2011年1月23日日曜日

恥ずかしながら、持ってないものが多い



Philippe Manoeuvre présente "Rock Français"
フィリップ・マヌーヴル編『ロック・フランセ』


 フィリップ・マヌーヴル(1954 - )は、月刊誌Rock & Folk(1966年創刊。日本のミュージック・マガジン誌より先輩)の現・編集長であり、ライター、作家、BD原作者、TVやラジオでの露出度も高く(M6のスター発掘番組「ヌーヴェル・スター」の審査員)、フランスで最も重要な「ロック・ミュージック」と「ポップ・ミュージック」のご意見番としての位置を不動のものにしています。私は長年のRock & Folk誌読者ですから、マヌーヴル節にはずいぶん影響を受けていると思います。フランスには同誌の他に1968年創刊のBESTという月刊誌があって、長い間、ロックファンは「ベスト派」と「ロック&フォーク派」に二分されておりました(「マガジン」と「ロッキンオン」みたいなもんです)が、2000年にBESTが廃刊して以来、40歳を越えた中高年ロック愛好者はRock & Folk、それより若い層はLES INROCKUPTIBLES(レ・ザンロキュプティーブル。1986年創刊。隔月刊→月刊→週刊という躍進ぶり)という新しい二大ロック誌時代に入っております。
 創刊時期にご注目ください。1966年です。「ロック・アラウンド・ザ・クロック」(1954年。フィリップ・マヌーヴルと私が生まれた年)をロック元年とすると、十二支で一回り後の午年です。ライト・ミュージック/ポピュラー・ミュージックの一ジャンル(一ダンスミュージック)だったものが一回りで成熟して、ある種小難しいことまでやってしまう音楽になった頃と言えます。つまり映画や文学や(音楽的先輩の)ジャズと同じように「批評されうる」分野になったから、こういう雑誌が出来たと考えられます。
 で、フランスには60年代初めから「イエイエ」という英語圏ロックンロール・カヴァーから発した流行音楽があり、これまで多くのロック・クリティックはこれを過小評価する、または卑下する傾向がありました。ジョニー・アリデイ、シルヴィー・ヴァルタン、リシャール・アントニー、シェイラ、ディック・リヴァース、エディー・ミッチェル、クロード・フランソワ等のフレンチ・シクスティーズは、同時期の英米のロック・クリエーターたちに比することなど出来ないという見方でした。ところが、それはまんざら捨てたものではない、という再評価は90年代頃から徐々にあらわれます。多分にそれはセルジュ・ゲンズブールという巨星の他界がきっかけになっていて、その時から私たちは生前うさん臭く思っていたこのアーチストの天才仕事を驚きと共に再発見していき、やがて彼の豊穣なる60年代期に遭遇します。一方エチエンヌ・ダオら90年代のポップ・フランセーズ派によるフランソワーズ・アルディへの熱烈なラヴ・コールがあり、フランスからも見えづらかった60年代スウィンギング・ロンドンでスーパースターであったアルディが急激にクローズアップされます。ゲンズブールとアルディは過小評価されていたフレンチ・シクスティーズに別の見方を余儀なくしたような感じがあります。だいたい私たちはラジオ・ノスタルジー(ナツメロFMの老舗ネットワーク)程度のことしか知らずに、ものを言っていたわけですが、表面的に見える事象の下に、何か別ものはあったはず、というおぼろげな思いはありました。その時代の音楽を総覧する60年代音楽ガイドやイエイエ本などを見ても、気にあるアーチストやアルバムはあり、復刻盤やYoutube画像で追いかけたりすることもあります。
 そのおぼろげな思いのひとつに「ジョニー・アリデイにも必聴ものがあるはず」というのがあるのですが、未だに出会っていません。「60年代フランスにもロックはあったはず」は、68年5月革命という事件の前後にレベル・ミュージックとしてのロックの台頭を容易に想像できるわけですが、ではその前は商業的なイエイエしかないのか、というとそうばかりも言えない。このマヌーヴル編のディスクガイド『ロック・フランセ』は、そういうものを解き明かしてくれる本です。
 副題に『ジョニー(アリデイ)からベベ・ブリュヌまで - 123枚の必須アルバム』とあります。セレクションはロック誌の観点ですから、オーヴァーグラウンド/アンダーグラウンド混ぜこぜで、現在流通されていないものは少なくなく、コレクター市場でも入手がほとんど困難のものもあります。大ヒット盤もあれば、私家版のような僅少プレス盤もあります。
