2011年12月26日月曜日

ロンドンは向こう側,ここはル・アーヴル

『ル・アーヴル』(LE HAVRE) 2011年フィンランド/ドイツ/フランス合作映画 アキ・カウリスマキ監督作品
主演:アンドレ・ウィルム,カティ・オウティネン,ジャン=ピエール・ダルーサン,ブロンダン・ミゲル
2011年カンヌ映画祭正式出品作(コンペティション)
フランス公開:2011年12月21日

 ル・アーヴルはノルマンディー地方にある欧州でも上位にある水揚げを誇る港町です。この町を舞台にした映画として当ブログでは2008年のお笑い大衆映画の『ディスコ』を紹介していますが,アキ・カウリスマキのこの映画は言うまでもなくお笑いではありまっせん。
 作家としての道を歩むことのできなかった老人マルセル・マルクス(アンドレ・ウィルム)は,港町ル・アーヴルの路上の靴磨きに身をやつしながらも,その安らかで清貧の生活を外国人妻アリエッティー(カティ・オウティネン),そして犬のライカと分かち合っています。しかし平静を装っていたアリエッティーには長い間マルセルに隠していた病気があり,ある日腹部に激痛を覚え倒れてしまいます。担ぎ込まれた病院で,医師ベッケル(なんとピエール・エテックスだ!)から不治の病いを宣告されますが,アリエッティーはそれをマルセルに隠し,精神力による闘病生活を始めるのです。
 港町ル・アーヴルに陸揚げされ,次の目的地への移動を待って積まれている無数のコンテナーのひとつの中に,密航者たちが潜んでいます。 そのアフリカから来たコンテナーの闇の中には数十人のアフリカ人密航者たちが極限の健康状態で息をひそめていますが,フランス警察はそれを見つけ,移民収容センターに連行します。しかしスキありと見るや,ひとりの少年が警察の網の目から抜けて逃走します。
 老靴磨きマルセルは昼食のサンドイッチを食べようと港の岸壁に腰掛けますが,海から声が聞こえます。腰まで水に浸かりながら港の運河づたいに逃げ道を探している少年が老人に尋ねます:
- ここはロンドンですか?
- ロンドンはこの海の反対側だ,ここはル・アーヴル。
 こうして老人と少年イドリサ(ブロンダン・ミゲル)は出会います。21世紀的今日のフランスに生きる人ならば,このアフリカの子がなぜ逃げているのかというのは説明を全く要さずに理解出来るでしょう。不法滞在者,密航者,サン・パピエ... 港町/海峡の町にはこういう通過者がゴマンといて,越境のチャンスを窺っています。映画は老人がアフリカ少年をかくまった時点で,一転して「レジスタンス映画」のような展開になります。マルセルの古くからの隣人仲間であるパン屋のおかみさん,バーの女主人,靴磨き仲間の中国人(と言いながら実はヴェトナム人。つまり偽証の身分証を持っている),アラブよろず屋の旦那,犬のライカ,これらが連帯しあってイドリサを保護します。それを追って迫るのは黒の帽子/黒のトレンチコートの警視モネ(ジャン=ピエール・ダルーサン)。このゲシュタポのような追求を手助けする「コラボ」のように陰険な密告者役で,なんとジャン=ピエール・レオー(!)が出ています。
 なぜイドリサはロンドンに行こうとしているのか? それはそこに母がいるからなのです。イドリサは文字通り母をたずねて三千里の旅をしているのです。
マルセルは漁船主の友人にイギリス渡航の手だてをつけさせますが,英仏海峡上で身柄をイギリス側の手配師に渡すという方法に三千ユーロの報酬が要求されます。こんな大金マルセルに出せるわけがない。バーの女主人とパン屋のおかみさんは「きれいな方法でお金集められるわよ,チャリティー・コンサートをすればいいのよ」と提案します。偽中国人チャンも「そうともリトル・ボブがやってくれるさ」と大賛成。
 お立ち会い,リトル・ボブ とは実在のアーチストで1970年代からル・アーヴルで「パブ・ロック」をやっているフランスでも有数の硬派のロックンローラーで,ル・アーヴルの名物男です。しかしリトル・ボブは恋人と破局したばかりで,悲しみに沈んでいます。「俺は彼女がいなければ歌えないんだ!」とリトル・ボブはバーのカウンターで焼け酒を飲んでいます。マルセルはリトル・ボブに彼女が帰ってきたら,イドリサのために歌ってくれるか,と頼みます。リトル・ボブが「ああ,ああ,何だってするよ」という返事をしたところで,振り返るとバーの戸口から恋人が登場します。ー ここのシーン,まるで60年代日活映画を見ているような美しさです。
 パワーを得たロックン・ローラー,リトル・ボブのカムバック・コンサートは大成功し,金は用意でき,あとはイドリサを船に乗せて出航させるのみ。ところが,イドリサが船倉に身を隠したところで,警察隊のサイレンが鳴り,警視モネが乗り込んできます....。

