2007年10月21日日曜日

欧州深部のクィンシー・ジョーンズ

エミー・ドラゴイ&ジャズ・ホット・クラブ・ルーマニア『エトゥノ・フォニア』
Emy Dragoï & Jazz Hot Club Romania "Etno-Fonia"
麻雀用語にしたいような名前ですね。エミー・ドラゴイは1976年生まれですから、31歳の若造です。ルーマニアのツィガーヌの音楽一家に生まれ、アコーディオンはガキの時分から父親からみっちり仕込まれています。1996年20歳でフランスに移住して,パリでジャズ・ピアノを学ぶ一方,アコーディオニストとしてロシア東欧系の楽団,ジャズバンド,マヌーシュ・スウィングバンドなどでプレイして,その世界最速級のテクが注目されていきます。マルセル・アゾラ,ダニエル・コラン,ジャン・コルティなどの仏アコーディオンの巨匠たちや,チャヴォロ・シュミット,ドゥードゥー・キュイユリエ,フローラン・ニクレスクなどのマヌーシュ・スウィングの達人らと共演して,その技が磨かれていきます。CDは既に2枚リーダーアルバムを出していますが,マヌーシュ・スウィングのバンド「ラッチョ・ドローム」のアコーディオニストでもあります。 そしてシャンゼリゼのロシア・キャバレーとして名高い「ラスプーチン」で2年間バンドマスターとしてステージをつとめています。私の見方では,何よりもこの「ラスプーチン」体験がドラゴイ君の客サービス精神を培ったのではないか,と思っています。「ラスプーチン」はずいぶん前に一度行ったことがありますが,シャンゼリゼという場所柄,諸外国の観光客や地方のお登りさんやロシア&東欧のディアスポラといった客層で,ノリの悪いお客さんたちを乗せるにはいろいろと苦労がありましょう。高級ぶったり,お芸術っぽくしたら客はそっぽ向きますから。客サービスを常に考え,通俗的であることに徹しないといけません。その苦労はいつかは報われませんとね。
 このCDはジャンゴ・ラインハルトゆかりの「ホット・クラブ」を名乗っているので,アコーディオンによるオーソドックスなマヌーシュ・スウィングを予想される方が多いでしょう。はずれです。また,レーベルが「ルーマニア・トラッドをベースにしたヴィルツオーゾによるアコーディオン・ジャズ」のように宣伝しているので,そのつもりで聞く人たちもいるでしょう。はずれです。
 この品格ありそうで折り目正しそうなモノクロ写真のジャケにも関わらず,このアルバムは通俗性に徹し,サービス精神あふれる,超カラフルな東欧キャバレー・アルバムです。エミール・クストリッツァ監督がボリウッド映画をつくったようなおもむきです。世界最速級(具体的にどの程度かと言うと,リムスキー・コルサコフ『熊ん蜂の飛行』が倍速から4倍速で演奏できるテクです)のアコ奏者とツィンバロム奏者とキーボディストとギタリストが集まって,あれもできる,これもできる,という芸を客席に向かってにっこり微笑みながら披露する,というけれんみとはったりの連続ショーを想像していただければいいでしょう。しかもシンフォニックにストリングスや女声コーラスも混じり,ミッシェル・ルグランのミュージカル音楽顔負けの盛り上がりの山と谷を展開したり,アストル・ピアソラのドラマティカルなハーモニー使いを援用したり,カスケード・ストリングスとティンパニーなどを重厚に重ねたウォール・オブ・サウンドでボレロをしてみたり。パヴァロッティ風なベルカントのヴォカリーズが出て来たり,エコーを利かせたバグパイプで風景をケルト北海ものに変えてみたり,沖縄スタイルレゲエが出たり,東欧マライア・キャリーのこぶしソウルヴォーカルがあったり,ジャコ・パストリウス風のボンボン鳴るベースが来たり...。高級な耳の人たちには嫌われてもしかたのない,チープな電子キーボードの音や,ムード音楽展開のストリングスや,お涙ちょうだい型の東欧叙情のピアノ・インプロはありますが,こういう通俗性が私などにはびしびし来るものがあります。次々に出てくるアコーディオンとツィンバロムの世界最速プレイだけでも,おひねりをばんばん投げたい気持ちになります。
 ルーマニアのクラシック作曲家グリゴラシュ・ディニク(1889-1948)の作品に幕をあけ,リムスキー・コルサコフの「熊ん蜂の飛行」で終わる11曲。タラフ・ド・ハイドゥークスが最新作でやはりルーマニアのクラシック作品を取り上げていますが,たぶんドラゴイ君の方がハチャメチャだと思います。ドラゴイ君のオリジナル曲が3曲で,残り6曲はルーマニア民謡が原曲です。これをけれん&はったり&サービス精神のいっぱい詰まった編曲で,大仕掛けでシンフォニックな通俗キャバレー風ボヘミアン・ラプソディーに変えてしまったドラゴイ君のアートは,欧州深部のクィンシー・ジョーンズとでも称したい快挙です。
<<< トラックリスト >>>
1. HORA MASRISORULUI (G DINNICU)
2. ETNO FONIA (EMY DRAGOI)
3. BARBU LAUTARU (TRAD arr. EMY DRAGOI)
4. MOCIRITA (TRAD arr. EMY DRAGOI)
5. BOHEMIAN SWING (EMY DRAGOI)
6. BLESTEMAT SA FI DE STELE (TRAD arr. EMY DRAGOI)
7. FOIE VERDE TREI SMICELE (TRAD arr. EMY DRAGOI)
8. PE DEAL PE LA CORNATEL (TRAD arr. EMY DRAGOI)
9. NOSTALGI GYTAN (EMY DRAGOI)
10. SANIE CU ZURGALAI (TRAD arr. EMY DRAGOI)
11. ZBORUL CARABUSULUI 熊ん蜂の飛行(R KORSAKOV)- CIOCARLIA (TRAD arr. EMY DRAGOI)


CD FREMEAUX & ASSOCIES / LA LICHERE LLL324
フランスでのリリース:2007年10月29日


(↓)Etno Fonia


 

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