2011年3月29日火曜日

埴生の宿も わが宿



DICTAFONE "HOME"
ディクタフォン『ホーム』


 ダンカン・ロバーツはいつも突然やってくるのです。住んでいるところが私の事務所の近くなので,前もって電話するでもなく,気が向いた時にふらっとやってくるのです。もう7-8年のつきあいでしょうか。ダンカンはスタジオ・エンジニアの仕事をしながら,自分のレーベルSPOZZLE RECORDSを運営して,これまで4つのバンドをプロデュースしていて,そのバンドのひとつがダンカン自身がリーダーであるディクタフォンなのです。
 今自分のブログを検索したら,以前にもダンカンについて2008年2月26日に紹介してました。そこで映画『007 慰めの報酬』(2008年)のボンドガール,オルガ・キュリレンコのアルバムをプロデュースして,ダンカンは大きく業界にクローズアップされることになるはず,という話を書いてましたが,そんなものどこに消えたやら...。
 2006年のディクタフォンのアルバム『チョコレート・キング』は,今でも時々聞く私の数少ない「英語」愛聴盤のひとつです。このアルバムは英国カドバリー・チョコレートで働いていたというダンカンの親父さんに捧げられたものですが,チョコレートの王になるために試食で歯をダメにして総入れ歯になった男のストーリーです。その頃ティム・バートン映画『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)も話題でした。実は私は2004年に上歯も下歯も入歯人間になったのですが,ダンカンはそれも知っていて,若くして入歯になった私にもこのアルバムを捧げてくれたのでした。(アルバムの裏ジャケのウィスキーグラスに入った入歯は私からインスピレーションを受けたそうです)。
 そういうアルバムなので,なんとかしてちゃんとした形で日本に紹介できないものか,といろいろ手を尽くしたのですが,果たせませんでした。

 ダンカンがディクタフォンの新しいアルバム『ホーム』のデモ盤を持ってきてくれたのは2009年の春だったと思います。もうCDで出す金銭的余裕なんかないから,ダウンロード配信だけで,と言っていたのですが,2年間よく辛抱してちゃんとCDアルバムとして製品化しました。
 これらの曲を作っていた頃のダンカンは,オーストラリア人の奥さんとの間に男児をもうけたという事件があり,アルバムタイトル通り「ホーム」ができていった時期でした。"A LITTLE LESS ALONE THAN BEFORE"(1曲め)(以前よりもちょっとだけ孤独じゃなくなった)というのも,そういう文脈で読めます。
 デビューアルバムから一貫してXTC,クラウディッド・ハウス,ディヴァイン・コメディー系のソングライティングを得意としてきたダンカンが,パパになってどう変わったか,というのがこのアルバムの聞きどころですが,熟したという感じが私の第一印象です。その代わりモーツァルト的に次から次に憎いメロディーが連鎖する,という前作までのダンカンの得意技が影をひそめてますが。アルバムはパリで録音され,ミックスはロサンゼルスでケン・スコットによってなされています。このケン・スコットの輝かしい経歴はリンクしたウィキペディアで見ていただきたいですが,ビートルズ『ホワイトアルバム』のサウンドエンジニア,ボウィー『ジギー・スターダスト』のコ・プロデューサーだった人です。道理で熟しちゃったわけですね。
 ダンカンのひとりバンドっぽかったディクタフォンが,今回はちゃんと4人バンドの音がしていて,これも「ホーム」効果かな,と思わせます。最後にこれまでのディクタフォンにはなかった,もろスティーリー・ダン寄りの「ナイトバス」(11曲め)がゆるめレイドバックな6分47秒で,そろそろ脱ディヴァイン・コメディーの時期かな,などと次作を期待させるエンディングです。
 (内容に関しては後日もう少し書き足します。)

<<< トラックリスト >>>
1. A LITTLE LESS ALONE THAN BEFORE
2. IAM 5AM
3. HOME
4. SPACE
5. I'M HAPPY YOU'RE HAPPY
6. CHINESE BLUE
7. I FANCY YOU LIKE ME
8. THE SCIENTIST
9. LAUGHING JACK
10. CARDBOARD DOG
11. NIGHTBUS

