2009年3月12日木曜日

こっちの水はあまいぞ



 リュシオル『オンブル(影)』
  Luciole "Ombres"


 - リュシオル?
 - おるよ。

 この22歳のブルターニュ出身の女性はリュシール・ジェラール Lucille Gérard という名前なんですが,芸名をリュシオル Lucioleとしました。リュシールというのは爺の世代ではえらくロックンロールな名前です(cf Little Richard "Lucille")が,この女性は全然ロックンロールではなく,繊細な詩情の持主だったので羽根が生えてしまったのです。リュシオル(蛍)の誕生。

 「リュシオルは夜のリュシール。より外向性が強く,より輝いて,黄昏時から飛び回るの」

 3年前,フランスはスラムという新しい詩的表現の到来を大歓迎し,町々のカフェはスラムの宵をひらいて町言葉のポエトリー・リーディングに,一種のアーバンな文学的興奮を覚えたものでした。グラン・コール・マラード,アブダル・マリック,スーレイマン・ディアマンカ...。現代詩の新しい扉が開かれた感がありましたが,若い人たちはスラムの言葉の持つリズムではなく,言葉の持つグルーヴにぐいぐい引き寄せられていったのです。
 この時19歳のリュシールは,演劇の勉強をしながら,夜は自作の詩を持ってレンヌのカフェでスラム・パフォーマンスを繰り返しておりました。そのレンヌにコンサートでやってきたカミーユに,リュシールは強烈なショックを受け,いてもたってもたまらずアーチストに面会に行きます。カミーユもまたリュシールのやっていることに大変興味を持ち,プロとしてリュシールのバックアップを約束します。
 かくしてリュシールは2年前にパリに移住し,カミーユの紹介でさまざまなアーチストやプロフェッショナルと出会います。その中でスラムのために書かれた詩が,さまざまな膨らみをもっていきます。その最も重要な出会いがドミニク・ダルカンとのそれで,稀代のメロディセンスを持ち魔のエレクトロニクス使いでもあった90年代のフランスのトリップホップ界の鬼才は,リュシールに羽根をつけるように,その詩に空間的な広がりを与えます。このようにしてリュシオル(蛍)は生れ,ファーストアルバムができたのです。
 名は態を表し,この軽やかで,浮遊感にあふれ,いたずらっぽく,夜に見え隠れするものとの儚い出会いのようなアルバムです。この声のプレゼンスはすごいです。硬も難も,直も間接も,強も弱も,高も低も,あらゆるレンジで耳に刺激します。詩のパフォーマーだけあって,言葉のひとつひとつが,こう発音されるべきという見本のような説得力です。ヘッドフォンで聞いたら,その息づかいまでが極めてエクスプレッシヴです。ゲンズブールがプロデュースしたイザベル・アジャーニのアルバムを想うことしばしばです。あるいはゲンズブールその人のトークオーヴァーをも想わせるところもあります。
 ドミニク・ダルカンはリュシールをメロディーの側にぐっと引き寄せて,ついには半分まで歌わせてしまいます。歌唱パフォーマーとしてのリュシオルは,後見人カミーユの影もおおいにありましょうが,7曲め"Le Coeur en miettes"で無伴奏でずっと歌うところは,すごい実力の持主なのだ,と誰もが納得しましょう。
 ダルカンの音環境づくりは,極端にエレクトロ・アンビエントになることなく,女優の長いモノローグに控えめにかぶさる映画音楽のような雰囲気で,これは脱帽の名人芸です。そう,リュシオルの声は誰も見たことのない夢の女優の声のようです。
 詩のことは,いつかまたの機会に書きましょう。
 2009年春,最良のアルバムです,断じて。

<<< トラックリスト >>>
1. Une rencontre
2. Grain de sable
3. Ombre
4. j't'oublierai
5. Encore et encore
6. Viens sourire sur ma bouche
7. Le coeur en misttes
8. Perpendiculaire
9. Ma vie sans moi
10. Je suis
11. Est-ce que j'ai rêvé ?
12. De temps en temps

LUCIOLE "OMBRES"
CD MERCURY/UNIVERSAL 5315616
フランスでのリリース : 2009年2月16日






PS 2 3月14日
リュシオルさんとさっそくfacebook友だちになりました。リュシオルのライヴは4月1日にパリのLa Boule Noireで。行きましょね。

PS 3 4月1日
ラ・ブール・ノワールでリュシオルのライヴ見ました。エレクトロニクスをほとんど使用しないアコースティックバンド(生ギ、エレベース、ドラムス)で、ドミニク・ダルカン的トリップホップとは違う雰囲気でしたが、リュシオルのスラム(ポエトリー・リーディング)と初期カミーユのようなしっかりとした歌唱による情感あふれる詩少女パフォーマンスでした。難しいところはないです。はっきりと劇的に自分の世界持っちゃってるお嬢さんです。本物です。

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