2011年11月29日火曜日

白鳥の歌なんか聞こえない

Allain Leprest "Leprest Symphonique"
アラン・ルプレスト『ルプレスト・サンフォニック』

 プロデューサーのディディエ・パスカリ(TACET)の証言によると、このアルバムはルプレストの長年の夢だったそうです。シンフォニック・オーケストラと録音すること。レオ・フェレは自作交響曲でフル・オーケストラを指揮するという長年の夢を晩年果たしています。アンリ・サルヴァドールはジャズ・ビッグバンドとダイレクト録音する、という夢を果たせずに亡くなりました。ルプレストはその夢を6割がた達成したにもかかわらず、その完成に至らずに8月15日に自ら命を断ちました。
 「6割がた」と書きましたが,それはこのアルバムに収められた13曲のうち,ルプレストが歌入れをしたのが7曲のみであることを根拠に「算数的」に表現したわけです。ところが,レコード会社ロートル・ディトリビューションのリュック・ジェヌテーから聞いた話によると,ルプレスト自身はこのプロジェクトの序盤戦までしか関わっていないようなのです。長年の夢と言うよりは,子供の頃から憧れていたフル・オーケストラをバックに歌えたらいいな,というアランの童心からの願望を,ディディエ・パスカリと26年来の盟友であるロマン・ディディエが,今だったら実現できる,と具体的に動き始めたのが2010年秋。
 「今だったらできる」はおおいに経済的な問題なのです。2007年,アラン・ルプレストは脳腫瘍と肺ガンで死ぬはずだったのです。それも長いキャリアの割に人気も知名度も低いマージナルなシャンソン歌手として果てるはずだったのです。クロード・ヌーガロをして「最も電撃的な歌手」と言わしめ,学士院会員作家ジャン・ドルメッソンをして「20世紀のランボー」とまで称賛させたルプレストは,人知れずこの世を去るはずだった。否,このアーチストをこのまま無名のまま終わらせてはならない,この歌い手の声がもう出ないならわれわれがその歌を歌い継ぎ,世に遺していく,そう申し出るシャンソン仲間が次々に現われてきたのです。『シェ・ルプレスト(ルプレスト亭)』のプロジェクトはこうして始まり,イジュラン,ミッシェル・フュガン,ジャン・ギドニ,サンセヴリーノ,エンゾ・エンゾ,オリヴィア・ルイーズ,ラ・リュー・ケタヌー...,こういった人々に支えられてルプレストは「最後の酔いどれ詩人」として多くの音楽ファンたちに聞かれるようになったのです。
 『シェ・ルプレスト』はCDを2集出し,パリで大きな会場(バタクラン,アランブラ)でコンサートを開き,シャルル・クロ・ディスク大賞,SACEM(フランス著作権協会)ディスク大賞などを獲得し,元気づいたルプレストは2008年に『氷山が溶けてしまう時』という新曲アルバムまで発表するのです。2007年から2010年までルプレストは不死身の男に変身したのです。ガンは完治しておらず,ずっと小康状態のまま,ルプレストは酒も煙草もやめずに,人前に「名のある」アーチストとして登場するようになったのです。CDは売れ,コンサートには人が入り,ルプレストは50代半ばにしてやっと初めての経済的な安定を見るのです。
 ディディエ・パスカリとロマン・ディディエとアラン・ルプレストの3人は「今だったらできる」というこの『ルプレスト・サンフォニック』のプロジェクトを具体化します。それは,今の経済状態ならば,アルバムの後,シンフォニー・オーケストラを連れ立ってのコンサートツアーまで視野に入れられる,というものだったのです。ロマン・ディディエは長年のつきあいから,またアランの現状を知っているから,アランがオーケストラに合わせることはできないと見抜いていました。アランがオーケストラに合わせるのではなく,オーケストラがアランに合わせなければこのアルバムは実現不可能である,と。メトロノームは肺を煩っている詩人の鼓動、オーケストラはそれを忠実に追うこと。そこでプランは歌録りが先,オケ入れが後,ということになります。
 2011年7月,モントルイユのセケンザ・スタジオでルプレストの歌録りが行われます。予想するにロマン・ディディエのピアノ伴奏のみで進行されたでしょう。セレクトした十数曲のすべてがうまく行ったわけではありません。何度もの録り直しの末に7曲ぐらいはロマンが及第点を出していいものだったでしょうか。この作業を半ばにして(ディディエ・パスカリの跋文の表現を借りると),詩人は一杯飲みに出かけてしまうのです。近くのビストロにではなく,空の上に。
 その空に行く途中で,詩人は山に寄っています。7月中旬から敬愛する先達ジャン・フェラのゆかりの地,アルデッシュ山中の村アントレーグで開かれた「ジャン・フェラ・フェスティヴァル」にメイン・ゲストとして招かれ,元気にステージをつとめ(インターネット上で知る限りの見た人たちの証言によると,本当に元気いっぱいだったらしい),そのままこの村の滞在を延長してヴァカンスを過ごしていました。
 下界と空の間に山があります。 下界に戻れば,またこの「夢のアルバム」の録音が待っていたはずです。アランが夢見ていたオーケストラの音も下界に戻れば自分のものにできたはずなのです。しかし詩人は山にとどまって,8月15日に自ら命を絶ちました。
 山で何が起こったのかを,私はここで安易な憶測で書くわけにはいきません。
 今,このアルバムを手にして,CDプレイヤーで何度も聞き直すにつけ,私にとって最も衝撃的で同時に最も残念なのは,ルプレストはこの完成された音はもとより,このオーケストラの音を一度も聞いていない,ということなのです。

