2011年10月10日月曜日

ジュークボックスで指を鳴らす男



"INTEGRALE SERGE GAINSBOURG ET SES INTERPRETES 1957-1960"

『セルジュ・ゲンズブールとその演奏者たち全録音集 1957-1960』

 セルジュ・ゲンズブール(1928-1991)の歌手デビュー期の音源が,発表から50年を過ぎてパブリック・ドメインに落ちたために,所属レコード会社(Philips/Universal Music)でなくてもこの音源を使ってCD製品が作れるようになりました。既に数社がゲンズブール初期作品集を出していますが,このフレモオ&アソシエ社から11月に出る3CDセットは「Intégrale(アンテグラル)」をタイトルにしています。つまり完全録音集をうたっているわけですね。ミソはゲンズブールだけでなく「Ses Interprètes(その歌手/演奏家たち)」を含むという点で,ゲンズブールが曲を提供した歌手たちや楽団のトラックも入っているのです。3CD66トラック中,ゲンズブール自身の歌およびゲンズブールが録音に関与している曲は46トラックで,20トラックは他の歌手/演奏家/楽団の録音です。水増しと言うなかれ。これが示しているのは、ゲンズブールの作詞作曲家としての評価の高さはかなり早い時期からあったということです。この3CDセットで「リラの門の切符きり Le poinconneur des Lilas」が、8つのヴァージョンで収録され、そのうち5つが他のアーチストたち(ユーグ・オーグレイ、ジャン=クロード・パスカル、レ・フレール・ジャック...)による録音であることを知る時、それは大衆的なヒットとならなかったにしても、もうプロの間でなかばスタンダード化していたのだ、と了解できます。
 とかく私たちが思いがちなのは、この時期のゲンズブールというのは売れない下積み時代ということになりましょう。エリザベート・レヴィツキーと住まいを転々と変えながら、ボヘミアンのような生活をしていたとされていますが、レヴィツキー自伝から読み取れるのは絵はほとんど描かず、ピアノバーで日銭を稼ぐ男の姿です。初めてシャンソンを書いたのは20歳頃とされ,それがJulien Grix(ジュリアン・グリックス)という変名でSACEM(著作権協会)に登録されたのは1954年のことです。
 同じ1954年にゲンズブールがギタリスト兼ピアニストとして雇われた右岸のキャバレー「ミロール・ラルスイユ」の看板女性歌手ミッシェル・アルノーが、その運命を変えたのかもしれません。ゲンズブールが一方的に恋慕していたようですが、最初冷淡だったアルノーがこの若いギタリスト(そうです、まだ26歳だったんです)が作詞作曲をしていると聞き、急に興味を持ち始めます。そしてゲンズブールにたくさん曲を作って自分のレパートリーを作り,それを自分で歌うように進言します。自分で作詞することに自信のなかった彼は,1956年にセルジュ・バルトレミーという大蔵省役人と出会い,その詩編のいくつかを見て,1編だけ気に入って曲をつけたのが「ロンサール58 (Ronsard 58)」でした。バルトレミーの詩のもう1編に「急げよメトロ (Metro au trot)」というのがあり,それが「リラの門の切符きり」のインスピレーションの源となったと言われています。しかし他のバルトレミーの詩に面白みを感じないゲンズブールは,自分ひとりで作詞作曲することを選びます。
 曲が溜まり,ミッシェル・アルノーの後押しで,「ミロール・ラルスイユ」のオーナーはゲンズブールを前座新人歌手として舞台に立たせます。その初めての夜,ゲンズブールは「俺の可愛い女奴隷たち(Mes petites odalisques)」と「リラの門の切符きり」の2曲をガチガチの直立不動で歌ったことになっています。この3枚組CDのフレデリック・レジャンによるライナー・ノーツによると,その夜,キャバレーの中に駆け出しの歌手だったユーグ・オーフレイがいて,「リラの門の切符きり」の歌詞とコード進行を夢中で書き写し,次の夜,自分が出演したキャバレーで歌った,と記されています。
 その才能を確信したミッシェル・アルノーはゲンズブール曲を2曲("Douze belles dans la peau"と"La recette de l'amour fou")を1958年1月に録音し,その2曲の入った4曲入りシングル盤は1958年3月に発売されます。これがゲンズブール曲の初レコード化です。それと前後して「ミロール・ラルスイユ」にレコード会社フィリップスのスカウトマンが訪れ,1958年2月に同社ディレクターのジャック・カネティを前にオーディションが行われ,その結果ゲンズブールはフィリップスと契約します。9曲入りの10インチアルバム『Du Chant à la une!(一面トップの歌)』は1958年の6月と7月に録音され,9月に発売されます。これがゲンズブール自身の初のレコードです。
 その発売を待たず,ミッシェル・アルノーの歌などによってゲンズブールの噂はシャンソン界に広まり,ジャン=クロード・パスカル,イヴ・モンタン,フィリップ・クレイなどがゲンズブールの歌を歌いたいと申し出ます(しかし,モンタンとクレイは実際には録音しません)。ジャック・カネティはレ・フレール・ジャックとゲンズブールを引き合わせ,レ・フレール・ジャックは「リラの門の切符きり」をシングルで録音し,58年9月に発売しています。
 この時期の重要な出会いは編曲者/楽団指揮者のアラン・ゴラゲールです。ボリズ・ヴィアンとの仲から,ヴィアンの編曲/伴奏をしていたゴラゲールのことは知っていましたが,このフィリップスとの契約で本格的なゲンズブール/ゴラゲールのコラボレーションが始まります。このCD3枚組には最初のアルバム『Du Chant à la une!(一面トップの歌)』の編曲/伴奏に始まり,アラン・ゴラゲール楽団としてゲンズブール曲4曲を(主にダンスホール用に作られるインストルメンタル・レコードとして)ビッグバンド・ジャズ化した4曲シングル盤『Du Jazz à la une(一面トップのジャズ)』,そしてゲンズブールと共同で担当した映画音楽『山小屋の狼(Les loups dans la bergerie)』(1960年)と『唇によだれ(L'eau à la bouche)』(1960年),また珍品としてゴラゲール楽団のラテン風変名,ロス・ゴラゲロス(Los Goragueros)名義の録音によるゲンズブール曲「マンボ・ミャム・ミャム」なども収められています。
 ゲンズブール自身の録音では9曲入り10インチLP『Du Chant à la une!(一面トップの歌)』(1958年),8曲入り10インチLP『NO.2』(1959年),LP未収録のシングル曲『La jambe de bois - Friedland (木の義足-フリードランド)』(1959年),そして4曲入りシングル盤『Romantique 60 (ロマンティック60)』(1960年)がフィリップス正規盤の録音として収録されています。その他にラジオ公開録音のテープとして,1957年12月に「ミロール・ラルスイユ」でライブ録音され,58年1月にラジオParis-Inter(現在の国営France Inter)で放送された「俺の可愛い女奴隷たち(Mes petites odalisques)」,同じく1958年5月にアリアンス・フランセーズで公開録音され,同年6月にラジオParis-Interで放送された「リラの門の切符きり」他2曲(この時のピアノ伴奏がセルジュの父親であるジョゼフ・ギンズブルグ)という貴重でレアな録音が収められています。
 またジャック・カネティが経営していた小ホール「トロワ・ボーデ」での1959年のゲンズブールのライヴ録音「リラの門の切符きり」(CD2の1曲め)を聞くと,1年間でずいぶんとこの歌への肉付けがしっかりしたもんだ,と感心します。すでにスタンダードの貫禄があります。そのシャンソンの肉付けやニュアンスや色彩の盛りつけということで言えば,CD2に5曲収められたジュリエット・グレコによる録音が格別です。グレコが歌うことによって,これほど膨らみが出るのか,と驚かずにはいられません。
 ですから,他人の録音が入っているということは,このCD3枚組には大変有効なのです。早くもゲンズブール世界の広がりがこの時期にあったことの証言なのですから。
フレデリック・レジャン筆のライナー・ノーツは詳細を極めていて,その周辺の録音についても詳しく言及しています。これをこのまま訳せば,ゲンズブール研究者には大変貴重な資料になるはずです。ぜひ日本で紹介されることを希望します。
 おしまいに,1959年録音の『NO.2』の第1曲め『フィンガースナップの男(Le claqueur de doigts)』(CD3の1曲め)は,この3枚組CDのジャケットにも使われている,ジューク・ボックスの前で指を鳴らす男です。1956年にリトル・ウィリー・ジョンが歌い,1958年にペギー・リーの歌で世界的なヒットとなった『フィーヴァー(Fever)』のパクリとよく言われたりもしました。この指を鳴らす男,当時30歳。人はゲンズブールを「遅く来た男」と思いがちですが,今日的感覚の30歳では「早くから才能が開花した男」と思っていいのではないでしょうか。半世紀の時間差で,30歳は同じ価値ではないのでしょう。

<<< トラックリスト >>>
CD1   Serge Gainsbourg(1957) “MES PETITES ODALISQUES” - . Serge Gaomsbpirg (1958) “DOUZE BELLES DANS LA PEAU – “FRIEDLAND(LA JAMBE DE BOIS) - “LE POINCONNEUR DES LILAS” – “LA RECETTE DE L’AMOUR FOU” – Serge Gainsbourg/Du Chant à la Une(1958) “LE POINCONNEUR DES LILAS” – “LA RECETTE DE L’AMOUR FOU” – “DOUZE BELLES DANS LA PEAU” – “CE MORTEL ENNUI” – “RONSARD 58” – “LA FAMME DES UNS SOUS LE CORPS DES AUTRES” – “L’ALCOOL” – “DU JAZZ DANS LE RAVIN” – “LE CHARLESTON DES DEMENAGEURS DE PIANO” – Michele Arnaud(1958) “DOUZE BELLES DANS LA PEAU” – “LA RECETTE DE L’AMOUR FOU” – Jean-Claude Pascal(1958)”DOUZE BELLES DANS LA PEAU” – “LA RECETTE DE L’AMOUR FOU” – Hugues Aufray(1958)”LE POINCONNEUR DES LILAS” – “MES PETITES ODALISQUES” – (BONUS) Hugues Aufray(1958) “LE POINCONNEUR DES LILAS” en concert
CD2   Serge Gainsbourg/Opus 109 aux Trois Baudets(1959)”LE POINCONNEUR DES LILAS” - Serge Gainsbourg(1959) “LA JAMBE DE BOIS(FRIEDLAND)” – Les Freres Jacques(1959) “LE POINCONNEUR DES LILAS” – Alain Goraguer/Du Jazz a la Une “CE MORTEL ENNUI” – “LE POINCONNEUR DES LILAS” – “LA FEMME DES UNS SOUS LE CORPS DES AUTRES” – “DU JAZZ DANS LE RAVIN” – Michele Arnaud(1958)”LA FEMME DES UNS SOUS LE CORPS DES AUTRES” – “JEUNES FEMMES ET VIEUX MESSIEURS” – Simone Bartel(1959) “ DOUZE BELLES DANS LA PEAU” – Juliette Greco/Greco Chante Gainsbourg(1959) “IL ETAIT UNE OIE” – “LES AMOURS PERDUES” – “L’AMOUR A LA PAPA” – “LA JAMBE DE BOIS(FRIEDLAND)” - “ LA RECETTE DE L’AMOUR FOU” – Jean-Claude Pascal(1959) “LE POINCONNEUR DES LILAS” - Pia Colombo(1959)’DESENSE D’ENTRER” – Lucien Attard(1958) “LE CHARLESTON DES DEMENAGEURS DE PIANO” – Jacques Larsy et René Gary(1958) “DOUZE BELLES DANS LA PEAU” – Trumpet Boy(1959)”LE CLAQUEUR DE DOIGTS” – Los Goragueros(vo: Humberto Canto)(1959)”MAMBO MIAM MIAM”
CD3   Serge Gainsbourg/NO.2(1959)”LE CLAQUEUR DES DOIGTS” – “LA NUIT D’OCTOBRE” – “ADIEU CREATURE” – “L’ANTHRACITE” – “MAMBO MIAM MIAM” – “INFIFFERENTE” – “JEUNE FEMME ET VIEUX MESSIEURS” – “L’AMOUR A LA PAPA” – Michele Arnaud(1958) “IL ETAIT UNE OIE” – “RONSARD 58” – Serge Gainsbourg avec Alain Goraguer Orch(1960)/Bande originale du film LES LOUPS DANS LA BERGERE “GENERIQUE” – “FUGUE” – “LES LOUPS DANS LA BERGERE” –“CHA CHA CHA DU LOUP” – “LES LOUPS DANS LA BERGERE(fin)” – Serge Gainsbourg Avec Alain Goraguer Orch(1960)/Bande originale du film L’EAU A LA BOUCHE “BLACK MARCH” – “ANGOISSE” – “JUDITH” – Serge Gainsbourg/Romantique 60(1960) “CHA CHA CHA DU LOUP” – “SOIT BELLE ET TAIS-TOI” – “JUDITH” – “LAISSEZ-MOI TRANQUILLE - (BONUS) Francis Lemarque + Serge Gainsbourg(b.vo)(1959) “ELLE N’AVAIT QUE DIX-SEPT ANS”

"INTEGRALE SERGE GAINSBOUR ET SES INTERPRETES 1957-1960"
3CD FREMEAUX & ASSOCIES FA5335
フランスでのリリース:2011年11月

(↓)ジュークボックスで指を鳴らす男



追記(2011年10月12日) :

この3CDは「初CD化13トラック」とCD上のスティッカーと,裏ジャケのパトリック・フレモオの短文解説でうたわれています。しかしこれはCDの解説ではどの曲なのかが,明記されていません(少々不親切ですね)。そこでフレモオ社に問い合わせたところ,これまでCD未発表だった13トラックの詳細が送られてきましたので,以下に列記します。

SERGE GAINSBOURG
Concert à l'Alliance Française (1958)
CD1 - 2. Présentation par Roger Bouillot 〜
Douze belles dans la peau
CD1 - 3. Friedland (La Jambe de bois)
CD1 - 4. Le poinçonneur des Lilas
CD1 - 5. La recette de l'amour fou

HUGUES AUFRAY (1958)
CD1 - 21. Le poinçonneur des Lilas en concert

ALAIN GORAGUER ET SON ORCHESTRE - Du Jazz à la Une !
CD2 - 5. Le poinçonneur des Lilas
CD2 - 6. La femme des uns sous le corps des autres

SIMONE BARTEL (1959)
CD2 - 10. Douze belles dans la peau

JEAN-CLAUDE PASCAL (1959)
CD2 - 16. Le poinçonneur des Lilas

LUCIEN ATTARD ET SON ENSEMBLE (1958)
CD2 - 18. Le charleston des déménageurs de piano

JACQUES LASRY,SON ENSEMBLE ET RENE GARY (1958)
CD 2 - 19. Douze belles dans la peau

TRUMPET BOY (1959)
CD2 - 20. Le claqueur de doigts

LOS GORAGUEROS (chant : Humberto Canto) (1959)
CD2 - 21. Mambo Miam Miam

0 件のコメント: