2008年6月24日火曜日

壁でマリリンが笑っていた



 (← 爺とマリリンとフレモオ)

 インタヴューは一週間前の6月18日にしました。パトリック・フレモオは「CD不況」を知らない今時珍しいCD制作会社フレモオ・エ・アソシエ社のオーナーで,プロデューサー/パブリッシャーです。
 同社の最初のリリースが,ジョー・プリヴァのギタリストだったディディエ・ルーサンが78回転SP盤のコレクションから音を起こして監修した戦前アコーディオンの名演奏集『アコーディオン 1914-1941』という36曲2枚組CDでした。1991年のことです。この初回リリースにはディディエ・ルーサンの詳細な解説をわけもわからずやっつけで訳したワープロ刷りの日本語解説がついていました。ひどい訳でした。それをしたのは私です。
 あれから17年,フレモオ社の商品目録は1000点を越してしまいました。17年204ヶ月で割ると,平均で月に5枚の新譜を発表しているという計算になります。すごいです。おまけにフレモオ社の辞書には「廃盤」という文字がない。売れなくても絶対に廃盤にしない。ストックは果てしなく増え続けていくのです。多くの業界内部の人間たちは,「増え続ける在庫」と聞いたら,卒倒しそうになるでしょう。フレモオはそれでもかまわない,という考えなのです。
 フレモオの商品構成は大別して,音楽CD,朗読や講座や音声ドキュメントのCD図書,そして自然音CD(野鳥/動物/昆虫/サウンドスケープ...)の3部門があります。音楽はジャズやワールドミュージックやシャンソンなどのパブリック・ドメイン(発表後50年が過ぎて,著作権フリーになった音源)ものが中心ですが,監修をその分野のフランスのオーソリティーに依頼し,詳細や資料と解説のついた厚いブックレットつきのボックスセットで発表するというのが,前述の第1回リリース『アコーディオン1914-1941』以来一貫したフレモオ社のスタイルとなっています。ジャズにはアラン・ジェルベ,ジャン・ビュズラン等,シャンソンにはジャン=クリストフ・アヴェルティー,ブルースにはジェラール・エルザフトといった人たちが監修/解説を担当するので,言わば教養講座的な部分がとても強調されます。解説を読むためにCDを買うみたいなところもあります。だからフレモオは「ダウンロード」を怖がらないのです。このパッケージングがあるからこの会社のCDは売れ続けるというわけですね。ジャンゴ・ラインハルト全録音集というすごいものがあって,2枚組CDが20巻,つまり計40枚ものなのですが,監修のダニエル・ヌヴェール(元パテ・マルコーニのディレクター)が各巻で30-50ページの解説をつけてしまうのですね。愛,でしょうか。
 CD図書はカミュ自身の朗読による『異邦人』(CD3枚組)や,若き哲学者ミッシェル・オンフレイの哲学講座『哲学反史』(各巻12-14枚組CDでもう8巻も出てます)などが良く売れているそうです。20世紀大河小説として知られるジュール・ロマン『善意の人々』(CD14枚組),セリーヌ『夜の果てへの旅』(CD16枚組),『聖書』(CD10枚組),『イーリアスとオデッセイア』(CD10枚組)など,日本的に考えると応接間の飾りになりそうな長尺ものもあります。
 レコード/CD業界にいる者だとかえって「こんなもの誰が買うのか」と考えがちです。20世紀後半の視覚万能時代(映画,テレビ,インターネット...)になってから,これらの録音財産は国営放送局や国立視聴覚研究所の資料室に埋もれたまま消滅していくしかない運命にあったのです。それをフレモオはひとつひとつ救済して,録音のディジタル化によって「永久保存」をしたわけです。

 詳しくは別原稿で書いてますから,そちらの方で。
 爺は何もフレモオの偉人伝を書こうとは思っていなかったのですね。音楽,文学,哲学,政治,社会,自然....なぜに17年間でこんなに手が拡げられたのかが私の興味でした。学歴差別のような発言をあえてしてしまうと,フレモオは大学に行っていないのです。おまけに中学高校で何度か落第もしている劣等生だったのです。私のダイレクトな質問はこうでした「あなたのような劣等生が,音の百科全書派とでも言うべき,知の総合的な領域を持つに至ったのはどうしてですか?」 ---- さあ,フレモオは何と答えたでしょうか?

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