 それをロック&フォーク誌のライター/元ライターだけでなく、リアルタイムでそのロック現場を体験した40数名の筆達者たちが1枚1枚について約100行のレヴューをします。パトリックとクリスチアンのウードリーヌ兄弟、ジェローム・ソリニー、エリック・ダアン、ジャン=ウィリアム・トゥーリー(この人のゲンズブール辞典は私もずいぶん使わせてもらってますが、この『ロック・フランセ』でも一番印象に残る書き手です)、ピエール・ミカイロフ、ルノードー賞作家のフレデリック・ベイグベデ、スカイドッグのマルク・ゼルマティ、ベルトラン・ビュルガラ、パスカル・コムラード、アントワーヌ・ド・コーヌ...。
 サイズは25 x 25センチ、いわゆる10インチ盤の大きさで、255ページ、ずっしり重い1.3キロです。右ページが全面ジャケ写、左ページにアーチスト/タイトル/トラックリストと100行レヴューがあります。構成は年代順で、1961年 LES CHATS SAUVAGES "LES CHATS SAUVAGES"に始まり、2009年 IZIA "IZIA"に終わります。
 私の興味はとりわけ60年代と70年代に集中するのですが、多くが未知の宝の山で、いかに私が「知ったようなふりをしていたか」をおおいに恥じ入らねばなりません。しかし聞いたことがないという事情は多くのフランス人にしても同様で、例えばP14-15で1962年盤として紹介されているLES BLOUSONS NOIRS (レ・ブルーゾン・ノワール)(拙ブログ2007年9月14日で紹介)は2007年にBORN BADがCD復刻するまでは誰も聞いたことがなかったはずです。65年ロニー・バード、66年アントワーヌ、66年ニノ・フェレール、66年ロング・クリス、このあたりのジャン・ウィリアム・トゥーリーの筆は冴えまくりで、68年にゲンズブールの初の「ロックアルバム」として『イニシャルズ・BB』を持ってきます。そして69年に編者マヌーヴル自らの筆でジョニー・アリディ"RIVIERE... OUVRE TON LIT"(河よ、おまえの寝床を開け)が、おそらくアシッド体験下で制作されたサイケデリック・ロックアルバムとして紹介されます。
 68年以降は案の定ラジカルなものが多くなり、ジェラール・マンセ、マグマ、ゴングなどが並ぶ中に、71年ムーヴィング・ゼラチン・プレーツ MOVING GELATINE PLATESという、ジャケ見ただけでマザーズ/キャプテン・ビーフハート系とわかるバンド(未聴。MUSEAレーベルから復刻盤あり)があったりして、絶対に入手せねばという気にさせます。ミッシェル・ポルナレフは71年の"POLNAREFF'S"のみが、パトリック・ウードリーヌ筆で紹介されてますが、私から見ても事実誤認が多く(例えば白ぶちメガネのメーカーの名前とか、「渚の思い出 Tous les bateaux tous les oiseaux」をポルナレフ・メロディーとするところとか)ちょっと残念。
 74年ジャック・イジュラン"BBH 75", 75年カトリーヌ・リベロ"(LIBERTES ?)", 75年アンジュ"EMILE JACOTEY", 75年エルドン"ALETEIA", 76年アルベール・マルクール"ALBUM A COLORIER"(このアルバムは私が初めてフランスに行った76年にたまたま買っていた)、といった70年代の充実ぶりはこの数本のレヴューを読むだけでわくわくしてきます。
 80年代以降は本当は私も「その場」にいた人間なのに、当時はどうしようもないヴァリエテ贔屓だったことから、ずいぶんロックはパスしていたのだな、と再確認してしまいました。タクシー・ガール、キャルト・ド・セジュール、レ・リタ・ミツコなどは私はヴァリエテとして聞いていて、オルタナティヴ・シーンにいたベリュリエ・ノワール、ゴゴル・プルミエ、オーベルカンフなどには手を出していなかったのでした。また、マノ・ネグラとネグレズ・ヴェルトが飛び抜けていた時期は知っていますし。90年代、00年代に至っては記憶が新しすぎて...。
 
 というわけで、この本のおかげで60年代/70年代の知らなかったロックを、いろいろコレクションしていこうか、という気になってきました。ブログのラベルに『ロック・フランセ』を追加しました。この本に載っているような旧譜を見つけたら、これからこのラベルをつけて紹介しようと思ってます。

PHILIPPE MANOEUVRE PRESENTE "ROCK FRANCAIS"
EDITIONS HOEBEKE 2010年10月刊 ISBN : 9782-84230-353-2
255頁、29.50ユーロ


(↓)ボリス・ヴィアンの息子、パトリック・ヴィアンのバンド、レッド・ノイズの1971年のLP"SARCELLES-LOCHERES"から "Petit précis d'instruction civique"

 

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