2008年12月25日木曜日

ニコル・ルーヴィエ(1933-2003)



 Nicole Louvier "Et ses chansons 1953-1957"
 ニコル・ルーヴィエ『自作シャンソン集 1953-1957』


 ニコル・ルーヴィエ(1933-2003)の最初期の録音集です。ポーランド系ユダヤ人の家族に生まれ、15歳の頃から作詞作曲を始めた自作自演歌手です。もっぱらギターでメロディーを作るというのは、フランスの女性アーチストではおそらく初めてのケースかもしれません。爺たちの感覚ではこの頃のギターを持つ女性というのは、「修道女」というイメージが先入観としてあります。「サウンド・オブ・ミュージック」(ジュリー・アンドリュース)や「スール・スーリール」(ドミニク、ニック、ニック...)のせいかもしれません。このニコル・ルーヴィエの短い頭髪と清楚な服装(首のつまった白衿のシャツ)も、そのイメージから遠くありませんが、歌はそのイメージとは裏腹の、若い女性のアンニュイを歌っていたのです。フランソワーズ・アルデイの15年前、バルバラの10年前、そう思ってくれてもいいです。
ルーヴィエは20歳になる前に、モーリス・シュヴァリエにその驚くべきソングライティングの才能と確かな歌唱力を買われて、シュヴァリエの後押しでレコード・デビューします。1953年のことです。

Qui me délivrera
De ton corps de tes doigts
De ta bouche qui me délivrera
Qui me délivrera enfin de toi
誰が私を解き放ってくれるの?
 あなたの肉体から,あなたの指から
 あなたの唇から,誰が私を解き放ってくれるの?
 ねえ,誰があなたから私を解き放ってくれるというの?


 この"Qui me délivrera"という曲がノエル・ノルマンという歌手に歌われて1953年のドーヴィル・シャンソンコンクールの大賞を獲得します。多くの人に歌われたこの曲はマルレーネ・ディートリッヒによっても吹き込まれます。この歌詞など,はっきりとコレット〜サガン系列の性のアンニュイではないですか。またこのことから「シャンソン界の女ラディゲ」とも呼ばれました(ラディゲは『肉体の悪魔』を書いた少年作家)。禁忌を破って歌う20歳のニコル・ルーヴィエの歌詞には,同性愛者としての意思表示も暗号化されているのです。女性たちから大きな共感を獲得する一方,旧道徳を重んじる社会からは白眼視されたこの短髪の女性歌手は,それでも50年代末まではスター歌手として活躍し,1959年には来日公演も行っています。
 自作自演歌手,詩人,ラジオ番組プロデューサー,小説家でもあったルーヴィエは1959年に3作目の小説『商人たち Les Marchands』を発表します。この作品は若い女性歌手が芸能界の闇の部分に翻弄され,身も心もボロボロになってしまうという業界暴露的な内容で,その細部にわたる描写が実在するショービズ・ピープルの激怒を買ってしまうのです。クリスティーヌ・アンゴの先駆みたいですね。しかし,この結果,ニコル・ルーヴィエは徐々に芸能界から敬遠されるようになり,60年代後半にはもう録音もできなくなり,イスラエルに移住して細々と執筆活動を続けます。「商人たち」を敵に回したということに対する仕打ちであったわけですが,多くのファンたちの要望にも関わらず復刻CDもずっと出ないままでした。2003年3月8日,人知れずニコル・ルーヴィエはガンで亡くなり,現在はモンパルナス墓地に眠っています。
 ラジオ・プロデューサーでもあったルーヴィエは,その番組に出演した駆け出しのバルバラを激励し,バルバラはルーヴィエに自分の進むべき道を見ていました。またアンヌ・シルヴェストルもルーヴィエに感化されてシャンソンを書き始めたことを認めています。
 このCDは1953年から1957年にかけて,デッカ・レーベルにルーヴィエが録音した24曲に,未発表録音2曲を加えた,ニコル・ルーヴィエの初CD復刻です。
 
Quand j'ai faim il y a le pain
おなかが空いたらパンがある
Quand j'ai soif il y a le vin
 喉が渇いたらワインがある
Quand je suis seule il y ma guitare
 ひとりぼっちの時もギターがある
Quand j'ai le cafard il y a... les chemins
 気がふさいだら旅に出たらいい


 1954年の歌 "Quand j'ai faim"はこのCDで最も美しい曲のひとつです。ホーボー・ブルースのような歌詞ですが,若い女性の繊細な声で歌われるワルツです。波風を怖がらない女性だったのかもしれません。ひとりで行くことを怖がらなかった女性でしょう。ニコル・ルーヴィエ "Quand j'ai faim"

<<< トラックリスト >>>
1. Mon petit copain perdu (1953)
2. Tu es bien (1953)
3. Qui me délivrera? (1953)
4. Ce sera bien (1953)
5. Quand j'ai faim (1954)
6. A la vie comme à la guerre (1954)
7. C'est la loi (1953)
8. J'ai peur de l'amour (1953)
9. Dormez (1953)
10. Tu me dis que tu m'aimes (1953)
11. C'est le vent (1953)
12. Pour tout simplement (1953)
13. File la nuit (1955)
14. Monsieur Victor Hugo (1954)
15. Je ne suis plus parisienne (1955)
16. Si tu crains l'enfer (1954)
17. Nous n'avons pas changé (1956)
18. Toule d'araignée (1956)
19. Où te trouverai-je? (1956)
20. J'ai quitté Maman (1956)
21. Paris jardin (1957)
22. J'imagine que sur ta naissance (1957)
23. Soyons amis (1957)
24. Present compagnon (1957)
25. Amour je ne veux pas dormir (未発表)
26. Gentil roi Louis de Bavière (未発表)

CD ILD 642263
フランスでのリリース:2008年3月



PS 1
You Tubeに画像,映像が若干載っています。そのひとつニコル・ルーヴィエ "Mon petit copain perdu"

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