2009年10月16日金曜日

怒れる農民たち



 10月16日,朝7時半,イル・ド・フランスの穀物農民が大挙してシャンゼリゼ通りに登場し,工事用防護柵で通行を封鎖し,その中に干し草の藁輪などを散らし,タイヤを焼いて黒煙を出し,シャンゼリゼのランドマーク,レストラン「フーケッツ」(2007年5月,サルコジ大統領当選の夜,ここでパーティーが開かれました)の前で「フランス農業は滅亡の危機にある」と叫び,穀類の生産者買上価格の値上げを訴えました。「14サンチーム(約18円)の金をかけて作った1キロの麦を,今日われわれは9サンチーム(約11円)で売っている」と。
 この農民の抗議行動は,パリ圏だけでなく,フランス全土で同時多発的に展開され,高速道路での牛歩戦術(この日本語,とても農業的な含みがありますね)などで,全国要所の交通をマヒさせています。この9月には牛乳生産者が,同じように生産原価を下回って牛乳を売らざるをえない現状への抗議行動を行っています。
 このような光景は,数年前からテレビでよく見ます。大手ハイパーマーケットで,輸入の野菜や果物が生産者価格よりも安い値段で売られているのに抗議して,農民団体がその店の前にダンプカーでやってきて,ダンプいっぱいのイチゴやトマトやジャガイモを店の入口に落として,店をふさいでしまうという図です。地球のあちこちで食糧不足で人々が苦しんでいることを考えると大変ショッキングな映像です。
 これらの抗議行動はフランスの農業組合の多数派であるFNSEA(フランス農業団体連合会)の指揮の下に行われています。歴史的に農業大国であるフランスでは,たいへんな勢力を持った団体で,言わば農業の「経団連」的な存在です。
 どうしてフランスの農民が窮地に追い込まれているのでしょう? それはフランスにヨーロッパ諸国からフランス産より安い農作物や農産食品原料が大量に入ってきて,値段で太刀打ちができないからなのです。ヨーロッパが自由流通市場として拡大された時,隣国の安いものが自国の産品を駆逐してしまうというケースは予測できたわけで,農業に関してはその対策としてPAC(Politique Agricole Commune 共同農業政策。英語表示では CAP)という価格統制政策をとりました。それは安い国のものを高く売り,高い国のものを安く売ることで価格の平均化を保ち,フランスのように生産費の高いものを欧州のために安く売らざるをえない農家に対して欧州が補助金を払って収入の落ち込みを防ぐというものでした。
 欧州がまだ隣の国の顔が見えていた頃,このPACでフランスの農家は一時的に大変な潤いを得ました。FNSEAはこれに乗じて農業のオートメーション化と集約化を推進して,機械と農薬と化学飼料を大々的に導入したインダストリアル農家が続々登場します。その結果,作りすぎ,値崩れ,環境破壊,狂牛病などが次々に現われたのです。そして農業のグローバリゼーションは,欧州のPACなどで管理ができるようなものではなくなり,農産物の価格はアナーキーで,ハイパーなどの大規模販売網はフランス優先/欧州優先という考えはもうありませんし,ネスレーなどの巨大食品会社は原材料の出どころは価格優先で決めているでしょう。
 この農民たちは損をするために働いている,と言います。自腹を切って自分の農作物を買ってもらっている状態です。これはなんとかしてほしいもの,と同情します。それが国の農業政策の失敗で,農業が壊滅的な打撃を受けているのだから,国に補助金を出せ,という要求に変わる時,どうしてなんだろうか,と首をかしげてしまいます。集約第一主義で,あえて環境汚染までして,農業のインダストリー化を進めていったFNSEAの責任はどうなるのか,と。
 もう何年も前からブルターニュの海岸に大量発生している緑色の海藻は,非常に毒性が高く,この夏それから発するガスで馬が死に,そのあと人間も同じガスで死んだ疑いが持たれています。この海藻は,大量の豚や牛を少ないスペースで飼育して,短期間で肥大化させるための飼料を食べた動物の排泄物が捨てられ,川から海に流れ出るところで繁殖しています。美しいブルターニュの海岸がこの海藻のために,ヴァカンス客を失っています。
 私はこういう農業に疑問を抱きます。安全な食べ物を作ってこその農業ではないか,と。グローバリゼーションに勝ち抜くためには,何が何でも競争力をつけなければならない,それを国は援助する義務がある,という考え方がこの人たちにあったりしたら,とても困るのです。
 

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