DICTAFONE "HOME"
SPOZZLE CD SP10
フランスでのリリース : 2011年5月9日


試聴はMYSPACE/DICTAFONEで。
 

2011年3月23日水曜日

Choeur は coeur なり,と。



 久々にサントラ盤のライナーノーツの仕事を受けました。2010年カンヌ映画祭の大賞を取り,2011年セザール賞も最優秀作品賞(+2部門)に輝いたグザヴィエ・ボーヴォワの『神々と男たち(Des Hommes et des Dieux)』(どうして原題と邦題で人と神の順番が逆なのかしら)です。映画は3月から日本上映されているので,概要は日本の公式サイト『神々と男たち』をご覧ください。
 ちょっとこれからここに書くのはライナーの下書き的なものになると思いますが,サントラ盤を聞き,映画のDVDを見た感想みたいなものを思いつくまま。
 アルジェリアの首都アルジェから90キロ南にある山岳地帯に,映画の舞台ティビリン修道院はあります。シトー修道会によって1938年に建てられたこの修道院で共同生活を送っている8人のフランス人修道士たちの1993年から1996年までの日々をこの映画は追います。最後はイスラム原理主義武装集団GIA(の犯行とされていますが,謎の部分があり確定はしていない)によって7人の修道士が誘拐され,暗殺されるという悲劇が待っています。
 その背景にある状況を説明すると,91年のアルジェリア初の普通選挙で圧勝したイスラム救国戦線(FIS)を,軍部によるクーデターが制圧し,選挙が無効化され,FISは非合法/解散を余儀なくされ,その勢力が地下で武装化して反政府テロ活動を開始し,イスラム武装集団(GIA)と政府軍との戦闘は多くの市民の巻き込んで,92年から約10年間に10万人を越す犠牲者を出すという,文字通りの内戦状態でした。GIAの標的は政府側だけでなく,イスラムの教えに背くすべての者を粛清するものであり,外国人,異教徒などに多くの犠牲者を数えました。
 徐々に激化していくGIAのテロ,これがこの映画の通奏低音です。当然これは映画の進行と共にクレッシェンドしていきます。修道院の近くの村でクロアチア人労働者がイスラム原理派集団によって襲われ,喉を切られて殺されます。修道院まで魔の手が伸びるのは時間の問題と誰もが思います。アルジェリア政府とフランス大使館が修道士たちに避難帰国を勧告します。躊躇する修道院長クリスチアン(ランベール・ウィルソン)に両国の役人たちは強制帰国を辞さぬと脅してきます。
 修道士たちは迫り来る脅威に,初めは院長の独断で留まるか去るかを決めてはならぬ,と合議制を提案します。修道士たちの中には立ち去ることを希望する者もいました。
 ここからサントラの話です。このサントラ盤はそれだけ聞くとよくわからないかもしれません。セリフのトラックが2つ。そしてクライマックスとして修道士たちの「最後の晩餐」に流れるチャイコフスキーのバレエ音楽『白鳥の湖』のトラックが終盤にあります。あと11トラックは修道士8人によって無伴奏で歌われる聖歌です。
 ちょっと聞いただけで,これは数年前から時々驚異の売上を記録する一連の「XXX修道院のグレゴリオ聖歌」とは違うということはわかります。歌唱のうまい下手ではない,合唱のユニゾンは一糸乱れることなしなどということはなく,一糸も二糸も乱れても構わない,私たちはここですべすべしたレコード録音を聞いているのではなく,生身の人間たちの声を聞いているのだ,ということに気づきます。これは既にレコード/CD化された録音を借りてきたものではありません。この映画に修道士として出演した8人の俳優たちが歌っているのです。すなわち,ランベール・ウィルソン,ミカエル・ロンダル,オリヴィエ・ラブールダン,フィリップ・ローデンバック,ジャック・エルラン,ロイック・ピション,グザヴィエ・マリー,ジャン=マリー・フラン。この8人の中で,歌唱の勉強をし,プロとして歌った経験があるのはランベール・ウィルソン(ミュージカルにも出たことがあるし,CDアルバムも出している)だけです。
 この聖歌合唱のコーチとなったフランソワ・ポルガールは,このサントラ盤の解説で,経験のない俳優たちに2ヶ月間徹底した歌唱訓練を行ったと記しています。その目的は合唱の完成度を高めることではなく,実際の修道士たちの生活により近づけることだった,とも書いています。修道士たちの日課の中でこの合唱は重要な位置を占めます。ランベール・ウィルソンもこのサントラ盤の解説を書いていて,その役作りのために他の俳優たちと訪問したある修道院では,一日に7回の礼拝に修道士たちはのべ4時間も歌い続けている,と証言しています。おそらく俳優たちはそれに近い歌唱訓練を繰り返しながら,映画撮影に臨んだはずです。
 ここが映画のマジックです。俳優たちが合唱練習を繰り返すことによって,修道士たちにどんどん近づいていくわけです。共同生活をし,共同で歌うこと,13曲あったという挿入賛美歌が,一曲一曲歌として出来上がっていく課程で,俳優たちは心がひとつになっていく,という神秘的な体験をしているのです。
 これはフランスではよく言われることですが,合唱を指す言葉「Chœur」 ([kœr]無理にカタカナ読みをふると「クール」)は,心,心臓を指す言葉「Cœur」と同じ発音なのです。翻って,ひとつの合唱団はひとつの心,と例えられるのです。
 それと映画は同じ進行をしていくのです。つまり,テロの脅威に曝され,修道士たちの心は最初バラバラなのです。ここを去って違う場所で神に仕える仕事を続けたい,いや,神に命を捧げたのだから,留まるべきか去るべきかは神の意に問いたい...。ひとりひとりの意見の違いもあり,ひとりの人間の中での葛藤もあります。映画は修道士たちの議論と問答の間あいだに聖歌のシーンを挟んでいきます。聖歌のひとつが終わる度に,何か小さな変化があるのです。その聖歌も,最初はユニゾンの比較的単純なメロディーのものに始まり,徐々に複雑な音階が加わり,難しい息継ぎが要求され,高音の限界から低音の限界までを使い,二声のポリフォニー,三声のポリフォニー...難度をどんどん極めていきます。1曲1曲と進むうちに,その歌の神への祈りの言葉のように,修道士たちはひとつになって神に近づいていくのです。
 その果てに彼ら8人は,全員この修道院に留まることに同意するのです。それは皆が殉教を覚悟したということでもあります。
 その同意の夜,彼らは葡萄酒の栓を抜き,「最後の晩餐」を催すのです。たぶんその1本しかなかったのでしょう,カセットテープを古いラジカセに入れ,スタートボタンを押すと,チャイコフスキーの『白鳥の湖』が流れてくるのです。陳腐と言わば言え。この聞き古されたロマンティックな旋律をバックに,修道士たちはそれまでにない顔で談笑し,飲み,黙考し,また談笑し,というシーンになり,観る者はここで大粒の涙を流すことになるわけです。

