2009年6月27日土曜日

RAI had a dream



RIM'K "MAGHREB UNITED"
リムカ『マグレブ・ユナイテッド』


 安易なシンパシーは抱かないようにしています。目つきの悪いあんちゃんたちが集まってやっていることに関しては警戒心が先に立ちます。それはイタリアのあんちゃんたちであろうが、コルシカであろうが、マルセイユであろうが、川崎であろうが、ロンドンであろうが...です。バッド・ボーイズは人畜無害であるわけがないし、アグレッシヴであることがひとつの存在理由でありましょう。では何に対してアグレッシヴか、というと、具体的な対立グループと漠然とした対立グループに対してです。前者の方はジェット団対シャーク団(「ウェストサイド・ストーリー」)みたいなもんですが、後者の方は往々にして特定の人種だったり国籍だったり社会階層だったり宗教だったりイデオロギーだったりして、その憎悪の向け方では私は絶対に支持しないというものが少なくありません。
 90年頃、フランスでラップやる子たちは「システム」という言葉をよく使っていました。システムとは世の中を制する仕組みであり、その仕組みからはじき出された郊外の子たちが「理由あって」反抗するものでした。それは教育のシステムであり、資本主義のシステムであり、身分階層のシステムであり、人種や宗教や移民を差別するシステムでした。この子たちは拳を振り上げて、これらのシステムを呪い、憎悪するライムをビート化していたのでした。郊外の貧困や惨状を作ったのは何か = それは「システム」である、と言う時、私はこの反抗は正しいと思ったのです。このシステムという総括名称に飽き足らず、具体的な各論に入り、それが「警察」になったり、特定の政治家になったりすると、アグレッシヴさが増大するわけですが、システムに取り込まれない別の経済システムを作って抜け出そうとする子たちもいます。Tシャツ屋/ストリート・ファッション産業がその成功例です。郊外ヒップホップは音楽/ダンス/ファッションを軸とした総合カルチャーとして経済的に自立できるというポジティヴな可能性もあるわけです。
 前置きが長くなりました。ここに紹介するリムカ(Rim'K)は、カリム(Karim)という呼び名のベルラン(日本のモダンジャズ→ダンモと同じような逆さ読み表現)ですが、本名をアブデルカリム・ブラハミ・ベナラと言い、アルジェリア/カビリア出身の両親の下に、1978年、パリの南郊外、ヴィトリー・シュル・セーヌに生まれています。1994年、16歳の時に、グアドループ島出身のAP、マリ出身のモコベの3人でハードコア・ラップ・バンド「113(サン・トレーズ)」を結成します。113とは彼らの住むヴィトリー・シュル・セーヌのシテ(低家賃高層集合住宅)のある通りの番地番号です。こういうはっきりした土地感覚というか、現在位置へのこだわりが、3人の出自の違いを越えたリアリティーです。レコードは1997年から出ていて、2000年にはヴィクトワール賞を獲得するほどのメジャーアーチストになります。パリを包囲する郊外の93県(セーヌ・サンドニ)にNTM,95県(ヴァル・ドワーズ)にミニステール・アメール,そして94県(ヴァル・ド・マルヌ)に113と並び称され,94県ラップの旗手となりますが,この94県の3つの地区,ヴィトリー・シュル・セーヌ,オルリー,ショワジー・ル・ロワのラッパーたち(113,ローフ,ケリー・ジェイムス,マニュ・ケー,ロッコ....)約15人が大同団結して,MAFIA K'1 FRYと名乗る集合体でも活動するようになります。
 リムカを筆頭に,同志のラッパーたちにはこの「団結」を重要なキーワードにする者が少なくありません。対立バンドとの諍いがつきもののこのバッド・ボーイズの世界で,(口先だけの場合もあると思いますが),彼らは団結を呼びかけます。L'UNION FAIT LA FORCE。団結は力なり。そういうの,まだまともに信じてるの? - と数年前まではみんな懐疑的だったわけです。特に郊外においては。暴動起こしたって何も変わらない,選挙に行ったって何も変わらない,という強烈な虚脱感が支配的でした。ところが,数ヶ月前に何かが変わったのです。フランス全土の温めの反応とはおおきく違って,郊外はこの事件に激しく揺れ動いたのです。それはオバマ大統領の誕生です。あの夜郊外では花火が上がり,若い衆は通りに出て踊り狂い,夥しい数のオバマTシャツが売れました。
 やればできる,Yes we can,そういうポジティヴな気運が郊外に立ちのぼります。笑ってしまってもいいんですが,リムカはそれにまんまと乗じて,こう宣言します : 万国のマグレブ人団結せよ。オール・マグレビンズ・オブ・ザ・ワールド,ビー・ユナイテッド!
 プロジェクト『マグレブ・ユナイテッド』は,ヴィトリー・シュル・セーヌのカビリア系二世のラッパー,リムカの小さな頭から生れ,どんどん膨張して,ラップ,ヒップホップ,R&B,ライ,ライ&Bなどの多分野のアーチストたちを集結させ,コメディアンのジャメル・ドブーズや,しばらく音沙汰のなかったNO.1女性ラッパーのディアムスといったVIPも参加する豪華版になりました。
 マグレブとは地理的には北アフリカの日沈む国々のことで,マグレブ3国と言えばアルジェリア,モロッコ,チュニジアのことです。このアルバムで繰り返して連呼される国名もこの3国で,共にフランスによる植民地統治の過去があり,独立後も労働力としてフランスに多くの移民を送り込んでいる3国です。「大マグレブ圏」はリビアとモーリタニアも含みますが,このアルバムでは一切触れられていません。またこのアルバムはアル・モロ・チュ3国を統合してひとつの大きな国にしようと訴えているのでもありません。
 リムカ・ハド・ア・ドリーム。「マグレブ」という架空のネーションは,彼らの現在位置で可能になるのです。北アフリカの里(ブレッド)を実際のルーツにする人たち,または心のルーツにする人たちが,自分を「アルジェリア系」「モロッコ系」「チュニジア系」と言うことなく「マグレブ人」と名乗るだけで,ひとつのネーションはできあがってしまうではないか,と考えたわけです。
 韓国人や中国人に間違えられると猛烈に怒る日本人がいるように,マグレブ3国も国民感情的には友好的でない部分もあるそうです。それがブレッドを離れたフランスの大都市郊外のようなところでは,バッド・ボーイズの小グループとなって出身ルーツを理由にひんぱんに諍いや抗争を起こしています。
 リムカ・ハド・ア・ドリーム。兄弟たちよ,ここに「マグレブ」というひとつのネーションを作ろう。アルジェリア系,モロッコ系,チュニジア系,いがみ合うのをやめて,団結しよう。それだけでなく,アフリカ系,カリブ系,インド系,アジア系も含めて,ここに俺たちのポジティヴでリスペクタブルなネーションを築こう。名付けて「マグレブ・ユナイテッド」。これを支持するんだったら,とりあえず俺のウェブショップでTシャツを買ってくれ,というのがこのアルバムの趣旨です。
 この世界ではすごいメンツの集合です。前述のジャメル・ドブーズ,ディアムスを初めとして,ラップ&R&Bからは113,ケリー・ジェイムス,セフュー,ケンザ・ファラー,チュニジアノ,ソプラノ,サナ...,ライ&ライ&Bからはゼウアニア,モアメド・ラミン,シェバ・マリア,シェブ・ビラル...。歌詞カードがついてなくて,郊外フランス語と多く北アフリカ語も混じっているので,感じしかわからないものばかりですが,マジの人,冗談の人,いろいろです。ひさしぶりに聞いたメラニー・MC・ディアムスは,情念ぶちまけ調ではなくて抑え気味の多重録音かヴォイス・モデュレーターでの重ね声ラッピンでしたが,それでもこの人のエモーションの抑揚というのは鳥肌立ちますね。早く帰ってきてほしいものです。ディアムスのダチのアメル・ベントはこのアルバムではちょっと異色のしっとりしたマイナーバラードで,心のルーツ「私のブレッド Mon Bled」を遠い視線で哀愁たっぷりに歌います。その他,ここが世界の中心みたいなマグレブ中華思想や,マグレブが抱え込んだありとあらゆる問題の羅列やら,スタイルはさまざまです。さまざまを超えて,マグレブ・ユナイテッド!とリムカは繰り返して介入します。本気なんでしょうか,これ?

