり、金持ちはますます金持ちになっていく、21世紀的二極化世界です。このハッピー・フューたちは,アメリカや日本からやってきて,または電話やインターネット入札という手段で,この世にも稀な至宝モルトの樽を競り落とそうとしまう。激しい競り合いで桁はついに百万ポンドを越してしまいます。この熱い競り合いのエキサイトした場の空気のおかげで,ロビーが倉の中に忍び込んだことなど,誰も気にも止めないのです。
 ロビーと仲間はその夜,ボトル4本分の至宝モルトを盗み出すことに成功するのですが...。

 アルコール醸造の世界で言われる「天使の取り分」とは,樽の中で熟成していく年月のうちに蒸発してしまうアルコール分のことで,熟成開始の量から蒸発して減ってしまった分は,天使たちが頂戴しているのだ,という詩的に美しい表現です。この映画は値のつけようもないほどの超高価で超レアな液体を盗む,という行為を犯罪と断定してこの若者たちを地獄に戻すことはしません。むしろ,自然に蒸発して消えるべき「天使の取り分」を,偶然分ち合うことができた若者たちだ,というバッカスの神のお情けに包まれた恩寵の映画です。
 ここからロビーは醸造会社のテイスターという定職につき,パパとして新しい人生を歩み出し,ほかの3人もやや多めの金(全然ン百万という単位の額ではなくその百分の一)を手にしたおかげでそれぞれ前に進み出せるのです。こういう過酷で殺伐とした21世紀的貧困の中で,彼らは一生の友と,前に進む機会を得たのです。その仲介となったのが.... アルコールです。ハイランド・モルトの豊穣なる恵みです。アルコールは健康を害するですと?  -  そういう了見の人はこの映画観て,考えを改めてください。

(↓『天使の取り分』予告編)

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