 この映画は歴史的事件を題材としているため,ある種「予め結末を知らされた映画」です。ただここまで述べておわかりの通り,事件の真相を追求したり,政治的問題に言及したりする映画では全くありません。この映画がこれほどまでの感動と反響を呼んだのは,バレエ『白鳥の湖』が善悪・聖俗の二元の問題を劇的に音楽化した舞踊劇であったように,神の位置と人間の位置が縮まっていくことを合唱音楽で表現することができた「音楽映画」だったからではないか,と結論したいのです。さて,これからどんな原稿が書けますでしょうか。

(↓日本語版の映画予告編)


(↓修道士たちによって歌われる聖夜典礼歌 "Voici la nuit")

 

2011年3月14日月曜日

『ジャン・フェラ広場』に一票を



 私の事務所のあるパリ11区オーベルカンフ通りと,その続きで北に昇っていくパリ20区のメニルモンタン通り,西からベルヴィル大通り,東からメニルモンタン大通りが交差する広場の大改修工事が2008年から行われています。地下鉄2号線のメニルモンタン駅を上がったところの広場です。この広場とメニルモンタン駅前にできる緑地スクエアの名称をパリ11区と20区の区役所が一般市民の投票で決めるそうで,11区側の住民投票が2010年10月から11月に行われ,20区側の投票が今行われていて〆切が3月31日になっています。

★広場の名前の3候補:
- マレック・エデルマン(Marek Edelman)(1919-2009 ポーランドの心臓科医師。1943年ワルシャワのゲットー蜂起の指導者のひとり。)
- ジャン・フェラ(Jean Ferrat)(1930-2010 フランスの作詞作曲家歌手。今も山は美しい。)
- クロード・レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Straus)(1908-2009 フランスの社会人類学者。悲しき熱帯。)

★緑地スクエアの名前の3候補
- ジャンヌ・アヴリル(Jane Avril)(1868-1963。ベルヴィル出身のフレンチ・カンカン・ダンサー。ロートレックの絵のモデル)
- ルイーズ・ブルジョワ(Louise Bourgeois)(1911-2010 フランス出身のアメリカの彫刻家。巨大な蜘蛛のママン)
- ニーナ・シモン(Nina Simone)(1933-2003 アメリカのジャズ歌手。My Baby Just Cares for Me)

 この投票権は20区民に限られるのでしょうか?
 一応紹介しますと,20区役所のオンラインの投票用紙はここにあります。私は自宅ブーローニュの住所を使って投票しました。投票用紙の第2ページには氏名/住所を書くところがありますが,外国の名前も入っているので,日本からでも投票できそうな感じです。
 私は当然「ジャン・フェラ」と「ニーナ・シモン」に投票しました。皆さんもぜひ。