 ディディエ・パスカリとロマン・ディディエはその死の衝撃と悲しみの只中にありながら,このやりかけのプロジェクトを最後まで遂行することに決めたのです。 フランスで最も評価の高い録音スタジオのひとつ,パリ20区のダヴート・スタジオでロマン・ディディエ編曲のオーケストラの演奏が録音され,用意されていた十数曲のうち,アランが歌録りをしなかった,あるいはNGだった曲には,ディディエ・パスカリが『シェ・ルプレスト』に集ったアーチストたちの中から6人にアランの代役をお願いしました。ジェアン,クリストフ,ケント,ダニエル・ラヴォワ,エンゾ・エンゾ,サンセヴリーノ。そしてアルバムの最終曲である「無用のワルツ(Une valse pour rien)」は,CDブックレットにクレジットされていないものの,ロマン・ディディエとアラン・ルプレストのデュエットになっています。初めからこうだったのか,それともロマン・ディディエの止みがたい意志でデュエットに変えたのか(私は明らかに後者であると思っています),ロマン・ディディエの最後の友情の証しのようなエンディングです。
  パスカリとディディエが最後までやり通した仕事をルプレストはどう思うでしょうか。パスカリはこのブックレットの跋文で,こう詩人に呼びかけます。
Tu verras, c'est beau...(わかるかい,見事な出来だよ...)
Je crois que tu seras content. (きみもきっと満足だろう)
C'est beau... 確かに!ここにはルプレストの最も美しい曲しかありません。私たちはヴェルレーヌと同じように秋の日のヴィオロンとルプレストを聞いてしまうわけですから,このエモーションに涙しない人がおりましょうか。1曲め「海に雨が降る(Il pleut sur la mer)」が始まった時から,私たちは詩人の声とオーケストラの海の音と雨の音を聞くのですから。しかし,歌ったルプレストはこの音を聞いていないのです。

<<< トラックリスト >>>
1. IL PLEUT SUR LA MER
2. DONNE-MOI DE MES NOUVELLES
3. LE TEMPS DE FINIR LA BOUTEILLE (chant : JEHAN)
4. LA GITANE
5. OU VONT LES CHEVAUX QUAND ILS DORMENT (chant : CHRISTOPHE)
6. C'EST PEUT-ETRE (chant : KENT)
7. MARTAINVILLE
8. D'OSAKA A TOKYO (chant : DANIEL LAVOIE)
9. NU
10. ARROSE LES FLEURS (chant : ENZO ENZO)
11. SDF (chant : SANSEVERINO)
12. GOODBYE GAGARINE
13. UNE VALSE POUR RIEN