<<< トラックリスト >>>
1. BOUGA "INTRO"
2. 113 + JAMEL DEBBOUZE + AWA IMANI "CELEBRATION"
3. RIM'K + ZAHOUANIA "LA ROUTE DU SOLEIL"
4. KERY JAMES + MOHAMED LAMINE "TOUS CONTRE NOUS-MEMES"
5. RIM'K + NOUROU + MOHAMED ALLAOUA "UNITED"
6. RIM'K + DRY + SEFYU + REDA TALIANI "LA CRISE"
7. RIM'K + KENZA FARAH "AU-DELA DES APPARENCES"
8. RIM'K + DIAM'S "DICTON DU BLED"
9. OGB + KAMELANCIEN + MOHAMED LAMINE + SANA "POUR ELLES"
10. RIM'K + KADER JAPONAIS + SELIM DU 9.4. "HARRAGA"
11. AMEL BENT "MON BLED"
12. MEDINE + CHEBA MARIA "DIVISION D'HONNEUR"
13. TUNISIANO + CHEB BILAL "1001 PROBLEMES"
14. RIM'K + NESSBEAL "CHEZ TOI C'EST CHEZ MOI"
15. RIM'K + CHEBA MARIA + RR "LE JOUR J"
16. SOPRANO + LA SWIJA "MARSEILLE UNITED"
17. 113 + REDA TALLIANI "CELEBRATION REMIX"

RIM'K PRESENTE MAGHREB UNITED
SONY MUSIC CD 88697546252
フランスでのリリース 2009年6月29日



↓113 + JAMEL DEBBOUZE + AWA IMANI "CELEBRATION"のヴィデオクリップ



 
 

2009年6月23日火曜日

最後は「行かないで」と「群衆」でした。

(←2009年6月22日。アラン・ルプレストとジャン・コルティ)



 今夜はテアトル・デ・ブッフ・デュ・ノールで、ジャン・コルティさんの『フィオリーナ』お披露目コンサートでした。最初にステージに出たのが、2009年のM6ヌーヴェル・スターの優勝者ソアンでした。元地下鉄シンガーのソアンは、最初からレ・テット・レッドのクリスチアン・オリヴィエが強力にバックアップしていたので、クリスチアン・オリヴィエのレーベル「モン・スリップ」からCDアルバムを出しているコルティさんとは無縁ではありません。オリジナル曲を3曲生ギターとチェロで歌って、3曲めからコルティさんの伴奏アコーディオンが登場しました。ギター(エルヴェ・ルジェー)、コントラバス(ジャン=ピエール・クレモニーニ)を従えて、コルティさんのショータイムはジャック・ブレル・メドレーに始まって、「巴里祭」、「ラ・ジャヴァネーズ」などのインストルメンタルを挟みながら、トマ・フェルセン歌う「マドレーヌ」、クリスチアン・オリヴィエ歌う「アコーディオン弾きレオン」、ロイック・ラントワーヌ、ザザ・フルニエ、ローラ・ラフォン、ジャンヌ・シェラル等がそれぞれアルバムと同じ曲を披露しました。オリヴィア・ルイーズを除いて、アルバム参加者はみんな来たと思います。びっくりしたのは、少なくとも20年は若返ったように見えたアラン・ルプレストでした。髪の毛も眉毛もちゃんと生えていて、若々しい50代の青年になってしまいました。アランはブレル作の「ブルジョワたちの嘆き」を歌い、ひときわ高い拍手に応えて、自作の十八番「シガレット」も歌ってくれました。
 コルティさんは、ジョー・プリヴァとの共作曲「ラ・リタル(イタリア女)」の時に、1930年代のイタリアの反ファシスト・レジスタンスのことを語りました。アルバムタイトル曲の「フィオリーナ」の語り部分は、アルバムではコルティさんが朗読してましたが、このコンサートではテキスト作者のクリスチアン・オリヴィエが見事に朗読してくれました。そしてフィナーレはアルバムと同じように、イタリア反ファシスト・レジスタンスの歌「ベラ・チャオ」でした。最初ローラ・ラフォンがヴォーカルをとってフルコーラス歌ったのち、参加者全員が登場して、ジャン・コルティのアコーディオンの高鳴りの中で「ベラ・チャオ」の大合唱になりました。いやあ、良いフィナーレでした。
 アンコールはコルティさんのソロでジャック・ブレル「行かないで」とエディット・ピアフ「群衆」のメドレーで締めました。
 「俺はだいたい10年に一度アルバムを作るんだから、次は10年後に再会しよう!」と言い残して去って行きました。勘定は合ってなくて、本作は前作から2年後のアルバムでした。だから2年後にまたステージで会えると思っていいでしょう。