2011年3月2日水曜日

ニコル・ルーヴィエ再び



NICOLE LOUVIER "Chante..."
ニコル・ルーヴィエ 『ニコル・ルーヴィエは歌う』


 2008年にILDから音源復刻されたニコル・ルーヴィエの『Nicole Louvier et ses chansons 1953-1957』と彼女の来歴については,拙ブログ2008年12月25日に詳しく書いておりますのでそちらをご参照ください。
 その続編にあたるこのCDは,1959年から65年までの録音が収められています。この間の大きな事件のひとつとして1958年の日本公演があります。その年の10月から12月まで,ニコル・ルーヴィエは東京,大阪,京都,奈良から九州まで巡演しています。読売新聞社,新芸術家協会,労音などが主催者になっているこの日本ツアーは,当時日本でそれほど知られているわけではないルーヴィエにとっては,自分のレパートリーだけでショーを組むことはまず不可能でした。そこでいわゆるシャンソンの「スタンダード」(「枯葉」「ミラボー橋」「河は呼んでいる」...),ルーヴィエはその他人作のシャンソン名曲集を録音します。そのうちの8曲がこのCDに収められています。
 ジョルジュ・ブラッサンス作の「エレーヌの木靴(Le sabot d'Hélène)」(7曲め),「俗人たち(Philistins)」(詩ジャン・リシュパン,曲ブラッサンス)(13曲め),シャルル・トレネ作の「くるみの実(Une noix)」(9曲め),レオ・フェレ作「限りなき愛 (Notre amour)」(14曲め),19世紀詩人ギャロップ・ドンケール作のシャンソン「鳥を怖がらすのは (Ca fait peur aux oiseaux)」(12曲め)。
 そして映画音楽の2曲,ジャン・ルノワール監督の『恋多き女(Elena et les hommes)』(1956年。イングリッド・バーグマン,ジャン・マレー主演)の主題歌としてジュリエット・グレコが歌った「ミアルカ」(8曲め),マルセル・カルネ監督の『悪魔が夜来る(Les visiteurs du soir)』(1942年。アルレッティー,マリー・デア,アラン・キュニー主演)の挿入歌でその脚本を書いたジャック・プレヴェールの作詞による「悪魔と奇蹟」(Demons et Merveilles)」(10曲め)。
 また『北ホテル』(マルセル・カルネ)、『巴里祭』(ルネ・クレール)などの映画音楽の作曲家として知られるモーリス・ジョベール(1900-1940)が、ジャン・ジロドゥーの劇作品『テッサ』(1934年)のために作った声楽曲「テッサの歌」(11曲め)は、50年代にミッシェル・アルノーやジャック・ドゥエ等に歌われ、シャンソンとしてスタンダード化しましたが、この悲しい歌は2003年にヴァレリー・ラグランジュとバンジャマン・ビオレーのデュエットによってもカヴァーされています。
 これらの録音に関しては,自作自演とは違った,歌唱家としてのニコル・ルーヴィエという面が問われるわけですが,後年のフランソワーズ・アルディのように,誰の作品を歌ってもメランコリックでアンニュイなアルディ節になってしまう,という事情とニコル・ルーヴィエは違うと思います。というのはいわゆる「シャンソン」が大衆アートの高尚な部分を担っていた(例えばプレヴェール,ヴィアン,コクトー,サルトル等がシャンソン詩を書いていた時代ですから)頃のシャンソンが持っていた折目正しさと,そのシャンソンが抱えたパワーやヴァリューをルーヴィエはその声を通して伝えるという大変な役目を負ったからなんですね。ルーヴィエ独特の女性トルバドゥール的な持ち味が,これらの歌でやや隠れはするものの...。
 その他に日本のファンへのサービスで「ミアルカ」と「河は呼んでいる(L'eau vive)」(同名映画音楽,ギ・ベアール作)が58年来日時に日本語で録音され,来日記念盤になりましたが,そのうちの「ミアルカ」だけがこのCDに収録されています(17曲め)。この「ミアルカ」も全編が日本語というわけではなく,歌詞一番のみで,あとはフランス語です。そして「河は呼んでいる」(日本語)がこのCDに入らなかったのは,作者ギ・ベアールの許諾が得られなかったため,とILDのイーヴ=アンリ・ファジェが私に説明しました。とても残念です。
 2008年のCDに収められていた2曲が1959年の再録音ヴァージョンで収録されていて,ニコルの15歳の時の作品とされる「知らせの途絶えた私のいい人(Mon p'tit copain perdu)」(5曲め)と,「ムッシュー・ヴィクトール・ユゴー」(6曲め)で,共にジャック・ルーシェ(かつてジャズピアノトリオでバッハを演奏する "Play Bach"シリーズで人気のあったピアニスト)の楽団によるバッキング。
 
 私はどちらかと言うと他人の曲や再録音よりも,自作曲のオリジナル録音に興味があるのですが,その意味ではこのCDで初めて聞くオリジナル曲は(1)(2)(3)(4)(15)(16)(18)(19)(20)(21)の10曲のみになります。

何ごとも偶然によるものはない
 出会いも出発も
 たとえ何が起こってもあなたが舵取りだってことを忘れないで
 何ごとも偶然によるものはない
 
 春はいつも決まった時に来るけれど
 窓を開くのはあなた
 あなたが春に扉を開いてあげて
 あなた自身が与えられた幸運をつかむのよ
             (Rien n'arrive par hasard)(2曲め)

CD18曲めから21曲めまでの4曲が,1965年発表の4曲入りEPで,シャンソン歌手マルセル・ムールージ(1922-1994)が設立した独立レコード会社ディスク・ムールージへの録音で,オフィシャルにはこれがニコル・ルーヴィエ最後のレコードになります。この4曲はジャック・ブレルの編曲者として知られるフランソワ・ローベ(1933-2003)の楽団の伴奏です。この4曲に関しては,もうちょっと聞き込んで,日本配給の際のライナーに詳しく書いてみようと思っています。
 というわけで,最後の録音まで入ってしまったので,もうこの先ニコル・ルーヴィエのCD復刻はないのか,と思われましょうが,このCDには1960年から64年の録音が抜けているのです。その頃の録音は1964年に30センチLPアルバム"CHANSONS CLES"(Decca)という編集盤にまとめて14曲入っています。その中に伝説の「奈良に吹く風 (le vent de Nara)」も入っていて,次のCD復刻はこの14曲が中心となってまとめられるであろうと確信しています。(パブリックドメインに落ちるまであと4年待つ必要がありますが)。
 なお,このCDにはボーナスが4トラック入っていて,当時の「女歌」の大御所リュシエンヌ・ドリールによるルーヴィエ曲2曲のカヴァー,ルーヴィエを一躍有名にした1953年のドーヴィルのシャンソン・コンクールの優勝曲「誰が私を解き放ってくれるの? Qui me délivrera ?」を同コンクールで歌ったノエル・ノルマンのヴァージョン,そしてギュス・ヴィズール,ジョー・プリヴァと並んでスウィング・アコーディオン界の名手中の名手,トニー・ミュレナのヴァージョン。こうやって聞くとメロディーの美しさが際立ちます。

