2017年12月7日木曜日

Everyday is Hallyday

マジッド・シェルフィ「このジョニーは彼自身よりはるかに大きいもの」

 2017年12月5日から6日かけての深夜、ジョニー・アリデイは74歳で亡くなりました。死因は肺ガンでした。フランスはこの国民的アーチストの逝去に、6日早朝から全メディアが追悼プログラムを展開しています。大統領府、政府、国民議会などからオフィシャルな弔事が発表され、9日(土)にはシャンゼリゼ大通りでの葬送行進を含む、国家あげての追悼セレモニーが開かれる予定です。
 この偉大さは日本からは見えづらいものでしょう。私自身、30数年の滞仏生活で、このアーチストのファンになったことはありませんし、コンサートに行ったこともありません。しかし自宅のレコード/CD棚を数えてみたら、シングル/LP/CD/DVD合わせて40枚もあり、知らず知らずのうちにジョニーと共に過ごした時間も少なくない「一般的フランス人」の仲間入りをしていたのだなあ、とびっくりしています。 
死の翌日のリベラシオン紙の第一面は、レイモン・デパルドン撮影の1967年のジョニーのライヴ写真。1面から19面までジョニーの追悼特集でした。その中にゼブダのマジッド・シェルフィの特別寄稿が1面扱いで載っていました。私にも覚えがありますが、人前で「ジョニーを評価する」というのは、われわれみたいにちょっと文化人気取りだったり、左翼っぽいポーズ取ったりする人たちにはかなり難しいことだったんです。そういうイントロでマジッドも書いてます。全文訳してみました。あらゆる下層の人たちとジョニーの声をくっつけてオマージュしようとしていますが、多数派の観点ではないと思います。マジッドらしいといえばマジッドらしい。メインのメディアでジョニーの死について語っている人たち(ジャーナリスト、芸能人、政治家、有識者...)はどうしても国民的ヒーロー像にしてしまいたいようで。

マジッド・シェルフィ「ジョニーは傷ついた魂の代理口頭弁論」

男でも女でもみんなそれぞれひとりのジョニーを持っている。私は80年代にその構文や文法や動詞活用の間違いのことでジョニーをバカにしていた若者たちのひとりだった。その頃はまだ「政治的」な時代で、人々はまだ左派を支持していた。われわれはその無教養を嘲り、その現実離れした美貌と完璧なアポロンのようないでたちを笑い、その歌の髪振り乱したロマンティスムや往々にして反動的な様相をバカにしたものだった。その学識の欠如と語彙の少なさをからかった。神というのはここまで誤りを冒すものか、と安心したりもした。人間が到達できるような偶像をめちゃくちゃにすることはたやすいことだった。
私はレオ・フェレを神格化するような、今言葉で言うなら「ボボ」(註:ブルジョワ・ボエーム=進歩派を気取る若い裕福層の蔑称)の一派だったが、最も反動的なものは見かけではわからないということを忘れていたのだ。私はそういう見かけを気にするような奴らのひとりだったが、例外的に、人に隠れてジョニーのアルバムを買っていた。私はその手作りの「美」によだれを流さんばかりだった。私はひざまづいてその歌詞よりもその声を聞き、それは私を打ちのめし、その後私は足取りを軽くさせその場を去った。たしかに、私は前衛なるものを自認していた「恥ずべき連中」のひとりだったし、あらゆる希望よりも高いところから降りてくるこの影のようなものに我慢がならなかったのだ。私はこの男が単なる声だけでないものであり、この声はどん底の人々の苦悩の化身であり、同時に担がれた十字架より高いところにある一筋の光なのだということを忘れていたのだ。それは頭痛の種を破壊するヴァイブレーションであり、傷ついた心を甲羅で包んでくれる。その声は疲労困憊した肉体を再びシャキっとさせ、朝には再び最低の職種と最低の仕事に赴かせてくれるのだ。その声はわれわれの声を救いにやってきてくれる。怒りの日にはわれわれの声を逞しくしてくれる。押しつぶされた苦悩の叫びを助けるために、その声はわれわれの声帯に乗り移ってくれる。それはすべての助けを求める叫びのメガフォンであり、下層の人々のメガフォンなのである。彼は自分ではそうとは気付かずに、すべての声なき人々、すべてのシステムから除外された人々の声を支えてきたのだ。彼は学識のない人にイロハを提供し、傷ついた魂に代わって口頭弁論をし、語彙の少ない人々の欠席答弁を買って出たのだ。
彼の楽曲の数々はバイブルとなり、居心地の悪い大多数たる無言者たちの口頭弁論と不幸な人々の光となった。自らを励ますことしか望まないこの男は、打ちのめされた者たちの自信を取り戻させ、より良い世界を説くあらゆる理想主義者たちに集中砲火を浴びせ、選挙公約や神の啓示を粉々に砕く。彼は自分自身のための約束しか守らない神であった。彼は老いて、病気を患い、酒を飲み、喫煙し、自分自身の欠陥に打ち勝ってきた。このジョニーはロックンローラーではなく、歌手でもなかったが、われわれのあらゆるフラストレーションに効く膏薬であり、あらゆる人生の不幸に効く絆創膏であった。悲嘆に暮れた日々の心を縫いつくろってくれる修繕装置だった。このジョニーは彼自身よりもはるかに大きなものであり、慰安の化身であり、プロレタリアの苦しみの穴を塞いでくれた。彼は最悪の不幸を生き抜いた人々、あらゆる格下げ被害者たちを慰めてくれた。これらのすべての人々が不幸に打ち勝つ勝利の可能性を説くこの男に自分の姿を見ようとした。彼はいつしか大きな不在者、失われた指導者、あまりに早く死んでしまった母親、傷ついた子供の代役となったのである。貧困者、のけ者、ホームレス、失業者、暴力にさらされた女、黒人、アラブ人、ロマ、一言のフランス語も解さない者の苦しみを和らげてくれた。彼の歌声はその歌詞や歌そのものをはるかに上回った。常に彼はその態よりも、彼自身よりも強いものだった。天使のような顔をした男、その彼が「俺のツラがどうしたってんだ? qu’est-ce qu’elle a ma gueule ?」と歌う時、あらゆる醜男たちはそこに自分を投影し、そのまさに真実味ある抑揚と勇ましさに自分の姿を見るのである。彼の声はまぶたの中にあらゆる悲しみの涙をせき止めるダムを建設してくれた。その堰の内側にわれわれは身を避難させていたものだが、この喪の悲しみの時に際して、私はそのダムが大量に作られたとは思えないのだ。今日、私は私の家族でない者の死のために泣いている。だが、彼は家族だったのではないのか?

マジッド・シェルフィ
(歌手、作家、俳優、ゼブダのメンバー)

(↓)文中に出てくる「マ・グール(俺の顔)」2006年パレ・デ・スポールでのライヴ映像 ("Ma Gueule" 1979年初録音。作詞:ジル・チボー、作曲:フィリップ・ブルトニエール。ちょっとピンク・フロイド「豚」っぽい。)


(↓)死の5ヶ月前、2017年7月1日「ヴィエイユ・カナイユ・ツアー」(ジョニー・アリデイ+エディー・ミッチェル+ジャック・デュトロン)ボルドーでの映像(YouTube投稿動画)。"La musique que j'aime"(作詞ミッシェル・マロリー/作曲ジョニー・アリデイ。オリジナルシングル1973年)

2017年12月2日土曜日

2017年の映画

"LA VILLA"
『ラ・ヴィッラ』

2017年フランス映画
監督:ロベール・ゲディギアン
主演:アリアーヌ・アスカリード、ジェラール・メイラン、ジャン=ピエール・ダルーサン、アナイス・ドムースティエ
フランス公開:2017年11月29日