 この映画で奇跡は2度。イドリサの渡航成功と,妻アリエッティーの完治。これは映画を見る者がマルセルを真ん中にしたユートピアが出来上がっていくのを体験するファンタジーのような作品です。シンプルな人々のレジスタンスが成就するストーリーです。
 ル・アーヴルは第二次大戦末期にかのノルマンディー作戦で壊滅的な打撃を受け,戦後オーギュスト・ペレの設計で直線的で幾何学的な建築の町として復興し,2005年にはユネスコ世界文化遺産に登録されました。この特徴的な町並みのために,ある種1940年代/50年代から時間が止まってしまった町のようにも見えます。アキ・カウリスマキはこれをまんまと利用して,おおむねレトロ(40年代/50年代) な雰囲気を醸し出す画面作りをしていますが,見ている者は,これが一体いつの時代のものなのか,時々タイムスリップさせられてしまいます。車だけをとりあげても,警視モネの車はルノー16(70年代),タクシーは50年代のプジョー,アリエッティーを病院に運ぶパン屋のおかみさんのバンには80年のヴィニェット(車税証)が貼ってあり,しかし警察機動隊の装備や車は21世紀のものなのです。登場する電話はダイヤル式ですし,誰も携帯電話など持っていないのです。もちろん不法滞在移民狩りは21世紀的現実です。しかしマルセルとその友人たちは,いろいろな時代を生きてきた「しわの数の多さ」を思わせる衣服/身なり/顔立ちなのです。この映画のマジックは,そういう時間/時代を超越した場面展開で形成される,いろいろな障壁を超越してしまった人間同士の連帯が,単純な人たちの単純なダイアローグでできてしまうということだ,と見ました。北欧エレキのような音楽も渋い。この暖かみはとても不思議です。

(↓『ル・アーヴル』予告編)



(↓『ル・アーヴル』の中のリトル・ボブのコンサート)

2011年12月24日土曜日

(Desperately...) ニコラ帝を探して

  
 12月21日、テレビARTEで放映されたウィリアム・カレル監督のドキュメンタリー映画『ルッキング・フォー・ニコラ・サルコジ』は、パリ駐在の外国プレスのジャーナリスト18人の証言で構成されたニコラ・サルコジのポートレイトです。
 国内の報道機関(ラジオ、テレビ、新聞、雑誌)の大手は2007年以来、サルコジとその近い友人たちがコントロールしていることは、当ブログのあちこちで書いています。エリゼ宮のチェック(検閲と言っていいでしょう)の手は国内プレスの隅々にまで及びます。ところが、その手は外国プレスにまでなかなか届かない。届いたところで、その口を封じるわけにはいかない。ということで、エリゼ宮は外国のプレスを嫌います。具体的には、大統領の内遊外遊の取材に外国プレスの同行を拒否したり、記者会見の記者席の席順で外国プレスを末席に置いたり、質問順に差をつけたりということです。外国プレスは一様にエリゼ宮のやり方に対して不満を抱いています。取材が思い通りにできないので、国内プレスを参照することになりますが、国内プレスが言わないことが(あるいは自粛していることが)たくさんあることを知っています。
 2007年5月に登場した新大統領に、18人の外国プレス記者の多くは、これが本当に自分なのかどうか半信半疑ではしゃぎ回っているやんちゃ坊主の姿を見ます。歴代大統領には見たこともない、ひとつところに留まることを知らない、あらゆるところに飛んで行き、あらゆる分野に言及し、あらゆる問題を解決しようとする過剰にエネルギッシュな大統領です。落ち着きがない。常に動き回っている。すべてをひとりで決める。首相と内閣は人形で,大臣の仕事を大臣にさせずに自分でやってしまう。何かあると大臣よりも先に現地に飛んでしまう。災害,惨事,事件....その現場に行き,生々しい(感情むき出しの)大統領声明を出してしまう。「二度とこの悲劇を繰り返してはならない」とその場で大統領が法を提案してしまう。自分の顔を誰よりも先に出さないと気がすまない。
 ベルギーの新聞ル・ソワールの記者は,当選時に早くも「フランスの大統領」ではなく「世界の大統領」としてのリーダーシップを振るおうとするサルコジの気分の高揚を見ます。「正義」と「民主主義」と「人権」を盾に,世界に対してものを言い,その権力を行使しようとする大統領です。
 ロシアのテレビNTVの記者は,当選前にはロシアがサルコジの親米姿勢を非常に警戒していて,当選後の露仏関係の悪化を懸念していたのですが,当選の夜コンコルド広場でミレイユ・マチューが歌うのを見て,(おおいに皮肉をこめて)「ソヴィエト時代から続いている露仏友好のシンボル的な大歌手ミレイユ・マチューがサルコジの隣で歌うのを見たら,今後の露仏関係も心配ないな,と思った」とコメントしています。
 プーチン,ブッシュ,フー・チンタオ,ブレアといった大役者たちの前に現われたこの新人スターは,大物としての自分の場所を早く確保したくて,国際舞台で目立とうとします。2007年7月,セネガルの首都ダカールでの演説でサルコジは「アフリカの悲劇,それはアフリカ人が人類史に十分に参入していないことである」と言います。サルコジはアフリカでアフリカ人を侮辱したのです。アフリカ・アンテルナショナルの記者はこの時点でサルコジは全アフリカを敵に回した,と断言します。「サルコジはアフリカを有益なものと考えずに,有害なものと決めつけた」と。
 そして私生活をあからさまにして,ゴシップ誌を賑わすことを政治利用するのです。セシリアとの別離,その一ヶ月後のカルラ・ブルーニとの恋仲,これをサルコジは「私は大統領であると同時に,ひとりの人間である」と言い訳します。J-F・ケネディになぞらえるのをむしろ自慢するように。ロシアNTVの記者は,プレス報道全体がサルコジの私生活の証人になってしまったことを「グロテスクでさえある」と評します。サルコジの失恋の悲劇と新しい恋人の出現はフランスの内憂外患よりも優先権のある報道材料になってしまったのですから。
 2008年1月,エリゼ宮の記者会見でサルコジはこう言います。"Carla et moi, c'est du sérieux." カルラと私は真剣な関係である。その場の記者全員およびその映像を見た全視聴者が,二人の婚約発表の立会人にされてしまったのです。これに先立つ(プライヴェートと言いながら報道陣連れの)二人のエジプト旅行の映像が映されます。カルラ・ブルーニの息子オーレリアン(ラファエル・エントヴェンとの子供)を肩車するサルコジと手をつないで歩くカルラ・ブルーニ。しかしサルコジの肩の上のオーレリアンは終始両目を手で覆い隠しています。これにイタリアのパノラマ誌の記者アルベルト・トスカーノはショックを受け,この二人はメディアを操作する術のすべてを知っている,と思うのです。
 米ニューヨーク・タイムズ,英エコノミスト誌,独ZDF,英BBC,スイスRTSR,英タイムズ,英インディペンデント紙,スペイン・エル・パイス紙,独シュピーゲル誌... ここに登場するジャーナリストたちは,一様にサルコジに対して手厳しい批評をします。それは「帝政」の出現を見てしまったからなのです。帝ひとりがすべてを決める国,帝の気分が国を動かしてしまう国,これはスペイン,イギリス,ベルギーといった君主のいる国のジャーナリストでも全く理解できないことなのです。
 帝であれば何でもできる,という最も端的な例が,当時23歳の大学生の息子,ジャン・サルコジをEPAD(ラ・デファンス地区開発公団)の総裁に推したことです。フランスの巨大企業の本社ビルが林立し,世界で最も重要なビジネス拠点のひとつであるラ・デファンスを開発管理する公の機関のトップに,法科の劣等生学生をあてがおうとしたのです。これには中国のCCTVのジャーナリストも「中国の本社から冗談ではないのか,という質問を受けた」 と笑います。
 経済危機の時代となり,親英/親米から大転換してドイツとの協調によるヨーロッパ主導に乗り換えたサルコジは,アンゲラ・メルケルと親密なカップル関係を築くようになります。対照的に異なる性格の二人の政治家が,少しずつ歩み寄ります。独シュピーゲルの記者がこういうエピソードを言います:「アンゲラ・メルケルの夫が,彼女にサルコジという人間はどういう性格なのか,ということを分かりやすく説明するためにクリスマスにフランス映画のDVDをプレゼントした。それはルイ・ド・フュネスの映画だった」。別証言でニューヨーク・タイムズの記者が「サルコジがいない時にメルケルがその物真似をしたんだ。これはルイ・ド・フュネスよ,と断ってね」。
 メルケルはタッチされたり接吻されたり抱擁されることが大嫌いなのだそうです。特にサルコジからそうされることが。(ニューヨーク・タイムズ記者の証言)
2010年7月のグルノーブルでの演説は,このドキュメンタリーに登場するジャーナリストたちの最も批難が集中するものでした。グルノーブル郊外で起きたカジノ強盗事件で,強盗犯のひとりが警官によって射殺されたことから,何夜にもおよぶ暴徒対機動隊の戦闘となったこと,次いでその2日後,ロワール・エ・シェール県サン・テニャンでロマの共同体に属する人間が,警官の検問を実力突破したという理由で警官に射殺され,その共同体の一団が報復で憲兵署などの公的機関の建物を襲撃し,その車を焼き払うという暴動事件があったこと,この二つの事件に猛烈に怒ったサルコジが,言わばあらゆる暴徒(そして不法滞在外国人)への宣戦布告のような激烈な演説をグルノーブルで行います。監視カメラの増設,公安従事公務員への暴力や殺人を冒した者への特別重刑,といった決定の他に,ロマへの特定制裁として,あらゆる違法野営キャンプの撤廃,ロマたちの出身国への大量強制送還が,この演説によって始まります。BBC記者は "Tête Brulée"という表現を用い,ZDF記者は"pitoyable"と呆れ,シュピーゲル記者は"ignoble"と憤怒し,ニューヨーク・タイムズ記者は "dégueulasse"と言い切ってしまいます(仏語わからない人たちは辞書引いてください)。フランスのジャーナリストたちはこういう表現でこの演説を報じたでしょうか。
 エル・パイス記者とル・ソワール記者は,この演説の狙いであるFN支持者層の取り込みを見てとった上に,UMP党とFN党の言説がほとんど変わらなくなっていることから,2012年の(ありえないわけではない)UMPとFNの共闘の可能性を予見します。