<<< トラックリスト >>>
1. Hélène (1959)
2. Rien n'arrive par hasard (1959)
3. L'Important (1960)
4. Quelque part ailleurs (1960)
5. Mon p'tit copain perdu (1959)
6. Monsieur Victor Hugo (1959)
7. Les Sabots d'Hélène (1959)
8. Miarka (1959)
9. Une Noix (1959)
10. Démons et merveilles (1959)
11. La chanson de Tessa (1959)
12. Ca fait peur aux oiseaux (1959)
13. Philistins (1959)
14. Notre amour (1959)
15. Sur la route immense (1959)
16. Elle est la... (1959)
17. Miarka (日本語)(1958?)
18. Bonjour mes trente ans (1965)
19. Le village que tu sais (1965)
20. Enfants des temps futurs (1965)
21. Il parait qu'hier (1965)
(Bonus tracks)
22. Qui me délivrera ? (par LUCIENNE DELYLE) (1954)
23. Mon p'tit copain perdu (par LUCIENNE DELYLE) (1954)
24. Qui me délivrera ? (par Noëlle Norman) (1953)
25. Qui me délivrera ? (par Tony Murena et son ensemble) (1953)

NICOLE LOUVIER "CHANTE ..."
CD ILD 642310
フランスでのリリース:2011年3月14日


(↓ニコル・ルーヴィエ作詞作曲の新年を迎える歌 "ELLE EST LA...")

 


 

2011年3月1日火曜日

雪のヴェネツィア入り舟ダフネ



Daphné "BLEU VENISE"
ダフネ『青きヴェネツィア』


 紹介が遅れてしまいました。(2月7日リリース)。悔しい。こういうアルバムは誰よりも先に聞いて,誰よりも先に絶賛したかったです。テレラマのヴァレリー・ルウーが「ffff」つけて,バンジャマン・ビオレーの『ラ・シューペルブ』に匹敵すると褒めちぎったあとで,私に何が言えまっしょう。
 ダフネは1974年中央山塊クレルモン・フェラン生れの女性シンガーソングライターです。ジャン=ルイ・ミュラ同様「山の人」です。彼女の才能を最初に認めたのは売れっ子SF作家ベルナール・ヴェルベールであるとされています。その後バンジャマン・ビオレーと邂逅してレコード会社と契約。2005年ファーストアルバム『エムロード(Emeraude)』(カミーユ・ロカイユーのプロデュース,バンジャマン・ビオレーが編曲で参加)。2007年セカンドアルバム『カルマン(Carmin)』(これはV2ジャパン/コロムビア・ミュージック・エンターテインメントから日本盤が出たはず)が,同年のコンスタンタン賞を獲得。とは言っても,ヒット曲が出たりアルバムの売上がびっくりするものだったりということではなく,オリヴィア・ルイーズやカミーユのような派手なスポットライトを浴びたりということもなく,確かな評価だけは手中に収めたという良い結果だったと思います。00年代のそういう女性アーチストでは,バベット,エミリー・ロワゾーと並んでダフネは日本語の「音楽家」という肩書きが似合う人です。