(↓トマ・フェルセン歌う、ブレル詞コルティ曲「マドレーヌ」)
video

2009年6月22日月曜日

家族の家族は家族



『テルマン・プロッシュ(ごく身近に)』2008年フランス映画
"TELLEMENT PROCHE" エリック・トレダノ&オリヴィエ・ナカッシュ監督
主演:ヴァンサン・エルバーズ,イザベル・カレ,フランソワ=グザヴィエ・ドメゾン,オードレー・ダナ,オマール・スィ,ジョゼフィーヌ・ド・モー...
フランス封切:2009年6月17日


 トレダノ&ナカッシュの前作『Nos jours heureux (われらが幸福の日々)』(2005年)は娘がそのDVDを何十回も見ていて、細部まで暗記するほどのカルト・ムーヴィーになりました。コロ(コロニー・ド・ヴァカンス、子供のためのヴァカンス合宿)を舞台に、手に負えない子供たちと、問題の多いアニマトゥール(学生アルバイトのモニター/世話係)たちの間に繰り広げられるさまざまな衝突や事件の日々が過ぎるにつれて、ひとつの連帯が生まれていくという筋書きです。キャンプファイヤーの夜、およそモテそうもないメガネ&やせっぽちの子が、へたくそなアニマトゥールの弾くギターを取り上げ、ドゥービー・ブラザースの「ロング・トレイン・ランニング」のイントロを弾くやいなや、みんな総立ちで踊りだし、一躍スターになったこのメガネ君はその夜何人もの女の子たちに囲まれてテントで眠る、というシーンは何度見ても感動的です。
 トレダノ&ナカッシュの新作は家族というたいへん厄介なものをテーマにしています。例えば男と女が愛し合って結婚します。そこまではいいのですが,結婚するということは結婚相手の家族とも家族関係になるということを多くの人は前もって考えていない。その未知の家族が「身内」として自分の生活に関わって来て,限度なく侵入してきたらどうするか。それは初めは大変煩わしいものに違いありません。しかし撃ち落としても撃ち落としても攻めてくるこの身内というインヴェーダーたちとの全面戦争の末,もしも和平が訪れるとしたら...。
 ナタリー(イザベル・カレ)とジャン=ピエール(フランソワ=グザヴィエ・ドメゾン)とロクサンヌ(ジョゼフィーヌ・ド・ボー)は血のつながった兄姉妹であり,定期的に郊外新都市のクレトゥイユにあるジャン=ピエールの家に集まって夕食を共にします。3人が集まるということはそのそれぞれの家族も集まるということで,その夜,ナタリーは夫のアラン(ヴァンサン・エルバーズ)と一瞬たりともじっとしていることができない超アクティヴな息子のリュシアンを連れていき,ロクサンヌは自分の勤めるスーパーマーケットでその日に出会ったばかりの黒人医師のブルーノ(オマール・スィ)を連れていきます。迎えるジャン=ピエールの家には,エリートブルジョワ志向を絵に描いたような妻のカトリーヌ(オードレー・ダナ)がいて自慢のアメリカ料理でもてなし,数種の外国語と数種の楽器を英才教育で習得した娘ガエルがいつ終わるとも知れないドイツ語の歌や楽器演奏のショーを披露します。こういう何の喜びもない夕食会は,一切コントロールがきかない子供リュシアンの大暴れをきっかけに,全員入り乱れてのバトルロイヤル状態で終わります。ふつうだったら,これで全員けんか別れで絶交となるんですが,この複合家族関係は続くのです。
 元クラブ・メッドのG.O.(ジー・オー)で,客を乗せるという才能があると思い込んでいるアランは,失業と不定期アニマトゥール(大ショッピングセンターなどでのイヴェントで,呼び込みや司会や即席ショーをするのが仕事)の間を行ったり来たりしながらも,まだ「いつかはオランピア劇場の舞台に立つショーマン」になる夢を捨てきれない,未成熟な40男です。義兄のジャン=ピエールは二流弁護士ですが,妻カトリーヌへの盲目的な愛が過ぎて,その浪費とボーダレスなブルジョワ志向を許容するものだから常に金に困っています。カトリーヌは娘ガエルの英才教育のため,信仰などあっちむけホイで,地区で最優秀とされるユダヤ人私立校に入学させますが,その熱心なPTA付き合いの結果,いつしかカトリーヌの家はユダヤ人ラビの開く教徒集会場と化してしまいます。またナタリーは,職場の同僚のパキスタン人が住居を追い出されたと言うので,2-3日ならば家に泊まってくれていいわよ,というひと言の結果,いつしかナタリーの家はサロン,台所,風呂場,物置まで数十人のパキスタン人が寝泊まりするようになってしまいます。映画は片方にエルサレム,もう片方に不法滞在移民センターという極端にシュールな場面展開になります。
 いっぱいつまり過ぎているので,いちいちこんな風に書いていったらきりがなくなりますから,いい加減にしますが,非美人でヒステリックで思い込みの激しいロクサーヌ(ジョゼフィーヌ・ド・モー。『われらが幸福の日々』にも出てました。貴重なキャラクターの女優)と,病院医師でありながら日々人種差別と闘いながら生きるブルーノ(オマール・スィ。TVカナル・プリュス出身。『われらが幸福の日々』にも出てました。よいキャラ)の二人に繰り返される「ジュテーム・モア・ノン・プリュ」ドラマも,めちゃくちゃに面白いです。ロクサーヌがブルーノに詫びの言葉を言いに行く時に,極端なミニスカートをはいていくところなんか可愛いすぎて涙が出ました。
 軸は夢見がちで未成熟で不幸な40男の二人,アランとジャン=ピエールなのですが,この世界も環境もまるで違う二人の「義兄弟」が,さまざまな事件の末に,実は本当にごく身近な似た者同士であるということを悟るというのが,この映画の流れです。
 クラブ・メッドのG.O.というのはある種プレイボーイでないとやってられないような職業ですが,この元G.O.のアランもまだ優男ですから,たまに若い娘を誘惑しようというベースケ心が働きます。家にベビーシッターで来た娘を射止めようと接近し,まんまとその娘のホームパーティーに潜入します。そのパーティー中,ディスコタイムが始まります。そうすると昔の職業意識がむらむらとわき上がってきて,アランはお立ち台に登って,ディスコダンスのリード役になってしまうのです。(この時の曲はクラブ・メッド・ディスコの定番,マイケル・ゼーガー・バンド「レッツ・オール・チャント」です!)。件の娘のダチが「あんたのおじさん,なかなかやるじゃん」なんて耳打ちします。そしてステージタイムが終わって喉が乾いて台所に行くと,その娘の母親がいます。大きな体のこのおばさんは,アランを見て「あたし,あんたのこと見覚えあるよ,XXXショッピングセンターのイヴェントで司会してた人でしょ?」と言うのです。このひと言でアランは無防備になってしまうのです。そして打ち解けてしまった二人は,サロンから聞こえてくるバラード曲に合わせてチークダンスを踊ります。アランはこの女の肩に顔を埋めておいおいと泣き出してしまいます。娘を誘惑しようとして来たのに,逆に娘の母親から誘惑されてしまったのです。この時の泣き声は,日本語で言うところの「とほほほほ....」なのです。

 この映画は6月17日にフランスで封切になり,評論家筋のネガティヴな意見などどこ吹く風で,入場者数ボックスオフィス1位になっています。私と娘が行った6月21日の日曜日も映画館は満員で,上映終了時に大拍手が上がりました。どんなにエキセントリックな個性であれ,人は家族としてつながれるんだ,ということでしょうか。セゴレーヌ・ロワイヤルではないけれど,今,われわれが必要なのは「フラテルニテ Fraternité 兄弟愛,友愛」なんでしょうよ。

↓ 『テルマン・プロッシュ』予告編)

Tellement Proches : Bande-annonce par LeBlogDuCinema

2009年6月15日月曜日

フランス・ギャルとは誰であったか



 おととし刊行されたフランス・ギャル評伝『フランス・ギャル:ある果敢なスターの運命』(グレゴワール・コラール&アラン・モレル著)が5月に文庫本化されたので、さっそく買って読んでいます。原題の"LE DESTIN D'UNE STAR COURAGE"という部分は、ベルトルト・ブレヒト作の"MERE COURAGE"(日本では"肝っ玉母さん"と訳される場合が多いようです)に因っていて、「肝っ玉スター」とでも言えるわけですが、90年代以降、夫や娘の死などさまざまな不幸や災難に翻弄されながら、それに打ち勝ってきた女性の姿を指してのことです。
 著者の二人のうちアラン・モレルはジャーナリスト/評論家ですが、グレゴワール・コラールはフランス・ギャルとミッシェル・ベルジェの"アタッシェ・ド・プレス"だった人です。つまり、広報宣伝担当というポジションでギャル/ベルジェのもとで働いていたわけで、言わば内部の人間です。アタッシェ・ド・プレスが担当アーチストの伝記を書くということは,最も近くにいた人の証言であると同時に,マスコミに対してアーチストの表向きの(良い)イメージづけに専念してきた人ゆえに,アーチストの暗部を暴露することなどまずない,ということになります。それをすれば自分の職業的信用を失ってしまうからです。またアタッシェ・ド・プレスがその職業意識を発揮して伝記を書けば,それはアーチストを過度に美化するものに堕してしまう可能性もあります。その辺がこの本のマユツバ部分であります。
 この伝記は,フランス・ギャルが長い時間をかけて,何度も接触を重ねた末に,やっと売れっ子作詞作曲家ミッシェル・ベルジェが "DECLARATION"(デクララシオン=告白)という曲を彼女のために書き,長い間シクスティーズのロリータ歌手として人々の忘却の彼方にあった27歳の女性が,大人の女性アーチストとして再生する,というところをイントロにもってきます。あたかも,この時にフランス・ギャルは生まれたと言うがごときの切り出しです。
 このゼロ地点を境に,前史(ベルジェ以前)と後史(ベルジェ+ベルジェ以降)があります。トーンははっきりしていて,前史は暗く,後史はたとえどんなつらいことがあっても明るくポジティヴなのです。
 イザベル=ジュヌヴィエーヴ=マリー=アンヌ・ギャルは1947年10月9日にパリ12区で生まれています。イザベル・ギャルは幼少の時から「バブー」というあだ名で呼ばれていましたが,それが「フランス」という芸名になるのは1963年のことです。イザベルはなぜ「イザベル」ではいけないのか理解できませんでした。この「フランス」という名前が嫌いでしかたがなかったのです。「イザベル」が退けられたのは,3シラブルで長すぎ,響きが悪く,英米人にちゃんとした発音が不可能だということと,当時のトップスターのひとりにイザベル・オーブレがいたからだ,と書かれています。父親ロベール・ギャルとスタッフはちょうどその時,ラジオを聞いていて,ラグビーの国際試合が声高に中継されていました。その試合とは「フランス vs ウェールズ」。伝統の5カ国対抗ラグビー(フランス,イングランド,スコットランド,アイルランド,ウェールズ)です。ウェールズはフランス語では Pays de Galles(ペイ・ド・ギャル)。フランス対ウェールズの試合は"FRANCE-GALLES"と略称されて呼ばれます。すなわち,「フランス=ギャル」。勝手な大人たちが,安直に見つけた名前なのでした。「ラグビー試合を名前にさせられた」とイザベルはおいおい泣くのでした。
 ロリータ歌手時代のフランス・ギャルはこの伝記ではかなり辛いことばかりだったように描かれます。伝記の中でフランス・ギャルは平手打ちを喰らったり,罵倒されたり,非情なショービジネス世界で泣いてばかりいる可哀想な少女芸人です。一番いやなのは,歌いたくない歌を無理矢理歌わされるということです。「シャルルマーニュ」(父ロベール・ギャル作)や,かのスキャンダル曲「アニーのペロペロキャンディー」(ゲンズブール作)などがその代表です。そして当時25歳の分際で芸能界の暴君のような振るまいをするスター,クロード・フランソワと恋に落ちますが,17歳の少女はパッションでこの暴君に着いていくものの,暴君はこの少女が思い通りの時に思い通りのところにいないと逆上する,という手のつけられない性格(だから暴君)で,この恋でもフランス・ギャルは泣いてばかりなのです。
 自分より5年遅れて歌手デビューしたジュリアン・クレールには,先輩づらして芸能界のイロハを教えるみたいな近づき方をして,ジュリアンのアーチストとしての環境づくりに尽力します。ジュリアンが父ロベール・ギャルから買い上げた農家で,家畜鳥獣を育て,野菜畑を耕し,ジュリアンが自然の中で創作できる理想的な環境をつくっていく「世話女房」になります。しかしジュリアンには(それを待っている)フランス・ギャルに「家庭を築こう」というひと言を言うことができないのです。そしてある日,友人たちをたくさん招いての大餐パーティーの時に,料理を運んできた彼女に,ジュリアンの心ないひと言が飛んできます:Ah, voilà l'ancienne chanteuse! (やあ,待ってました,元歌手さん!)。料理は音を立てて床に落ちていきます。