 2011年暮れ現在,社会党候補フランソワ・オランドと現大統領ニコラ・サルコジが2012年5月に決選投票となると想定した場合,各社世論調査を平均すると,オランド57% vs サルコジ43% の得票となるようです。(資料:Songages en France ) この傾向を覆せるとすれば,UMPとFN(現在マリーヌ・ルペンの第一次選挙得票率予想は16〜20%)しかないように私も見ています。
 実は数ヶ月前から向風三郎は「サルコジの5年間」(仮)のような原稿を準備していて,毎日このような資料ばかり見たり読んだりして,書くことの肥やしにしております。向風は政治ジャーナリストではないし,このドキュメンタリーに出て来るジャーナリストのような情報量も分析力もないわけですが,憤怒の心の声として "dégueulasse"と言い切るだけの材料はたくさん持っているのです。

(↓ "Looking for Nicolas Sarkozy" 全編 )


PS (12月26日)
上に貼付けたヴィデオのコンテンツが日本では見れないというご報告をいただきました。いろいろ他のプログラムの可能性を探しています。2-3日お待ちください。

2011年12月23日金曜日

子供たちよ,何度でも「トスタキ」を聞き直せ

Noir Désir "Soyons désinvoultes, N'ayons l'air de rien" 
ノワール・デジール『無造作でいよう,何ごともなかったふりをしよう』

 2010年11月30日,すなわち去年の今頃の寒い日,ノワール・デジールはオフィシャルに解散しました。バンドで最も重みのある男ドニ・バルト(ドラムス)が「Noir Désir, c'est terminé ノワール・デジールは終わった」と告げたのでした。このことは拙ブログのここに詳しく書いてあります。
 解散記念日なんて世の中にあるんか!とも思うのですよ。
 所属レコード会社Barclayはこの編集盤 を2011年11月28日に発売しました。1周忌盤のような趣きです。タイトルの "Soyons désinvoultes, N'ayons l'air de rien" は,彼らの代表曲「トスタキ Tostaky」の歌詞から取っています。構成はCD2枚とDVD1枚。
 CD1の18曲はいわゆるBest Of的なノワール・デジールの良く知られた曲ばかり。"Aux sombres héros de l'amer"  , "L'homme pressé" , "Un jour en France" , "Le vent nous portera" など、これからも私たちが聞き続けるであろうノワール・デジールの「クラシック」のオンパレードで、これはファンにはあまり有り難くない1枚でしょう。さらに残念なのは2008年11月に彼らのオフィシャルサイトで(無料ダウンロード)発表された曲"Gagnant/Perdant" (このことも拙ブログのここで触れています)もこのCDには収録されなかったことです。
 それにひきかえCD2の18曲はBサイド曲、カヴァー曲、デュエット曲などで構成されていて、あまり一般には知られていないものばかりです。ビートルズ(およびジョン・レノン)のカヴァー3曲("I want you", "Working Class Hero", "Helter Skelter")、クリムゾン("21st Century Schizoid Man")、ジャック・ブレル/レオ・フェレ/ジョルジュ・ブラッサンスの作品が1曲ずつ、ノワール・デジールとしての最後の録音曲であるアラン・バシュング作の"Aucun Express" (2010年録音、2011年4月発売のバシュング・トリビュートアルバム "TELS ALAIN BASHUNG" に収録)。デュエットでは、レ・テット・レッド、ブリジット・フォンテーヌ、そしてアラン・バシュング。ベルトラン・カンタとバシュングは共に突出したヴォイス/ヴォーカル・パフォーマーであったと思うのですが、いろいろな変遷の末に染み入るような声を獲得したバシュングに対して、声帯をめちゃくちゃにしながら突き進んできたノワール・デジール時代のカンタの声はまだこれからどうなるかわからない未成のパワーがありました(そう、ここでは過去形で語りましょう)。

 しかし多くの人たちにとって、さらに興味深いのはDVDでしょう。ヴィデオクリップ全種が入ってますが、これは YouTubeなどでも見れるものですからさほど重要ではないでしょう。貴重なのはINA(国立視聴覚研究所)所蔵のテレビ画像で、私が勝手に「テレビと無縁のバンド」と思っていたことを覆して、テレビでもトンガっていたノワール・デジールを見ることができます。さらにドニ・バルトとジャン=ポール・ロワ(ベース)が提供したプライヴェート・フィルムによるライヴやスタジオ録音の映像も、内側からの視点として興味深いものがあります。収録順序はおおよそにおいてクロノロジカルで、1987年(つまり初ヒット"Aux sombres héros de l'amer"の2年前。テオ・ハコラのプロデュースでミニアルバムを作った頃)のテレビ番組映像に始まり、2002年12月のエヴリー(パリ郊外)でのライヴ映像まで収められています。ライヴは既発DVDに収められた映像もありますが、最終トラックとして収められた2001年7月、ブルターニュのヴィエイユ・シャリュ・フェスティヴァルでの「トスタキ」のような宝物の未DVD化ライヴ映像もあります。

 CD2枚とDVD合わせて、「トスタキ」という曲は5トラックで収録されています。その歌詞から取ったこのアルバムのタイトル、そして5種類でこの曲を収録している編集、私たちはこのことから、このバンドを1曲に絞ったらこの歌になるんだ、ということを再確認します。1993年に発表されたこの曲は、ノワール・デジールの「1曲」として永く記憶されるでしょう。"Tostaky"とは西語 "Todo està aquì”を約めた表現。意味は「すべてはここにあり」。
 コルテスの亡霊たちを吊るし上げ
コルテスの影に腐敗していく
どぎつい光のパトカー回転灯に身売りしたアメリカ
新しいビームのために
新しい太陽のために
新しい光線のために
新しい太陽のために

アクイ・パラ・ノソトロス(これが俺たちのためのものさ)(9回繰返し)
トスタキ

すべてのメッセージは
了解された
それはもはや彼らが選択の余地がないことを
理解したと伝えている
霊の命ずるままに
彼らは歩を進めるだろう
俺たちが話すことができる最後の時が
やってくるだろう
だから無造作でいよう
何ごともなかったふりをしよう
無造作でいよう
何ごともなかったふりをしよう
「トスタキ」は 最後の時の歌です。すべてはここにあり。これをバンドが最もはじけていた時期に作ってしまったのです。このCD2枚+DVD1枚を通して伝わってくるのは、この「トスタキ」があるから、もはやバンドの解散など惜しむ必要はないのだ、というメッセージです。最後の時を生きた過去のバンドにしてしまっていいのだ、と。そして私たちは気が向いた時に、無造作に、何ごともなかったかのように、「トスタキ」を何度も聞き直すことになるのです。

<<< トラックリスト >>>
CD 11. FIN DE CIECLE / 2. EN ROUTE POUR LA JOIE / 3. ICI PARIS 4. LHOMME PRESSE / 5. COMME ELLE VIENT / 6. A LENVERS A LENDROIT / 8. TOUJOURS ETRE AILLEURS / 9. AUX SOMBRES HEROS DE LAMER / 10. UN JOUR EN FRANCE / 11. MARLENE / 12. LE VENT NOUS PORTERA / 13. A TON ETOILE / 14. LOLITA NIE EN BLOC / 15. TOSTAKY / 16. LE FLEUVE / 17. LOST / 18. ONE TRIP ONE NOISE
CD 2 1. BACK TO YOU (B side HOMME PRESSE) / 2. LIDENTITE (w/TETES RAIDES) / 3. I WANT YOU(cover BEATLES) / 4. 21ST CENTURY SCHIZOID MAN (cover KING CRIMSON) / 5. B IS BABY BOUM BOUM (w/ BRIGITTE FONTAINE) / 6. LA BAS (Ost BERNIE) / 7. CES GENS-LA (cover JACQUES BREL) / 8. DES AMES (LEO FERRE) /  9. A TON ETOILE (remix YANN TIERSEN) / 10. VOLONTAIRE (w/ALAIN BASHUNG) / 11. SON STYLE (B side LOST) / 12. LES ECORCHES (remix SLOY) / 13. LE ROI (cover GEORGES BRASSENS) / 14. OUBLIE (remix) / 15. AUCUN EXPRESS (cover ALAIN BASHUNG) / 16. SONG FOR JLP(ghost track 666667 CLUB) / 17. WORKING CLASS HERO (cover JOHN LENNON) / 18. HELTER SKELTER (cover BEATLES)
DVD 1. OU VEUX TU QUJE REGARD (TV-INA) / 2. TOUJOURS ETRE AILLEURS (CLIP) / 3. LOLA (TV-INA) / 4. OLYMPIA 89 (private film) / 5. AUX SOMBRES HEROS DE LAMER (CLIP) / 6. EN ROUTE POUR LA JOIE (CLIP) / 7. PUB TV TOSTAKY 1992 / 8. JOHNNY COLERE (private film) / 9. TOATAKY (CLIP) / 10. LOLITA NIE EN BLOC(CLIP) / 11. MARLENE(CLIP) / 12. ALICE BASSE (private film) / 13. ICI PARIS (LIVE LA CIGALE 1993) / 14. LA RAGE (LIVE LA CIGALE 1993) / 15. TOSTAKY(LIVE LYON 1993) / 16. EN ROUTE POUR LA JOIE (LIVE LYON 1993) / 17. TOSTAKY (TV-INA) / 18. PUB TV 666667 CLUB 1997 / 19. PUB TV 666667 CLUB 1997 / 20. SEPTEMBRE EN ATTENDANT (private film) / 21. UN JOUR EN FRANCE(CLIP) / 22. A TON ETOILE (CLIP) / 23. PUB TV LHOMME PRESSE 1997 / 24. LHOMME PRESSE (CLIP) / 25. COMME ELLE VIENT (CLIP) / 26. FIN DE SIECLE (LIVE EUROCKEEENNES 1997) / 27. LAZY (LIVE EUROCKEENNES 1997) / 28. WORKING CLASS HERO (LIVE GISTI 1999) / 29. VOLONTAIRE (LIVE STUDIO w/ALAIN BASHUNG 2000) / 30. UN JOUR EN FRANCE (TV-LIVE BUENOS AIRES 1997) / 31. PUB TV DES VISAGES DES FIGURES 2001 / 32. LE VENT NOUS PORTERA (CLIP) / 33. A LENVERS A LENDROIT (CLIP) / 34. LOST (Studio, private film) / 35. PUB TV LOST 2002 / 36. LOST (CLIP_ / 37. A LENVERS A LENDROIT LES ECORCHES (TV LIVE, VICTOIRES DE LA MUSIQUE 2002) / 38. ONE TRIP ONE NOISE (LIVE EUROCKEENNES 2002) / 39. PYROMANE (LIVE EVRY 2002) / 40. LE GRAND INCENDIE (LIVE EVRY 2002) / 41. TOSTAKY (LIVE, VIEILLES CHARRUES 2001)


NOIR DESIR "Soyons désinvoltes, N'ayons l'air de rien"
2CD+DVD  Barclay/Universal France 2787700
フランスでのリリース: 2011年11月28日 

(↓ 「トスタキ」 2001年7月21日、ヴィエイユ・シャリュ・フェスティヴァル)

2011年12月10日土曜日

ゼブダが帰ってきたのを目の前で見た

 12月9日、パリ18区バルベス・グート・ドール地区にあるFGO バルバラ音楽センター(2008年にパリ市が開設した録音スタジオ、音楽工房、資料室、コンサート会場などのべ2500平米のスペースを使った総合音楽センター)で、8年ぶりに再結成したゼブダのコンサートを。この10月から始まったゼブダの全国ツアーは"PREMIER TOUR"と題され、2012年1月に発表される新アルバムは"SECOND TOUR"というタイトルになっています。そのまま訳すと「第一のツアー、第二のツアー」、「第一周、第二周」ということになりますが、これはフランス大統領選挙の「第一次投票、第二次投票」という意味にもかけています。2012年の大統領選挙は4月22日に第一次投票(premier tour)、その上位2者によって争われる決戦の第二次投票(second tour)は5月6日に行われます。ゼブダの再結成はもちろん大いにこれに関与してのことです。

 2007年大統領選挙の時マジッド・シェルフィはニコラ・サルコジ選出を妨げるために、ヴァーチャル空間「セカンドライフ」を使って、サルコジ当選後の世界のシミュレーションを作ったり、ジョゼ・ボヴェなどのゲストを招いての公開討論会を主催したりしました。しかし、それは大きな効果もなく、サルコジはセゴレーヌ・ロワイヤルに大差をつけて当選します。マジッドは後悔したと思います。あの選挙の時、当地の政治的アンガージュマンを明白にした3大ロックスターたるゼブダ、ノワール・デジール、マニュ・チャオは、「不在」だったのです。来る2012年の選挙には、ノワール・デジールは既に解散していますし、マニュ・チャオの姿も(まだ)見当たりません。しかし、ゼブダは10月から精力的に動き出したのです。ヴァーチャルではダメなんだ、という思いでしょう。もう一度シャツを汗でびしょびしょにして動き回って、人々に直接出会いに行かなければ、と。
 その間、ムース&ハキムのアモクラン兄弟は素晴らしい成長を遂げました。その仕事の濃さは当ブログの「オリジンヌ・コントロレ」、 そして「ライヴ - 栄光の20年」のところでも紹介しています。そしてこの兄弟の大躍進に、マジッドは何度もそのステージに駆け上がりたい衝動にかられ、実際に2010年には数回ゲストで出演しています。その時、なんだこれはゼブダではないか、と思った人たちも多かったでしょう。しかし、今夜私たちがわかったのは、"Mouss & Hakim featuring Magyd Cherfi""Zebda"と等価ではない、ということ。ゼブダはゼブダである。それはジョエル・ソーラン、レミ・サンチェス、マジッド、ムース、ハキムの5人と、このツアーでサポートしている2人のギタリストと1人のドラマー、全部で8人のバンドのことなのです。
 FGOバルバラ音楽センターのコンサートホールは大きなところではありません。キャパ500人ほどでしょうか。これだったら3夜連続コンサートもチケット発売まもなくソールドアウトになるのは当り前でしょう。しかし、この小さなスペースのおかげで、私たちは目の前で、彼らの汗の飛ぶ距離で、ゼブダの帰還を体験できたのでした。レパートリーは1月リリース予定の新アルバム『スゴンド・トゥール』の中の曲を前半に。「教会の周りの日曜日 (Le dimanche autour de l'église)」は、そのファーストシングルになる曲で、トゥールーズのサン・セルナン教会の周りの日曜市のような、フランスのどんな市町村にでもあるような日曜市の風景(多種の物産、多種の文化、多種の人々)を、政府の強要する「フランス国民資格」(L'Identité nationale、ナショナル・アイデンティティー)によって壊されてたまるか、という歌。サルコジ治世のフランスには「フランス国民資格(イダンティテ・ナシオナル)」担当省があり、その担当大臣にブリス・オルトフー、次いでエリック・ベッソンが就任しましたが、2010年末の内閣改変で同省は内務省に統合され、移民/移民統合/国籍/国民資格関係の担当も警察/公安のトップである内務大臣クロード・ゲオンが統括して現在に至っています。オルトフー、ベッソン、ゲオン、これらの大臣たちが(逆説的に)ゼブダを奮起させてくれたのです。もちろんその上に、最もゼブダを元気づけさせたのはサルコジであるということは言うまでもありまっせん。
 新曲披露にまぜて、往年のゼブダの定番レパートリー、"Ma rue", "Oualalaradime", "Le bruit et l'odeur", "Pas d'arrangement", "On est chez nous"などでパリのオーディエンスは大揺れになったり、垂直飛びになったり...。MCはマジット、ムスタファ、ハキムが取りますが、サルコジ・ジョーク多数、極右を茶化し、イスラム亡国論を笑い...。そしてこの3人がそれぞれに何度か繰り返すのは「ゼブダは帰ってきたぞ」と、自分たちがそこにいるのを自分たちで確認しているような言葉です。ゼブダであることの喜び、ゼブダでプレイすることの至福を自分たちで祝福しあっているような。
 ムースもハキムも舞台から飛び降りて、歌いながら会場をぐるぐる周り一番後方の階段席まで来てくれました。私も娘も汗びっしょりのムースに祝福のタッチ。ハキムは階段席からダイブして無数の腕上の遊泳をしながら舞台に戻っていきました。そして、最後は"Tomber la chemise"、再アンコールのオーラスは"Motivé"で締めました。この人たちが帰ってきたんだから、来年はきっと勝てる、と確信した瞬間でした。

(↓Youtubeに早速貼られた 12月9日パリFGOバルバラ音楽センターでのゼブダ『トンベ・ラ・シュミーズ』 )