2012年5月20日日曜日

追放人たちの歌

Sam Karpienia - Ulas Ozdemir - Bijan Chemirani "Forabandit"
サム・カルピエニア - ウラシュ・ヨズデミール - ビージャン・シェミラニ 『フォラバンディ』

 "forabandi"(フォラバンディ)とはオック語で「追放された」「村八分にされた」という意味の形容詞。サム・カルピエニアはこれの語尾に"t"を加えて、"bandit"(盗賊、悪漢)の意味を持たせようとしました。つまり"forabandit" は「追放された悪党」という意味の新造語です。悪党は3人。黒沢明の『隠し砦の三悪人』みたいですね。 メンツはサム・カルピエニア(オクシタニア。マンドーラ/ヴォーカル)、ウラシュ・ヨズデミール(トルコ。サズ/ヴォーカル)、ビージャン・シェミラニ(イラン。ザルブ/パーカッション)。
 古今東西において詩人は真実や自由や愛を謳うゆえに為政者/首長/権力から厭われ、追放の憂き目に遇うことがままありました。オクシタニアにおいてはトゥルバドゥールたちが、ローマ・カトリック法王庁によって異端とされたカタリ派にシンクロした「女性崇拝」や「二元論」を歌にしていたために、アルビジョワ十字軍によるカタリ派討伐の時に多くの詩人たちが殺されたり、追放されたりしました。トルコ、アナトリアの吟遊詩人アシュクはコーランの神髄を歌うとされ敬われたものの、アナトリアの土俗的で神秘主義的なアレヴィー派の思想を伝承しているため、オスマン朝時代から弾圧・迫害される歴史が今日まで続いています。
 この二つの詩文化は弾圧にもめげず、民衆の中で連綿と伝えられてきました。共通するのは愛や自由や日常の機微を歌うことで、このマイノリティー音楽は生命の源のように人々に尊ばれているのです。
 2009年、サム・カルピエニアとウラシュ・ヨズデミールとビージャン・シェミラニの3人は初めて顔を合わせ、何度かのコンサートとワークショップを経て、2011年にトリオ「フォラバンディ」はオフィシャルに発足しました。
 ここで3人の簡単なプロフィールを。
 サム・カルピエニアはポーランドの血をひくマルセイユっ子。アンダルシアのカンテ・ホンドやパキスタンのカッワーリーなど様々な歌唱法に影響された独自のパワー・ヴォーカルを身につけ、マルセイユのオクシタニア音楽シーンで、カンジャーロック、ガシャ・エンペガ、デュパンなどのバンドを経て、2009年にソロアルバム『エクスタティック・マランコーニ』を発表しています。アルジェリアのシャアビを象徴する楽器マンドーラを独習でマスターしています。
 ウラシュ・ヨズデミールはトルコの音楽家で民族音楽学者。アナトリア吟遊詩人アシュクの伝統を今日に伝える若いアーチストで、サズ(彼の呼び方ではバグラマ)のヴィルツオーゾ。
 パリ生まれのビージャン・シェミラニは、イランの打楽器マスターのジャムシッド・シェミラニの次男で、兄にケイヴァン・シェミラニと父の3人の打楽器アンサンブル「トリオ・シェミラニ」として1988年にデビューしています。シェミラニ家とは別に、アイルランド人ロス・ダリー、ギリシャ人ステリオス・ペトラキスなどとも共演して、多分化混合音楽への足がかりを作り、マルセイユに移住してからは、イラン+ギリシャ+フランス+オクシタニア混合セクステット「オネイラ」のリーダーとして新しい地中海音楽をクリエートしています。

 フォラバンディの中心軸は、両者とも12〜13世紀頃から今日まで続いているマイノリティー詩音楽であるオクシタニアのトゥルバドゥールとアナトリアのアシュクの出会いとダイアローグ、ということになります。 サムとウラシュの二つの声と二つの撥弦楽器(マンドーラとパグラマ)、そしてビージャンのザルブその他のパーカッション、このアコースティック・アンサンブルが「パワー・トラッド・フォーク」とでも名付けたくなるパワフルな民衆音楽を展開します。詩はオクシタニアもアナトリアも古典から現代まで混じり合っています。ではブックレットにある各曲の解説を見てみましょう。

1) ネイディク・ビズ (Neydik Biz)
   作曲+トルコ語詞 :エメクシ(1955)
   オック語詞 : クロヴィス・ユーグ(1881-1907)
 1871年パリ・コミューンに続いて蜂起したマルセイユ・コミューンの革命戦士/詩人のクロヴィス・ユーグがコミューンの最中に書いた詩句 ー それと呼応して20世紀トルコで起こった同様の闘争を綴ったエメクシ・アシュクのテクスト。


2)パウル (Paur)
 オック語詞 : サム・カルピエニア 
 トルコ語詞 : アシュク・デルトリ(1772-1845)
   ザザキ語 (クルド語方言)詞 : セイ・カジ (1860-1936)
 この歌は「知に照らし出された者はなにものも恐れない」と歌っている。トルコ語とザザキ語の詩句は盗賊("eskiya" = bandit)のことをほのめかしている。この歌は2011年5月31日、トルコ北部のホパでの反政府デモで警官隊の暴行によって死亡した メティン・ロクムチュに捧げられている。この国の首相は彼のことを盗賊("eskiya")と告発したのだった。