 ミッシェル・ベルジェに巡り会うまでは,すべてが否定的なのです。つきあった男たちはバカばっか。泣いてばかりいるイザベルさんだったのですが,それを地獄から救い出し,ロリータ時代とは似ても似つかぬ「アーチスト」に変身させ,出すアルバムすべてがミリオンセラーの大スターにまで持ち上げたのが,ベルジェだったという筋書きです。しかし運命は夫の死,娘の死,といった嵐に巻き込まれますが,それを乗り越えて生きる人間フランス・ギャルの今日までが描かれます。
 正直に言って,アーチストとして,表現者として,この人の価値ってどんなものだろうか,と疑う部分がないわけではありません。ただ,私も『デブランシュ』や『ババカール』のアルバムを夢中になって聞いていましたし,ゼニットで "Si maman si, si maman si..."と大きく腕を振ってオーディエンスと唱和したひとりです。「夢シャン」イメージを愛する多くの日本のファンとは違った目で見ていると思います。私はベルジェ以降のフランス・ギャルの作品がそれ以前よりもずっと好きですし,人間的には昨今のように年に1回ぐらい,丸い顔と丸い体でテレビに出て来るおばちゃんフランス・ギャルがとても好きです。先月は『スターマニア』(ミッシェル・ベルジェ/リュック・プラモンドン作のロック・オペラ)の30周年で,テレビに登場しました。
 フランソワーズ・アルディの自伝の中で,アルディ/デュトロンが外で言われるようなおしどり夫婦でないように,ギャル/ベルジェの夫婦も安定した夫婦ではなく,フランソワーズが時々ミッシェル・ベルジェの小言を電話で聞いてあげていた,というようなことを書いています。グレゴワール・コラール/アラン・モレル著のこの伝記には,そういうことが一切登場しません。ベルジェ死後のヴェロニク・サンソンの「真・未亡人」宣言みたいな振るまいには,ちゃんと厳しく批難してますが。

 これをテーマにして雑誌原稿書こうとしてます。セネガルでの「ババカール」の逸話は,ギャル/ベルジェで最も美しい話ですから,ちゃんと紹介します。発表は1ヶ月後。刮目して待て。

↓フランス・ギャル「ババカール」(1987)
 ドラムス:クロード・サルミエリ、ベース:ジャニック・トップ!

 

2009年6月10日水曜日

びゅ〜んと飛んでく哲人



Michel Onfray "Philosophe, ici et mantenant"
ミッシェル・オンフレイ『ここと現在の哲学者』
(エリザベート・カプニスト監督映像ドキュメンタリーDVD)


 ミッシェル・オンフレイは1959年元旦にノルマンディーの田舎町アルジャンタンに生まれ、現在も同じ町に住んでいます。このDVDでは「私はヌーヴォー・フラン(通貨)とキューバ・カストロ政権と共に生まれた」と自分の生年を紹介しています。このドキュメンタリーはドイツ車オープンカーで田園風景の中をびゅんびゅん飛ばすオンフレイの姿から始まりますが、これはちょっと目には「スター哲学者」のスター性と成金趣味のひけらかしのように見えます。が、DVDはその後でオンフレイの生い立ちが紹介され、貧しい環境と孤児院での体験が語られ、1週間に1度しかシャワーを浴びることが許されなかった垢まみれで臭い少年期こそが彼の思想的出発点であることが明かされます。逃げ場所は読書しかなかった。最初に衝撃を受けた本はヘミングウェイの『老人と海』だったそうです。孤児院寄宿舎のむせるように体臭がただよう部屋の中で、この本を開けたら「海の匂いがした」と言います。片っ端から本を読み、アルジャンタンの本屋が彼のワンダーランドになります。
 その本屋もこのドキュメンタリーに登場して、本屋のおかみさんが、13歳頃のオンフレイをよく覚えていて「店に入ったら必ず入口横の暖房ラジエターの上に学生カバンを置く子だった。それは自分が万引きするために来たのではないというのを示すためだった」という話をします。高校を終えて、町の国鉄駅に雇ってもらおうとしましたが断られ、しかたなく大学へ行き、哲学を勉強します。博士号を取得して、地元ノルマンディーの職業リセで教鞭を取っておりましたが、2002年にある事件が起こり、彼は教職公務員であることをやめてしまいます。
 それは大統領選挙の第一次選挙で社会党ジョスパンが落選し、第二次選挙で保守シラクと極右ル・ペンの対決となった時、左翼系を含む中央の知識人たちがこぞってシラクに投票することを訴える、という事態に深い絶望を感じたからです。この権力におもねる中央知識人たちに反対するたったひとりのレジスタンスをオンフレイは始めるのです。その小さなレジスタンスとは、Université Populaire(民衆大学、"UP"、"U-pop"とも略されたりします)であり、バス・ノルマンディー県の主邑カーンで、彼は完全無料の「民衆大学哲学講座」を開設します。哲学史を彼は市民と共に解釈し直し、太古より権力におもねる哲学者たちとそうでない哲学者たちの歴史があること、神のある哲学の影に神のない哲学の歴史もあることなどを説き、「正史」と対抗する「反史」= CONTRE-HISTOIRE DE LA PHILOSOPHIE(哲学反史)を展開します。この民衆大学哲学講座は、前半が講義、後半が討論会という構成で、若き哲人は文字通り民衆によくわかる名人芸的な話術/説法で、多くの市民の心を掴んでいきます。この講座は文字化もされ、国営ラジオ・フランスの電波にも乗り、フレモオ社からボックスセットのレクチャーCD(毎巻12-15枚組でパリの敷石のような態。現在11巻まで)でも刊行されています。中央に出ることなく、地方から中央を撃つ態度も、多くの地方市民たちの好感を抱かせました。それまでは、フランスの知の中心はサン・ジェルマン・デ・プレだったのですから。
 このDVDではオンフレイの哲学カード遊びが紹介されていて、カードめくりで偶然に出た4つの主題(「愛」「死」「自由」...その他たくさん)と、哲学者や歴史上の人物のカード(プラトン、ニーチェ、ド・ゴール、モンテーニュなど)1枚で、落語の三題噺ならぬ五題噺で、その5枚に関連した即興学説をつくってしまいます。その中で、彼は"Immanence"(イマナンス=内在性)と"Transcendance"(トランサンダンス=超越性)の説明をしますが、そこで彼は雷の例を出します。雷が鳴りました。イマナンスの側は、気圧や湿度などの天候状態で空中のプラスの電極とマイナスの電極が云々、ということで、実際にそこにあるものから説明します。トランサンダンスの側の説明というのは、そこにないものからそれについて言うことで、例えば人々のあまりの愚行に神様がお怒りになって、みたいなものです。なんて分かりやすい!こう説明されたら、誰もが納得するじゃないですか。
 DVDでは断片的にしか出てきませんが、スピノザ、ニーチェ、古代ギリシャ(ソクラテス以前)の電子論者デモクリトス(「笑う人」と称されたデモクリトスに関するコンフェランス全編65分がボーナス映像で見れます)が、オンフレイの口から説明されると、分かりやすいわれわれの同時代人のように活き活きした姿で描かれます。
 私を含めて人々は往々にして専門外だからという理由で、こういう「インテリ」ものをハナから敬遠しますが、なんだ、こういうことだったのか、という食わず嫌いの突破口を開いてくれるには、こういう人が必要なんですね。現代哲学の「スター」のように言われてますが、このスター性は、アテネの広場で人々に話してその関心を集められるスター性なのだ、と私は納得しています。これまで一冊もオンフレイを読んだことがないので、夏に読んでみますよ。

MICHEL ONFRAY "PHILOSOPHE, ICI ET MAINTENANT"
(DVD directed by ELISABETH KAPNIST)
1. "Michel Onfray, Philosophe, ici et maintenant" (52 min)
2. Compléments, le jeu de cartes (24 min)
3. "Le Rire de Démocrite" conférence intégrale (65 min)
DVD Frémeaux & Associés FA4018
フランスでのリリース:2009年6月


(↓このヴィデオはDVDとは関係ありませんが、国営テレビFRANCE 3で放映されたオンフレイの「民衆大学哲学講座」を紹介した番組のものです)

2009年6月9日火曜日

歩くドーサ,走るドーサ



Samy Daussat Trio "La Petite Famille"
サミー・ドーサ・トリオ『小家族』


 まず,パトリック・ソーソワのことを書きます。サウスポーのマヌーシュ・ギタリストで,バンド「アルマ・サンティ」のリーダー,ジャズ・レコード・レーベルDJAZの代表であるパトリック・ソーソワがこの3月に昏睡状態に陥ってしまいました。ソーソワの回復を願うアーチストたちによる支援コンサートも4月に開かれましたが,その願い通じてか,5月には昏睡から醒めました。しかし「ロックト・イン・シンドローム」となっており,意識はしっかりしているものの,手足を動かすことも言語を発することもできない状態が続いているそうです。現在リハビリ中だそうですが,ソーソワは私と同い年。うちの事務所にも荷物の納品でよく来てくれていました。早く良くなってほしいものです。
 このサミー・ドーサも1996年にはソーソワの「アルマ・サンティ」のサイドギタリストとなっています。72年生れ,今日37歳のサミー・ドーサはこれまで万年サイドギタリストでした。マヌーシュ・スウィングの世界で,サイドギタリストというのはいわゆる「ポンプ」専業ギタリストみたいなものですが,この商売は長続きしないのです。なぜならこの世界のギタリストはみんなソロを取るギタリストに昇進してしまい,「サイドの達人」というのは現われにくいようになってます。ニニン・ガルシアは彼を称して「謙虚なサミーはリズムギターの辛く長い修行を模範的な原則をもってクリアーした。その原則とは走る前に歩け,ということである」と言いました。なるほど,走る前に歩け,ですね。見る前に跳べ,はもっての他ですね。こうして誰にも負けない,無敵のサイドギタリストが誕生したわけです。このサミーを求めて多くの著名ギタリストたちが取り合いをするようになります。モレノ,バビック・ラインハルト,ラファエル・ファイス,アンジェロ・ドバール,チャヴォロ・シュミット...。
 チャヴォロ・シュミットとは2008年の夏に日本に行っています。
 ジャンゴ・ラインハルトの子,バビックとは2000年のサモワ・シュル・セーヌ(ジャンゴ終生の地)でのフェスティヴァルからバビック・ラインハルト/クリスチアン・エスクーデのクインテットに加わり,その子(つまりジャンゴの孫)ダヴィッドとノエとは2002年に「トリオ・ラインハルト」を結成しています。
 つまりサミー・ドーサはこの世界のど真ん中で長い間サイドギタリストとして「歩いて」きたわけです。また元祖ジャンゴ以来,「譜面に弱い」と思われてきたこの世界にあって,サミーは多くのマヌーシュ・スウィング楽曲の譜面化に尽力していて,教則本も著し,ギター雑誌での楽譜解説や,教則ヴィデオの制作なども携わっています。現在 Youtubeでも,サミー・ドーサのマヌーシュ・ギター・レッスンの映像が多く公開されています。
 
 さて歩くのをやめて,サミー・ドーサが走りだしたというのがこの初のアルバムです。魅惑のビロードヴォイスも持ったサイドギタリスト,ダヴィッド・ガスティンと,チャヴォロ・シュミットのコントラバシスト,クローディウス・デュポンを従えてのトリオ編成で,3曲でダヴィッド・ラインハルト(この人は電気ギターです)がソロで介入します。
 全体に,この人が走りまくると言いますか,火の出るようなソロを弾きまくる,という感じはありませんが,よく練られ,よくバランスの取れた,巧みなアルバムという印象です。最初の曲から,イントロにブルターニュ民謡"Ils ont des chapeaux ronds"の旋律が導入されて,あ,これ,マヌーシュとは異色,と思わせます。3曲めジャンゴ・ラインハルト曲の"Manoir de mes rêves"は,にやにや笑いを禁じえないジョージ・ベンソン「メローなロスの週末(Breezin')」仕立てです。そしてビロードの声を持つサイドギタリスト,ダヴィッド・ガスティンが3曲で歌っています。この声は,50-60年代に大変な人気だったギタリスト/二枚目歌手のサッシャ・ディステル(一時ブリジット・バルドーの夫であったことでも有名。1933-2004)とほとんど同じです。そのディステルの世界的ヒット"La Belle Vie"のカヴァーが7曲め。そしてディステル,シナトラ,ナット・キング・コール他ビロード声の男性歌手はみんな歌った "L.O.V.E."が12曲め。しかしダヴィッド・ガスティン君のヴォーカルが最も光るのは,4曲めの「シモンの歌」。これはジャック・ドミー映画『ロッシュフォールの恋人たち』(音楽:ミッシェル・ルグラン)で,シモン(ミッシェル・ピコリ)が自分の姓が嫌いで別れていった恋人を回想しながら歌っていたもので,中年男でないとこの味はでないでしょうが,若いくせによく枯れたいい歌唱です。ここでドーサ君のソロが「ロッシュフォールの恋人たち/ふたご姉妹の歌」の主題をす〜っと挟むあたり,とてもオシャレですね。
 というわけで,私はこのアルバムをとてもシャレた,マヌーシュ・クロスオーヴァーのように聞きました。コアなマヌーシュ・スウィング愛好者はがっかりするかもしれません。

<<< トラックリスト >>>
1. La Petite Famille (S Daussat)
2. Gypsy School (S Daussat)
3. Manoir de mes rêves (D Reinhardt)
4. La Chanson de Simon (Michel Legrand/Jacques Demy)
5. Hortensias (S Daussat)
6. Les Mauvais Jours (S Daussat)
7. La Belle Vie (Sacha Distel)
8. D'Une autre galaxie (S Daussat)
9. All love (Babik Reinhardt)
10. Clairs-Obscurs (S Daussat)
11. Guitare Musette (S Daussat)
12. L.O.V.E (N Cole)
13. Tiger Rag (La Rocca)

SAMY DAUSSAT TRIO "LA PETITE FAMILLE"
Label Ouest/l'Autre Distribution CD AD1511C
フランスでのリリース : 2009年6月22日



 

2009年6月7日日曜日

しかしこの子たち顔が悪いなあ...



 Archimède "Archimède"
 アルシメード『アルシメード』


 あるし突然、アルシメード。これは古代ギリシャの哲人/科学者の名前です。アルキメデス。お風呂でその原理を発見して「われ発見せり。エウレカ!エウレカ!」と浮かれて裸で市中に飛び出したという伝説のある人です。裸で市中に出るのは、ロックンローラー的とも言えますが、日本では普通の芸能タレントでもするようになりましたし。
 さて、フランスでSony Musicという大きな会社からデビューしたばかりの兄弟バンド、アルシメードです。出どころは西部フランス内陸部マイエンヌ県の首邑ラヴァルです。ニコラ・ボワナール(ヴォーカル、ハーモニカ)、フレデリック・ボワナール(ギター、キーボード、サイドヴォーカル)。その音楽を称してレコード会社の叩き文句は「ポップ・フラングロ・サクソン Pop Franglo-Saxone」と書いてあります。
 全曲フランス語ですが、フランス語の意味など無視して英語ノリを作り上げている箇所がかなりあります。いっそのこと英語で歌ってくれた方がいいのに、と思うムキもありましょうが、このフラングレ(Franglais。Françaisフランス語とAnglais英語の合成)という言葉はフランスでは70年代頃から使われているもので、例えば「止める」というのを本来のフランス語の"Arrêter"(アレテ=止める)と言わずに"Stopper"(ストッペ=ストップする)というような言い方をする表現がフラングレです。このノリはボリス・ベルグマンと組んでいた頃のアラン・バシュングの得意技でした。
 さてボワナール兄弟のねらいは、明らかにギャラガー兄弟のパクリであり、この子たちは90年代ブリット・ポップを21世紀になってからフランス語でフォローしているのであります。これだけタネがはっきりしていると、聞いていて気持ちがいいものです。そしてニコラ・ボワナールのヴォーカルのクオリティーは、リアムのそれと同じ意味で、ロック・ヴォーカルの持つカッコ良さのひとつの典型と言えると思います。ヴォーカルさえ良ければ、あとはどうでもいいようなところがあるじゃないですか。
 私は4曲めのバラードの"Au diable vauvert"と7曲めのタテ乗りの"A l'heure H"の2曲にしびれました。これはニコラのヴォーカルだけのせいだと思います。
 しかしこの子らは惜しむらくやルックスがよろしくない。天は二物を与えぬものですが、この子らがきれいな顔立ちだったら、展開は全然違ってくるでしょうに。

<<< トラックリスト >>>
1. EVA ET LES AUTRES
2. L'ETE REVIENT
3. VILAINE CANAILLE
4. AU DIABLE VAUVERT
5. FEAR FACTEUR
6. A L'OMBRE
7. A L'HEURE H
8. PASSE PAR PARIS
9. L'AMOUR PMU
10. DECALAGE HORAIRE
11. DUSSE-JE