ALLAIN LEPREST "LEPREST SYMPHONIQUE"
CD TACET/L'AUTRE DISTRIBUTION TCT111201-1
フランスでのリリース:2011年12月7日

(↓ EPK "Leprest Symphonique")

EPK Leprest Symphonique par jmvignau









2011年11月19日土曜日

渡るべきたくさんの川がある

『キリマンジャロの雪』2011年フランス映画
"Les Neiges du Kilimandjaro" ロベール・ゲディギアン監督 / 主演:アリアーヌ・アスカリード、ジャン=ピエール・ダルーサン 
フランス公開 : 2011年11月16日 

 Many rivers to cross...
 この映画で流れるのはジミー・クリフではなく、ジョー・コッカーのヴァージョンです。そしてその目の前にあるのは川ではなく地中海であり、場所はマルセイユで港湾労働者たちのいる地区です。男たちは皆(ムッスー・T&レイ・ジューヴェンのような)青色の作業着を着ています。その背後にある建物はCGT(労働者総同盟)の寄り合い所です。こんなスローガンが見えます:「La crise c'est eux, la solution c'est nous(経済危機は彼らのことであり、解決はわれわれにある)」。映画の時代背景は2011年的今日であり、経済危機とグローバリゼーションを理由に、人が簡単に職業を失う、私たちの生きる現在時です。
 映画の始まりは象徴的です。20人の解雇を決めた会社の、その20人を決めるのが組合(CGT)によるくじ引きです。不幸にしてそのくじに当たってしまった人が解雇されるのです。組合執行委員のミッシェル(ジャン=ピエール・ダルーサン)は、その抽選による解雇者の名前をひとりひとり読み上げていきます。その当たってしまった解雇者の中に、自分(ミッシェル)もいたのです。執行委員としてその中に名前を入れないこともできたはずなのに、ミッシェルはその特権を嫌って拒否し、いさぎよく解雇され失業します。
 50と数歳、筋金入りの組合活動家、定年前の失業、 結婚して30年、子供たちも孫たちも近くにいる。妻マリー=クレール(アリアーヌ・アルカリード)は若い日に看護婦になるための勉強を断念、主婦/子育てが終わってからは、パートとして家政婦、老人介護、広告チラシの配布などの仕事をして家計を助けています。失職したミッシェルは望みのない求職活動を形式的に続けながらも、孫たちの遊び相手になったり、息子の家の修繕をしたり、というゆったりとした時間を過ごしています。それが海と浜辺のある南の町マルセイユで進行するわけですから、この高年失業も危機的様相が見えません。ベランダでバーベキューを焼き、夕陽を浴びながらパスティス酒をすするミッシェルとマリー=クレールを人が見るとき、この夫婦はつましいながらも幸福に生きていると思うでしょう。
 労働者階級であっても30年も働いたあとには、こういう生活が待っているもの、というのが私たちの前世紀までの社会通念だったと思います。 ところが、今日そういう通念はないのです。ミッシェルとマリー=クレールの生活ですら「ブルジョワ」と見て妬む人たちが増えてしまったのです。
そんなある日曜日、岸壁にあるミッシェルの古巣であるCGT組合寄り合い所の建物と敷地を使って、家族/親戚/元仕事仲間たちなどを大勢集めて、ミッシェルとマリー=クレールの結婚30周年のパーティーが開かれます。よく冷えたロゼの瓶がボンボン開けられ、屋外のライドスピーカーからブロンディーの「ハート・オブ・グラス」が流れ、防波堤の上で何十人という老若男女が踊り狂っている ー なんて美しい! われわれ労働者階級のシンプルかつ効果甚大なパーティー歓喜を絵に描いたような図です。その宴のクライマックスに、巨大なピエス・モンテとプレゼントの「宝箱」が現れ、孫たちが声を合わせてなにやら謎めいた歌を歌います。よく聞くとそれは1966年のパスカル・ダネルの大ヒット曲『キリマンジャロの雪』 :
もはやこれ以上遠くに行くことはできない
もうすぐ夜になってしまうから
遠くかなたに見えるのは
キリマンジャロの雪
それは白いマントのようにおまえにふりかかる
それに包まれておまえは眠るだろう
   なんのことやらわからないマリー=クレールとミッシェルに息子のジルが「その宝箱を開けてみろよ」と言います。その中には家族友人たちが入れたお祝いの現金札がぎっしり詰められ、その底にはタンザニア/キリマンジャロ行きの旅行クーポンが入っていたのです。旅行どころか、二人でレストランで食事することでさえ稀だったマリー=クレールとミッシェルの夫婦に、息子と娘らが共同出資してのプレゼントでした。涙、涙...。
 しかし事件は数日後にやってきます。ミッシェルの自宅で親友ラウール(ジェラール・メイラン)の夫婦と4人で食後のトランプを楽しんでいたところに、拳銃で武装した覆面強盗の二人が乱入し、宝箱を奪い去ります。強盗たちは前もってこの夫婦が現金の詰まった宝箱を持っていることを知っていたのです。
 椅子に縛り付けられたままその夜を明かした4人の精神的ショックは計り知れず、この強盗を絶対に許せないと思うのです。特にラウールの妻ドニーズ(マリリーヌ・カント)は神経衰弱に陥り、立ち直れません。しかしミッシェルがふとしたきっかけで強盗の片割れの身元をつかみ、警察に通報して逮捕したところから事情が変化していきます。その若者クリストフ(グレゴワール・ルプランス=ランゲ)は、 映画の冒頭のCGTによるくじ引きの結果解雇された20人のひとりでした。身勝手な母親に放棄され、幼い二人の弟を養い、勉学の手伝いもして、3人でひとつ屋根で暮らしていましたが、解雇され、家賃も食費も払えない状態に陥り、経験ある町のワルと組んでの初犯でした。主犯はクリストフではなく、相方なのですが、クリストフの報酬は巻き上げた金の10%というなめられ方でした。
 マリー=クレールとミッシェルはそれぞれ別々の方法でこの事件を「理解」しようとします。ミッシェルはラウールに言います「やつも俺たちと同じような労働者なんだ」。するとラウールは「おまえはやつと同じように人を襲ったり金を奪ったりしたことがあるのか?」とミッシェルの態度の変化を理解できません。ミッシェルはクリストフへの告訴を取り下げますが、刑事事件では事情は変わらず、クリストフへの刑罰は裁判によって確定します。武装による強盗は最高で禁錮15年。マリー=クレールは援助の手を一切断ち切られたクリストフの二人の弟、ジュールとマルタンに接近し、お世話おばさんを買って出ます。
ミッシェルは取り戻されたキリマンジャロ行き旅行クーポンを、マリー=クレールに黙って旅行会社で払い戻してもらって現金化します。これをジュールとマルタンの養育費にしようじゃないか、とマリー=クレールに打ち明けると、マリー=クレールはクリストフが出獄するまで二人の少年を私たちの家に受け入れよう、という考えを明らかにします。
 息子たちの反対も消え、ラウール夫婦の全面的な理解も得られるハッピーエンドが待っています。キリマンジャロの雪は見なくても、マリー=クレールとミッシェルはまたひとつ大きな川を渡ったのです。