3)ヴェジオナリ (Vesionari)
 トルコ語詞 :カイグスーズ・アブダル(14世紀)
 オック語詞 :サム・カルピエニア
 作曲:ウラシュ・ヨズデミール
 この風刺歌は「アティスマ」(論戦歌)の形式をとっている。オック語歌詞は、フェルナンド・ペソア (ポルトガルの詩人。1888-1935)による神秘主義を批判する詩をもとに書き直しをしたものである。トルコ語歌詞は大衆的で反慣習主義的詩人であったカイグスーズ・アブダルによるもので、宗教的な内容を含んだ暗号的メッセージを伝えるために動物の喩えを使っている。

4) アモール・デ・ルエン (Amor de Luenh)
 オック語詞 :ジョーフレ・ルデル(12世紀)
 作曲者不詳(ポルトガル)
 12世紀のトゥルバドゥール、ジョーフレ・ルデル作のこの歌は、不可能であり望みのない献身的恋愛を賛美している。この詩は手の届かない東方の王女に捧げられていて、詩人は狂おしい恋に落ちている。

5)  マデム・ディルベール (Madem Dilber)
 トルコ語詞:カラカオグラン(17世紀)
 作曲者不詳(アナトリア)
 カラカオグランはアナトリアで最も美しい恋愛詩を書いた。この歌は愛する女性への彼の不満を表現している。

6) レイラム・メヴラム (Leylam Mevlam)
 トルコ語詞:アシュク・メルリ(1892-1989)
 オック語詞:ジョルジ・レブール(1901-1993)
作曲者不詳(オクシタニア/アナトリア)
かたやアナトリア20世紀詩人アシュク・メルリは、その時代について神秘的かつ政治的な言葉で語り、よりよい生活への欲求を表現する。こなたメルリの同時代人でオック語詩の擁護者であったマルセイユ人ジョルジ・レブールは、彼が生きた人生に全く悔いはないと断言している。

7)レピクタフィ・ド・シモン・ド・モンフォール(シモン・ド・モンフォールの墓碑)(L'Epictafi de Simon de Monfort)
オック語詞:『カンソン・デ・ラ・クロザーダ(十字軍の歌)』 より(13世紀)
作曲者不詳(オクシタニア)
この歌は殺人者たちを賛美する歴史の役割に疑問を投げかけている。カタリ派信者大虐殺の責任者であるフランス王軍指揮者シモン・ド・モンフォールは、フランスの公式の歴史上で栄誉を讃えられている。

8) ドーネン・ドンスン (Donen Donsun)
トルコ語詞:ピル・スルタン・アブダル(16世紀)
 オック語詞 :サム・カルピエニア
 作曲: ウラシュ・ヨズデミール
アレヴィー派詩の熱情的語り手であったピル・スルタン・アブダルは、その信念のために命を捨ててもいいと宣言していた。その言葉に応えてオック語詞は、「フォラバンディ」の血で書かれた歴史は、ピル・スルタン・アブダルと同じように決して妥協することなく、その信念のために命をかけているのだ、と歌う。

9) カンシオン (Cancion)
オック語詞:クララ・ダンドゥーズ(13世紀)
トルコ語詞:グズィデ・アナ(18世紀)
作曲:ウラシュ・ヨズデミール、サム・カルピエニア
 トロバイリッツ(女流トゥルバドゥール)のクララ・ダンドゥーズと、女流アシュクのグズィデ・アナ。いずれも抑制することのできない恋の物語を女性の観点で歌っている。オック語のパートは、14世紀のセファラード(中世イベリア半島のユダヤ人)のメロディーにインスパイアされている。

10) エンガビオラ (Engabiolat)
 オック語詞:サム・カルピエニア
 トルコ語詞 :アシュク・セイラニ(1807-1866)
 作曲:サム・カルピエニア、 ウラシュ・ヨズデミール
 オック語歌詞は肉体的でもあり精神的でもある「閉じこもり」について歌っている。アシュク・セイラニによるトルコ語歌詞は 、この世界は牢獄ではないか、という問題を投げかけている。

11) デン・ロ・モンデ (Dins lo Monde) 
 オック語詞:サム・カルピエニア
 作曲:サム・カルピエニア、ウラシュ・ヨズデミール、ビージャン・シェミラニ
 この即興演奏の曲は、不可能な愛と孤独の危険について問いかけている。  

全11曲。マイノリティー西欧とマイノリティー東方の古今の詩による対話と、3人のヴィルツオーゾによるモザイク的なハーモニー。時代も空間も飛び越えて和合する知と技の音楽です。

Sam Karpienia - Ulas Ozdemir - Bijan Chemirani "Forabandit"
CD  Buda Musique 860223
フランスでのリリース:2012年6月8日


(↓2012年3月30日、マルセイユ「バベル・メド」フェスティヴァルでのライヴ)

Découvrez Mondomix.com, le magazine des Musiques et Cultures dans le Monde




 

0 件のコメント: