2012年5月9日水曜日

山から小僧が降りてきた



『高みの子供』2012年フランス・スイス合作映画
"L'ENFANT D'EN HAUT"  監督ユルシュラ・メイエール、主演:レア・セイドゥー、カセー・モッテ・クラン
2012年ベルリン映画祭「銀熊」審査員特別賞
フランス公開:2012年4月18日

 題名の中の"d'en haut"は「高所にある」「上位にある」といった意味ですが、この表現は2002年にジャック・シラク大統領2期目の首相となったジャン=ピエール・ラファランが就任時に自分が庶民派であるということを強調するために"France d'en-bas"(低い所にあるフランス)出身であると言った名ゼリフと関係しています。上流にあり、裕福に都で生きるのが France d'en-hautの人々で、底辺にあって地方に生きるのが France d'en-bas の人々、という論法です。ですからこの"L'enfant d'en haut"は、上流階級のボンボンの子供と読まれることも可能なのですが、この映画の少年は極貧の状態にあり、盗みを働かなければ生きていけない子供なのです。住んでいるのは山の麓の低地の破産産業地帯の何もない環境の中にぽつんと立つ高層の社会集合住宅で、そこから少年は作業者専用ケーブルカーに密航して、山の高地(en haut)にある高級スキー場に潜入し、盗みを働くのです。最初にこの映画タイトルの皮肉を説明しておきました。
 女流ユルシュラ・メイエール監督の2008年の前作『Home(ホーム)』 は、長い間工事が中断されていて放棄状態にあった高速道路の脇に家を持った家族が、まさかの工事再開で高速道路が開通してしまった後の不幸の数々を描く(笑いも随所にある)不条理映画でした。この映画の中で主演イザベル・ユッペールの息子役で出ていたのが、カセー・モッテ・クランで、私たちには2009年のジョアン・スファール監督映画『ゲンズブール・その英雄的生涯』で耳と鼻の大きなやせっぽちの少年ゲンズブールを演じた子役として強烈な印象を残しました。
 さて前作『ホーム』では不条理悲劇を笑いが救っていたのですが、この『高みの子供』は笑いが一切ないのです。私の行った映画館は満員でしたが笑い声は一度も聞こえませんでした。12歳の少年シモン(カセー・モッテ・クラン)は姉(ということになっている)ルイーズ(レア・セイドゥー)と山の麓の高層社会住宅に二人住まい。職のないルイーズはその美貌でもってなんとか定職のある男をつかまえて、安定した生活に入ろうと試みますが、だいたいは失敗します。時には娼婦まがいのことまでしているようですが、通常は収入ゼロで生きています。この喰えない生活を支えているのがシモンの泥棒業です。スキーシーズンが到来するや、シモンは毎朝麓から山の頂上のスキー場まで登っていき、高級ブランドのスキー、スキーウェア、ゴーグル、サングラスなどを盗みまくり、それを盗品ルートに転売したり、近所の子供たちに安く分けてやったりして現金収入を得ています。これで二人はメシを喰い、盗品の高級スキーウェアのジャケットがルイーズの外出着になり、ルイーズはシモンから分けてもらう現金で街に出かけ、この状況から救い出してくれるかもしれない男を探すのです。
 この少年はあらゆるリスクを冒して「姉」に貢いでいる、 この異様さが映画が進むにつれてどんどん強調されます。少年はルイーズの連れてくる男に嫉妬し、部屋でひとりでルイーズの帰りを待つ少年はまるで恋人を待ちこがれるように悲しい顔をするのです。そして生活能力ゼロの女ルイーズは、貢いでもらっているにも関わらず「弟」シモンにいつも高圧的なのです。何かがおかしい。
 この異常さの答えは1時間37分あるこの映画の3分の2,すなわち1時間めぐらいで解き明かされます。この映画を紹介/批評する各誌の記事は,そのことを明かすのを控えています。映画の核心だからです。ですから,私もここでそれを書くべきではないのです。
 スキー場というのはこの角度から見ると奇妙な世界です。無造作に高価なスキー板がたくさん山頂のレストランやカフェの前に立てられていて,盗んでくださいと言わんばかりの無防備さです。そしてヘルメット,ゴーグル,カグールなどで顔を隠していても,誰にも怪しまれないのです。みんな同じように顔を隠しているのですから。21世紀になって,スキー場とは誰でも行けるところではなくなりました。少なくともフランスおよびヨーロッパでは限られた金持ちしか行けないところになってしまいました。このハイソサエティの中で盗みを働くのは,ある種アルセーヌ・リュパン的行為です。少年シモンは「上( en haut)」の世界で,身を隠さずにその一員と化して,その風景の一部となって盗みを働くのです。この時,シモンはまさに「上の世界の子供 (Enfant d'en haut)」なのです。
 しかし「下界(en bas)」に戻ってくると,貧困,ルイーズとの複雑な関係,そして何よりも「生き抜く」という現実問題と直面しなければなりません。それを象徴するように,上界の白銀のパウダースノーが,下界では泥と湿り雪の混じったぬかるみであることをカメラは執拗に映し出します。二つの触れ合えない世界は,垂直方向の高度差で分断されています。少年はケーブルカーに密航してこの境界を越えて,上昇と下降によって二つの世界を生きることができるのです。
 少年はケーブルカーの他にもうひとつこの二つの世界をつなぐ術を知っています。それは「英語」なのです。学校など行くわけのないこの少年が,英語だけは片言でも話そうという努力をします。この少年が片言英語を話すというだけで,ハイソサエティーの英語族はこの少年に心を開いてしまうのです。
 そうやって近づいていった英語族のひとりに,イギリス人の大ブルジョワ女性(ギリアン・アンダーソン)がいます。3人の子供を連れてスキーに来ているこの女性に「僕の名前はあなたの子と同じジュリアンなんですよ」 とウソをついて接近します。呼吸するようにウソをつけるこの少年が,この英ブルジョワ家族に寄っていったのは,盗みのためではありません。家族の中で母から可愛がられた記憶などない少年の,止むに止まれぬ家族感覚渇望からの行為であった,ということも,上に仄めかした「映画の核心」がわかることによって一挙に了解されます。
 映画が進行するにつれて,シモンの盗みは失敗が多くなり,少年は上の世界で傷だらけになっていきます。そして下界ではルイーズが傷だらけになっているのです。
 この映画で多くのプレスがルイーズを演じたレア・セイドゥーを絶讃しました。フランス映画をよく知る人たちにはこの「セイドゥー」という名前はなじみ深いものです。1985年パリ生れのこの若い女優は,映画会社パテの社長でプロデューサーのジェローム・セイドゥーの孫にあたり,また大手配給会社ゴーモンの社長ニコラ・セイドゥーの又姪でもあります。映画名門の出であるゆえに,女優デビューしてからはクエンティン・タランティーノ,ウッディ・アレン,リドリー・スコットなどの大物映画に飾り物のように出演しておりましたが,この『高みの子供』が初の主演映画にして,初の汚れ役なのです。まさに体当たりの演技でこの傷だらけの女性ルイーズを体現しています。
 ルイーズはシモンを罵る時に "boulet(ブーレ)"という言葉を使います。これは大砲の砲丸がもともとの意味で,転じて囚人の足枷に鎖で繋いだ鉄の球となり,さらに転じて足手まとい,やっかいもの,という意味になります。「おまえはあたしの鉄球でしかない」,「おまえがいるおかげであたしは絶対に自由になれない」と少年を呪っているのです。少年から養ってもらいながら,このもの言いはないのではないか,と思われましょう。ルイーズとシモンの悲しみの深さは,例の「核心」の問題なのです。
 映画終盤はスキーシーズンが終わり,頂上のレストランも店のすべて閉まってしまい,上で働いていた季節労働者たちが下山するところに少年が現われ,年齢を15歳と偽って,一緒に連れて行って働かせてくれ,と嘆願しますが,けんもほろろに断られます。そして少年を無視して,ケーブルカーでみんな降りてしまい,やがてケーブルカーも止まってしまい,少年はひとり頂上に取り残されるのです。"En haut"はここで地獄になってしまうのです。風の吹く高山の頂上で一夜を過ごし,少年はさめざめと泣きます。足で降りること数時間,やっとのこと少年がかつて密航していた麓の町とつながる作業者専用ケーブルカーの上の駅を見つけます。ゴンドラに乗り込み,麓に向かって下降していきます。 その途中,麓から上がってくるゴンドラとすれ違います。少年は目を疑うような表情をします。上昇してくるゴンドラにはルイーズが乗っているのです(!)。エンドマーク。

 ここまで書いて,読み直してみました。やっぱり,これだとよくわかりませんよね。掟破りをしてしまいますが,例の「核心」とは,ルイーズとシモンが母と息子だ,ということなのです。ごめんなさい。

(↓『高みの子供』 予告編)


PS:5月10日。
ユルシュラ・メイエール監督映画『ホーム』(2008年)がYoutube上で全編がアップされていました。字幕はありませんので、フランス語わかる人だけにおすすめします。家族は何があっても家族、という極端な映画です。このテーマは『高みの子供』にも共通するものです。Youtubeから削除される可能性もありますから、お早めにご覧ください。
 PS : 5月14日。
Youtubeからの画面取り込みができないようなので、リンクを紹介します。

http://www.youtube.com/watch?v=Zq7kjC8UNVo 

PS ; 2014年11月。
↑『ホーム』のYouTube 削除されていたので、同映画ラストシーンを張っておきましょう。



3 件のコメント:

kay さんのコメント...

カストールさま、

こんにちは。

先日は、『フクシマ』の概要を教えてくださって
ありがとうございました(ますます、読みたくなりました^ ^)。

『高みの子供』の核心については、途中から「おそらくそうだろうな~」と予想がつきました。
ですが、最後に教えてもらわなければ、
知りたくて知りたくてたまらなかったと思うので
書いてくださってよかったです。

『HOME』は、トレイラーを観て「面白そう!」と思っていたので
カストールさまがアップしてくれたYouTubeを早速観ようと思ったら
すでに削除されていました……(ノ_・。)

いつも興味深い映画情報をありがとうございます!

Pere Castor さんのコメント...

Kayさん、ご指摘ありがとうございました。youtubeにはまだ全編『ホーム』残っているんですが、ブログ上への画面取り込みができないようなので、リンクに変えて紹介し直しました。今度は見れますでしょうか?

おととい昨日と家族でブルターニュ(サン・マロ)で過ごしました。FB上では写真たくさん公開しているのですが、ブルターニュではありえないような(笑)快晴続きで、早々と日焼けしてしまいました。FBのurlは(↓)です。
http://www.facebook.com/samboualam.caillecagee

kay さんのコメント...

カストールさま、

ご親切にありがとうございます!

リンクから開いてみたのですが
どうやら日本ではrumblefish?とUMGの関係者がまめにYouTubeをチェックしているようで
観られないようにブロックされているようです。残念(>_<)

ブルターニュ地方は1回しか行ったことがないですが
港町の風情や中世の街並みなどが印象に残っているのと
どしゃぶりの雨に見舞われた記憶があります(笑)
お天気に恵まれて楽しいバカンスを過ごされたようで良かったです!
(お二人の笑顔がとっても素敵^ ^)