 『エムロード』(緑),『カルマン』(紅)に続いて,3作目は「青」なのです。『青きヴェネツィア(Bleu Venise)』は水色のアルバムです。デビューした時から,この人の声はスティーナ・ノルデンスタムと比較されることが多く,そのイメージからか,私はダフネにまとわりつく「北欧性」がとても気になっていました。で,今回のヴェネツィアですが,2曲目に(とてもスティーナ・ノルデンスタム風な)「雪のヴェネツィア (Venise sous la neige)というのが来ます。夜行列車でヴェネツィアに着いたら,気温零度,二人は雪のヴェネツィアでラスト・タンゴを踊る,という歌です。大気が変わっちゃいますよね。青いヴェネツィアはフィヨルド海岸に飛び地してしまったような。
 美しい冬のブルーです。ジャケットアートは手品師か催眠術師のようなダフネが,私たちに呪文をかけて,ヴェネツィアを印象派的近視眼風景にして眠りの中に誘い込もうとしているかのようです。水も空も寒いブルー。
 ヴェネツィアはいろいろな意味で特別な場所でしょう。実は私はヴェネツィアに行ったことがありまっせん。妻も娘も行ったことがあるのに,私はない。おセンチでチープな浪漫主義ですが,ヴェネツィアに行くというのは「二人で」という限定があるように私は構えてしまうわけです。その「二人」というのもただの二人でないことは言うまでもありまっせん。そう思っているから,私は一生ヴェネツィアに行けないような気もしています。
 それぞれ皆ヴェネツィアに思うことは違うでしょうが,ダフネのヴェネツィアはブルー。そのトーンでまとめられた,夢幻的でメランコリックなアルバムです。この雰囲気づくりに大きく加担しているのがプロデューサーであるラリー・クライン(ジョニ・ミッチェル,メロディー・ガルドー,マドレーヌ・ペイルー...)の超繊細なアレンジメントでして...。その上7曲で20数名のストリングス・オーケストラが霧雨か小雪のような震える弦の音で介入し,その編曲指揮はヴィンス・メンドーサ(ジョニ・ミッチェル,ビヨーク,エルヴィス・コステロ...)。ヴィスコンティ映画のように細部の隠し味が心憎いバッキングです。
 ワルツが3曲("Mélodie à personne","The Death of Santa Claus", "Portrait d'un vertige")。どれもゆったりした三拍子ながら,少し回っただけで悲しみの目眩がおこりそうな魔力。
私は懸崖のふちで暮らしている
大風が吹く日はとても危険
あなたは危険を冒すことを知らない
愛することの危険を
    ("Portrait d'un vertige")

 そして深い憂愁の曲は11曲めにやってきます。"L'Un dans l'autre"。
あなたと私は
からみついたひとつの音符のように
ひとつに重なりあっていた
今となってはどうでもよいこと
私たちは抗うことができずに
一緒にいただけのこと
    ("L'Un dans l'autre")

ささやく高音域ヴォーカルで吐露される過去のこと。私はこういう悲しみが好きです。
 13曲36分。凝縮されてます。たぶんどんな季節に聞いても冬を想わせるアルバムでしょう。聞き終わってふと外を見ると窓ガラスが曇っていて,すべてが青白くなる,そういうアルバムです。

<<< トラックリスト >>>
1. L'appel
2. Venise sous la neige
3. Où va Lila Jane ?
4. Mélodie à personne
5. Moi plus vouloir dormir seule
6. Oublier la ville
7. The Death of Santa Claus
8. Chanson d'Orange et de désir
9. L'homme à la peau musicale
10. Portrait d'un vertige
11. L'un dans l'autre
12. Even orphans have a kingdom
13. Hors temps

DAPHNE "BLEU VENISE"
CD V2/UNIVERSAL 2758963
フランスでのリリース:2011年2月7日


(↓ダフネ "Portrait d'un vertige" ミニクリップ)



PS : 3月4日
(↓これも低予算ミニクリップで途中でフェイドアウトですが、アルバムで最も美しいワルツのひとつ "Mélodie à personne")


(↓ヴァレリー・ルウー女史が「ffff」で絶賛したテレラマ誌のためのスタジオ・セッション "Mélodie à personne")