 私がこうやって書くと映画はチープな人情もののレヴェルにとどまってしまうかもしれません。しかしこのゲディギアンの映画は、労働者が労働者を妬み呪い、失業者が失業者同士で職のために敵対を余儀なくされ、貧者が貧者から奪うこともやむなし、という21世紀的現実を直視した作品です。2011年夏、私たちはイギリスの大暴動で、誰が味方で誰が敵なのか分からない状態で貧しい人々が貧しい人々を襲っている映像をたくさん見せつけられました。それはモニターの彼方の問題なのか。私たちの地下鉄で、交差点で、路上で、そうなっても当り前という「今」が見えませんか?
 この映画は古いサンディカリスト(組合活動家)の夢です。労働者たちが団結すれば世界は変えられるという古い古い世代の考え方です。この古い夢は今日ひとかけらの有効性を持っていないのでしょうか? ミッシェルな何十年もの長い間そういう夢を持ちながら、人に嘲笑されながらも、その夢を持ち続けながら生涯を閉じるでしょう。それはキリマンジャロの雪に包まれながら眠ることと同じなのです。
 若いクリストフのこの世への憎悪は映画の最後まで消えません。これは別の映画の主題となりましょうが、クリストフもまたいつかは川を渡るのだ、ということは考えられないわけではありません。団結とは何か? それはマリー=クレールの言うように「理解する」ことであり、ジミー・クリフの歌が言うように「川を渡る」ことでもあるわけです。陳腐であることを恐れずに、私は言えます、これは L'humanité (定冠詞つきのユマニテザ・ヒューマニティー。太字で書かれるべき人間性)に関わるものなのだ、と。

(↓『キリマンジャロの雪』予告編)

LES NEIGES DU KILIMANDJARO- Bande-annonce par diaphana








2011年11月10日木曜日

大地と風と火と

『アントゥーシャブル』2011年フランス映画
"Intouchables" エリック・トレダノ+オリヴィエ・ナカッシュ監督 / 主演:フランソワ・クリュゼ,オマール・スィ 
フランス公開:2011年11月2日 

   Do you remember the 21st night of September ? 
 この映画見終わった翌日、私のカーステはアース・ウィンド・アンド・ファイアのCDがひとりじめで、大ヴォリュームで「セプテンバー」かけてペリフェリック(パリ環状道路)やヴォワ・ジョルジュ・ポンピドゥー(セーヌ河岸自動車道)を走ってしまいましたね。私と同じようなことをした人、かなりいたと思いますよ。
 この大富豪の身体障害者フィリップ(フランソワ・クリュゼ)の秘書が、住み込み介護ヘルパーの募集面接で、応募者で刑務所上がりの郊外ブラックのドリス(オマール・スィ)に、「あなた何かリファレンスは持っているの?」と聞きます。するとドリスは「俺のリファレンスはアース・ウィンド・アンド・ファイアだ」と答えるんですね。話が合わない、同じ言葉の意味が同じでない二つの世界。触れ合わない二つの世界を、この映画では"Intouchables"(アントゥーシャブル)と複数形で表現しているのです。"intouchable"は英語の「アンタッチャブル」ではないのです。仏語ではインドの最下層カースト(触れてはならない階級)の意味でも使われます。
 この映画で二つの世界はまさに絵に描いたようなもので、大富豪はパリ市内で城館の中に住み、家令/執事/秘書/料理人/家事係を抱えて、エリゼ宮のような家具調度に囲まれ、宴の間ではクラシック管弦楽アンサンブルを呼んでプライベートコンサートができるという環境であるのに対して、郊外ブラックは今さらここで説明する必要のない「郊外=郊外」の環境にあります。これはカリカチュアであると同時に現実描写でもあります。なぜなら、21世紀になって世界の富豪たちはますます富豪になっていき、世界の郊外はドラマチックにその貧困の度合いを増して行っているからです。この加速している二極化は、起こりうる全面戦争の日が近づいてきていることを予感させもします。
 すなわち21世紀的には二つの世界は以前に増して出会うことが困難になっているのです。これがこの映画の通奏低音です。あ、この「通奏低音」というのはもともとはバロック音楽用語ですね。奇しくも大富豪フィリップの音楽「リファレンス」はヴィヴァルディなのです。そしてドリスの「リファレンス」はアース・ウィンド・アンド・ファイア。
 文学とバロック音楽と絵画(古典もコンテンポラリーも)をこよなく愛するフィリップは実は(全くそうは見えないのですが)スポーツ好きでスピード狂でもありました。 それがある日パラグライダーの事故で四肢が動かなくなってしまいます。この自由を奪われた大富豪は,引き蘢りを余儀なくされ,生への興味を失っていきます。
 映画はそこに現われた郊外ブラックの住み込み介護ヘルパーが,生気を失った大富豪を「生の世界」に回帰させてやる,というシンプルな寓話のストーリーです。こういうことだけで,レ・ザンロキュプティーブル誌などは,最初からこの映画にバッテンをつけてしまいます。それもわかります。
 ドリスは上流社会のコードを片っ端から破壊することでフィリップの興味を引いていきます。初級フランス語学習者にもわかるでしょうが,フィリップはドリスに対して vouvoiement (ヴーヴォワマン。"vous"あなたと呼びかける丁寧表現)で話し,ドリスはフィリップに対して tutoiement (チュトワマン。"tu"おまえと呼びかけるくだけた町言葉表現)を使うのです。このことで最初から立場は転倒しているのです。 しかしドリスの仕事のひとつには衛生手袋をはめて,フィリップの生物的自然も処理しなければならないのです。最初ドリスはそれを拒否します。彼にとって "intouchable”(触ることのできない)ものだからです。お互いの "intouchable"はラジカルに"touchable"(触ることのできる)に変わっていく,というシナリオ進行です。この映画で強調されるのはスキンシップです。車椅子の乗り降りを初めとして,多くの場面でドリスはフィリップを抱きかかえています。この黒人の大男が小さな初老の白人障害者を抱きかかえる図は象徴的です。触れ合うごとにフィリップはドリスの世界に入っていくのです。
 アース・ウィンド・アンド・ファイアはまさにリファレンスなのです。ドリスはフィリップが失いかけていた大地と風と火を取り戻してやるのです。館に引き蘢り,希望のないマッサージとリハビリにうんざりしているフィリップに,生のセンセーションを蘇らせることです。館の中庭にカヴァーをかぶったまま眠っているフィリップの元愛車マセラティ・クワトロポルテ ,これを発見した時からドリスとフィリップの世界は一変します。ドリスはこのマセラティでフィリップにあらゆる大地を再発見させるのです。そして山から(もちろんインストラクター同乗で)パラグライダーで飛翔し,風を肌で感じるのです。とても良くできたエピソードとして,ドリスがバイク屋に電動車イスのモーターを改造させて,セグウェイを追い越すこともできるスピードを出して疾走するシーンがあります。フィリップは初めて遊園地に連れてこられた子供のようにはしゃぐのです。
 そして第3の要素である「火」です。これはマリファナなのです。夜中に襲った激痛を鎮めるために,ドリスはフィリップを抱きしめ体を撫でてやり冷水で額を冷やし,という看護でフィリップが落ち着きを取り戻したところで,楽になるからこれを吸ってみろとジョイントを口にくわえさせるのです。
 お立ち会い,思い起こしましょう,太古において煙草も大麻も沈痛のための良薬だったのです。Do you remember ? 