ARCHIMEDE "ARCHIMEDE"
SONY MUSIC FRANCE CD 88697436962
フランスでのリリース:2009年6月1日


CLIP - L'été revient

2009年6月6日土曜日

フランス発B級インターナショナル・ポップの楽しみ



Anarchic System "Cherie Sha la la"(1972-1974)
 アナーキック・システム『シェリー・シャ・ラ・ラ』

 Anarchic System "Generation" (1975-1976)
 アナーキック・システム『ジェネレーション』


 ことの始まりはポール・ド・センヌヴィルという男です。新聞社やテレビ会社に勤めた後、レコード会社ディスクAZに入社して音楽の仕事を始めます。当時のAZの社長はリュシアン・モリス(1929-1970)で、ミッシェル・ポルナレフをデビューさせた人ですが、ダリダとの結婚離婚が引き金になって70年に自殺してしまいます。センヌヴィルはAZでポルナレフ担当になり、「忘れじのグローリア - Gloria」、「渚の想い出 - Tous les bateaux tous les oiseaux」、「想い出のシンフォニー - Dans la maison vide」を作曲してポルナレフに歌わせます。その他(往々にしてオリヴィエ・トゥーサンとの共作曲としてクレジットされていますが)ダリダ、クロード・フランソワ、ミッシェル・トールなどに曲を提供する一方でリュリアン・モリスの後釜でディスクAZの社長になります。そして76年に独立して、デルフィーヌというレコード制作会社を設立して、リシャール・クレイデルマン(国際読みではリチャード・クレイダーマン。本名フィリップ・パジェス)にセンヌヴィル曲「渚のアデリーヌ - Ballade pour Adeline」を録音させ、これが全世界で22百万枚という超メガヒットになります。デルフィーヌはその他にニコラ・デ・アンジェリス(ギター)、ジャン=クロード・ボレリー(トランペット)などのインストスターをでっち上げ、イージーリスニング/ムード音楽の大レーベルとなります。
 このセンヌヴィルのイージーリスニング路線の最初期の試みにポップ・コンチェルト・オーケストラ(Pop Concerto Orchestra)というのがあり、これはオリヴィエ・トゥーサン(共作者です)がヴォーカリストとしてフィーチャーされたりもしている、ムードポップインストバンドで、1973年からレコードを発表していて、セミヌードの女性をジャケットに使ったりしています(ムード音楽ですから)。
 これと平行してセンヌヴィル+トゥーサンがでっち上げた(と言っていいと思いますよ)バンドが、このアナーキック・システムです。これはもともとは北フランス、ノール県の主邑リールの5人組でジル・ドヴォス(ヴォーカル)、ジャック・ドヴィル(ヴォーカル/ギター)、パトリック・ヴェレット(ベース)、ミッシェル・デュイ(ドラムス)、クリスチアン・ルルージュ(キーボード)という編成でした。センヌヴィルが最も興味を持ったのは最後のクリスチアン・ルルージュで、当時誰でも彼でも操作できるわけではなかった電子楽器ミニモーグの優れた使い手であったことから、センヌヴィルはこのバンドに当時の世界的ヒット「ポップ・コーン」(ガーション・キングスレー作/ホットバター)のカヴァーヴァージョン(ヴォーカル入り!英語!)を録音させます。星条旗に"Pop Corn"と書かれただけのシングル盤ジャケは多くの人たちを「ああ、アチラものか」と勘違いさせたでしょうが、1972年、この英語ヴァージョンはフランスとその近隣国で70万枚のヒットとなります。気を良くしたセンヌヴィル+トゥーサンはクリスチアン・ルルージュに「ポップ・コーン」と全く同じモーグ音色とリズムで、ビゼー作曲「カルメン」を料理させ、第2弾シングル「カルメン・ブラジリア」をリリースしますが、これは本当に笑えます。アレンジャーがエルヴェ・ロワという人で、このあと1974年に「エマニエル夫人」テーマを作曲した人でした。
 実はこのバンドは出自がゴリゴリのハードロックで、ディープ・パープル、ブラックサバス、ユーライア・ヒープのフォロワーであったのですが、アメリカ国旗やアナログ・シンセ・ポップという軽めの方向でヒットしてしまったので、センヌヴィル+トゥーサンは強引にユーロ・バブルガム系の軽量級ポップバンドに変身させようとします。73年の「シェリー・シャ・ラ・ラ - Chérie Sha La La」とか74年の「オオ・マイ・ラヴ・アムール - Oh My Love Amour」などがそうですが、タイトルからも感じられる無国籍性ねらいが、フランス発B級インターナショナル・ポップのうれし恥ずかしなんですね。
 このアナーキック・システム(フランスではやはり土地風にアナルシック・システムと呼ばれる場合が多いようです)の72年から76年までのほとんど全録音が、マジック・レコーズから2巻でCD復刻されました。


 これが1巻めのAnarchic System "Cherie Sha la la"(1972-1974) アナーキック・システム『シェリー・シャ・ラ・ラ』で、「ポップ・コーン」や「カルメン」のシンセポップや、バブルガム系の軽ポップ・ロックがあったり、ジェスロ・タルみたいなバロックでプログレなインストがあったり...とにかくこのバンドのやりたいことは一体何なのか、さっぱりわからない、なんでもできる器用貧乏ポップです。また当時のポップミュージックの流行りどころを、あちこちからパクってちょっと作りを変えて、というお手軽折衷主義も随所に見られ、元ネタ探しも楽しい20曲です。

<<< トラックリスト >>>
1. Cherie Sha La La
2. Carmen Brasilia
3. Marina
4. Royal Summer (vocal version)
5. Pop Corn (vocal version)
6. Barbara
7. Pop Corn (instrumental)
8. Royal Summer (instrumental)
9. Road Master
10. Elga
11. Arabian Melody
12. Oh My Love Amour
13. See me, hear me
14. Pussycar c'est la vie
15. Rock and Roll is Good for you
16. Charmer Rock
17. Marjorie so tenderly
18. Starlight
19. Mini
20. Suspense

Anarchic System "Chérie Sha la la"
Magic Records CD 3930839
フランスでのリリース:2009年5月24日




 こちらが2巻めのAnarchic System "Generation" (1975-1976) アナーキック・システム『ジェネレーション』で、1975年発表のアルバム「ジェネレーション」全7曲に、76年のシングルとBサイド曲など5トラックを追加したものです。まあ、白眉は18分を越す「ジェネレーション」ロングヴァージョンということなんでしょうが、これはおらが国さのレア・アース「ゲット・レディー」(あるいはおらが国さのアイアン・バタフライ「イン・ナ・ガダダビダ」)みたいなもんで、長いということだけでDJさんを助けるという任務を果たせる1曲です。無意味に長い。これでサイケデリックにトリップできるという人や、ダンシングピストでメディテーションできるという人はそんなに多くないんじゃないかしらん。同じアルバム収録曲がまったく傾向の違うラグタイムやジャイヴやビーチ・ボーイズ風で、メタル系長髪と黒革上下とハーレイダヴィッドソンのジャケとは何の関係もないところがすごいです。ボーナストラックでは、めちゃくちゃにファンキーなインストの10曲めがエロ映画サントラっぽくて素敵です。12曲めの「ディープ・スロート」って期待して聞くとがっかりします。

<<< トラックリスト >>>
1. Generation (long version)
2. Nana Nana Guili Guili Gouzy Gouzy
3. 1945
4. Good morning love
5. Wish to know why
6. So is life, sad is life
7. Generation (short version)
8. I made up my mind to make love
9. Daddy, Mammy, Juddy, Jimmy, Jully and all the family
10. Sugar Baby Mission Space Recording
11. Stop it
12. Deep Throat

Anarchic System "Generation"
Magic Records CD 3930840
フランスでのリリース:2009年5月24日