 フィリップには密かに往復書簡を通じて恋い焦がれている女性がいます。これもタイトル"Intouchables"の布石なのですが,フィリップはいくら想いは募っても,この体では触れ合うことのできない相手だと思っています。 詩的表現で綴られるその手紙文面の秘書への書き取り指示を聞きながら,あまりにもどかしく思ってしまったドリスは,なんとかして出会いのチャンスを作ろうと工作します。もうひとつの"intouchable"も"touchable"にするという展開です。それだけでなく,ドリスの闖入はこの館全体にある種の革命をもたらして,鼻がツンと上がって品行ばかり気にしていた館で働く人々をヒューマンにしてしまうのです。室内アンサンブルでヴィヴァルディを聞くよりも,アース・ウィンド・アンド・ファイアで踊る方がファンキーだ,という当たり前のことを知るのです。

 二つのかけ離れた世界の蜜月時代は,ある日,郊外からの使者(血はつながっていなくても弟ということになっている)がフィリップの館にやってきた時に終わります。あれはドリスの弟なのか,母親はどうしているのか,フィリップは理解しようとしますが,ドリスは「複雑だから,あんたには理解出来ないよ」と言います。郊外は金持ちたちに簡単に理解できるほど単純じゃない。大体俺の名前だってドリスじゃないんだ。セネガルを出る時に俺は名前を変えられ,家族なのか家族でないのかわからない(たぶんに一夫多妻制を暗喩する拡大解釈の大々家族)関係が寄り集まって生きている。細部を理解せずにフィリップは,ドリスが郊外に戻る急務があることを悟ります。(実際,この部分は映画を観る者にもよくわからないと思いますよ)
 ドリスは館を去り,郊外に戻り,その日からフィリップの黒々としたアンニュイが始まります。フィリップは抵抗の印にヒゲを剃らせることをやめます。引き蘢り,意気消沈,体力減退,ヒゲぼうぼう...。このあとの再会とハッピーエンドに関しては,もうここでは書きませんが,ひとつだけ,ドリスの再会の開口一番が「なんだそのヒゲは?ヴィクトール・ユゴーじゃないか!」 - いつの間にこの郊外ブラックから「ヴィクトール・ユゴー」なるリファレンスが出るようになったのでしょう。そうです。ドリスはこのフィリップとの触れ合いの月日のせいで,知らず知らずに「教養」がついてしまったのです。

 エリック・トレダノとオリヴィエ・ナカッシュの4作目の長編映画です。私と娘は2作目の『われらが幸福の日々 Nos jours heureux』(2005年)以来の大ファンです。前作の『ごく身近に Tellement proche』(2009年)に関しては,このブログの2009年6月22日の記事 で詳しく紹介しているので参照してみてください。この2つの映画にもオマール・スィがとても良い脇役で出演しています。オマールは2005年から始まったTVカナル・プリュスの毎晩20時40分の小コント番組SAV DES EMISSIONS で人気の出たコメディアンですが,この映画の役どころのドリスと同じように正真正銘の郊外(イヴリーヌ県トラップ)出身者です。
 トレダノ/ナカッシュの映画に共通するテーマは,出会えることが不可能に思われる遠くかけ離れた世界が,実はちょっとしたきっかけさえあれば,ある程度の衝撃を越えて親密になれるのだ,ということを映像化してみせることです。寓話と言わば言え。私たちが和解しなければならないものはたくさんあります。

(↓ 『アントゥーシャブル』予告編)


 
   


2011年11月7日月曜日

警察は一体何をしているんだ

『ポリス』2011年フランス映画 
 "Polisse" マイウェン監督 / 主演:マリナ・フォイス,カリン・ヴィアール,ジョーイ・スタール,マイウェン... 
 2011年カンヌ映画祭審査員賞

 まずマイウェン・ル・ベスコという女流監督について。1976年パリ郊外生れのこの女性は,母親がアルジェリア系フランス人の女優カトリーヌ・ベルコジャ,父親がヴェトナム系ブルターニュ人という血筋です。北アフリカ的でも北フランス的でもアジア的でもあるその顔立ちがその複雑な混じり具合をよく物語っています。それよりも複雑なのは母親カトリーヌとの関係です。幼くしてその希有の容貌を見てとった母は,この子が将来必ずや大スターになる,と直感したのです。3歳から舞台に立たせ,キャスティングに奔走し、少女スターに育てようとするのですが、思惑通りに行きません。ここで母親はこの子に才能がないことに落胆しマイウェンに冷たくなり、娘は娘で反抗し、彼女の十代は非常に複雑なものになります。その不安定な少女は15歳で花形映画監督リュック・ベッソンと恋に落ち、16歳で結婚し女児を出産します。97年にベッソンはミラ・ジョヴォヴィッチと関係を持ち、マイウェンはベッソンと別れ、そこから極度の神経衰弱に陥り、大食症で数ヶ月で25キロ体重を増やした上、アルコールとドラッグの依存症になります。  
 そのセラピーのように、彼女はものを書き、自伝的なシナリオやワンマンショーの台本で、彼女自身の過去に落とし前をつけようとします。その延長で彼女は映画を撮り始め、2004年に短編映画でデビュー、この『ポリス』はマイウェンの長編第3作目になります。  
 パリ警察の「未成年保護部隊 Brigade de Protection des Mineurs(略称BPM)」をめぐる劇映画であり、シナリオはマイウェン自身が1年間に渡ってBPMに取材して体験したことがベースになっています。BPMが扱う事件は未成年に関するすべてのことです。未成年が被害者となる事件(誘拐、親による児童虐待、ペドフィリア、女衒による強制売春...)もあれば未成年が犯罪者となる事件(窃盗、暴行、能動的売春...)もあります。映画はそのさまざまな事件のエピソードを赤裸々な映像で挿入しながら、BPM捜査班の苛烈な日常を映し出します。この映画が日本上映が難しいと簡単に予想できるのは、この捜査班のしゃべり言葉が(男性捜査官も女性捜査官も)字幕化不可能な野卑で露骨な語彙で構成されるからです。性器や性技をあらわすありとあらゆる表現が、次から次に飛び出します。特にフランスで美人女優とカテゴライズされるであろうマリナ・フォイスとカリン・ヴィアールからそのような表現が連発される時、この映画のディメンションは「生の現場」であると明白になります。観る者は一切のナイーヴさを捨ててこの現場と立ち会うことになります。  
 その現場に、「内務省からの注文で」という理由でフォト・ルポルタージュを依頼された 女性フォトグラファー、メリサ(マイウェン)が送り込まれ、数ヶ月間BPMと行動を共にして写真を撮っています。その現場のすごさに圧倒されながらも、メリサはこの十数人の男女の苛烈な仕事ぶりと、その熱情、苦悩、怒り、喜びに惹かれていきます。ところが「それはそんなきれいごとじゃねえ」と捜査官フレッド(ジョーイ・スタール)がメリッサの写真仕事に嫌悪を示します。フレッドはこのBPMで、最も粗野で最も感情的で最も熱血の男です。警察という社会にありながら上官に喰ってかかることを恐れません。アフリカ移民の母子が路上テント生活に耐えられず、BPMに保護を求めてきます。BPMは全力で二人を収容できる保護施設を探すのですが、子供の分しか見つからず、母はひとりで路上に戻っていきます。この親子の生き別れに激怒したフレッドは、上司の上司のところまで怒鳴り込みに行き、何とかしろと迫りますが、その願いは(サルコジの内務省の答弁のように)聞き入れられるわけがないのです。  
 泣き叫ぶ子供を抱きしめて、涙を流しながらなだめるフレッド。その一部始終を写真におさめていたメリサはそのフレッドの熱い思いと葛藤に心打たれ、フレッドのその憤怒の一夜につきあうのです。  
 映画はBPMのおのおのの捜査官が生身の人間として、おのおのの問題を抱えていることも大きく映し出します。仕事そのものが爆発ギリギリまでのストレスをかぶることを余儀なくされる上に、個人の問題がのしかかってくる。二人の女性捜査官として机をならべてペアで仕事してきたナディーヌ(カリン・ヴィアール)とイリス(マリナ・フォイス)の関係が、この映画の中の大きな軸のひとつなのですが、最初は若い親友同士のように自分の個人レベルのことまで打ち明けあっていた二人が、映画の進行と共に、ナディーヌは不幸から幸福へ、イリスは幸福から不幸へ、とプライヴェートストーリーが逆の展開を示します。映画終盤でナディーヌとイリスは大喧嘩になります。次年度の異動でイリスは上級職に昇進すると決まった時、個人の幸福を捨ててこの仕事をしてきた自分の大きな虚無感が襲ってきて、イリスは窓から飛び降り自殺をします。  
 ナディーヌとイリスの最後の一緒の仕事で、強姦されて妊娠した未成年が法的処理に従ってその胎児を中絶するシーンがあります。かなりショッキングな場面です。15センチほどの嬰児まで映されます。それは出産後殺されてしまうのですが、その法律の手続き上、その子の「名前」が必要だから、出産した少女に名前をつけてくれ、とナディーヌとイリスが頼みます。少女は悲しみのあまり、もうこのことは忘れたいから、放っておいてほしい、とその頼みに応じません。しかたなく、二人の捜査官は勝手にこの死にゆく嬰児に名前をつけるのですが、イリスはその子に「イリス」と名付けるのです。この時に、イリスのストレスは死にゆくレヴェルまで達していたのだ、とあとでわかる映画です。  
 出演している未成年者たち(被害者も犯罪者も)はすべて、かなり残酷な演技を要求されています。この残酷な少年少女像は、おそらくマイウェンに親しいものでしょう。親に愛されない、親から祝福されない子供たち、親や大人たちから痛めつけられる子供たち、これらの未成年者たちの前で、必死に闘っているBPMの男と女。ナイーヴな美談になりえない映画です。
(→)公式サイト

(↓)予告編