 ディギアンだし、マルセイユ近くだし、プロヴァンスなんだから、なまって「ヴィッラ」とカタカナ化してみました。アナイス・ドムースティエを除いては、社会派映画の巨匠ロベール・ゲディギアンの幾多の映画のいつものメンツ、アスカリード+ダルーサン+メイランの主演作。だから同じ映画の続編の続編の続編といった印象。ずっと見ているわれわれもこの人たちと一緒に歳とってきたような。今回の新作の配役設定は3人兄弟。父の意志を継ぎ客がほとんど来なくなっても大衆レストランを続ける長兄のアルマン(ジェラール・メイラン)、(左派系)インテリで口が立つがそれが災いしてかエリート管理職を解雇され失業中の次男ジョゼフ(ジャン=ピエール・ダルーサン)、そしてテレビ・演劇・映画とすでに長いキャリアを持つ女優である末娘のアンジェル(アリアーヌ・アスカリード)。このずいぶんの間会っていない3人兄弟が、老いた父親の容態の急変(バルコンから夕日を見ながら、タバコに手が届かず椅子から転落、神経系をやられて全身不随に)の知らせで、プロヴァンス、マルセイユに近い小さな入り江の村の「実家」に参集する。
 われわれの歳頃(60歳前後)にはいずこでもよくあることで、自由のきかなくなった親の面倒をどうするか、財産はどう分けるか、今ある家はどう処分するか、とかを子供たちで協議するのだが、こういうことはずっと避けてきたのに、いつかは避けられない事態になる。この映画では今がその時。国立公園にもなっているカランクと呼ばれる美しい断崖入り江の村ではあるが、 小さな漁港とヨットハーバーがあるものの、猫のひたいほどの平地に人家が集まった寒村で人口流出が続き、観光開発もされず、寂れる一方。その寒村にひときわ目立つ父の家はブルジョワの豪奢な別荘(ヴィラ)のように、断崖の上に建てられ、海にパノラマを臨むそのテラスから眺める地中海に沈む夕日が絶景。裕福とは縁遠い階級(大衆料理屋経営)の父が無理を承知で作った「一点豪華」。この「ヴィラ」の上を高架で地方沿線の電車がガタンガタンと音を立てて通っていく。映画はこの電車通過シーン何回も見せてくれるのだが、なんとも侘しさが...。それと、冷やかしなのか、不動産物件を海上から探しているのか、豪華クルーザーに乗ったサングラス&スーツ姿の男たちが、入り江から数枚写真を撮って、また去っていくというシーン、見るだけで腹が立つ。
 この村、かつては子供たちも若者たちもいた。祭りもあった。その70年代の青春のような映像が、この3人兄妹の若き日の姿そのもので回顧されるパッセージあり。20代のアスカリード+ダルーサン+メイランの3人が海浜で若さを爆発させているシーン。ロベール・ゲディギアン監督のアーカイヴからモンタージュしたものであることは間違いないが、こんなに昔から一緒に映画作っていたのだ、としばし嬉しい驚き。
 しかし今日、3人兄妹には3人の事情があり、問題は簡単ではない。長兄アルマンは一人でも大衆レストランを続けていくつもりはあるが、今や客はほとんどいない。次男ジョゼフはこの家族会合に目下の恋人である若いベランジェール(演アナイス・ドムースティエ。かなり中心的な役割になってしまう闖入者)を同行させている。都会派でジョゼフと同じほどインテリだが、どう見てもジョゼフとは不釣合いな若さと魅力に溢れたベランジェールに、ジョゼフはいつ彼女が他の男に取られてしまうか気が気ではない。そしてジョゼフは失業したとは言え、中央で活躍してきたエリート気質が邪魔して田舎になど戻れないと思っている。末娘アンジェルの事情はもっと複雑で、数年先までスケジュールが詰まっている第一線の女優。加えてアンジェルにはこの「家」には消すに消せない悲しい事件の記憶(女優仕事の間に預けておいた一人娘ブランシュが、父と兄が目を離した隙に海に落ちて水死する)が詰まっている。父親はせめてもの償いに、とアンジェルにだけ別額の遺産を用意するのだが、彼女は受け付けない。
 映画はそれだけでなく、家族とずっと親しくしていた実家の隣人老夫婦が、長い間病気と闘ってきて先が長くないことを悟り、若く優秀な医者の息子の懸命の計らいを振り切って、夫婦で睡眠薬自殺してしまうというエピソードが、空気をさらに重くしてしまう。
 そしてこの映画は2017年的今日が背景なのである。この冬のカランク入り江の小さな村に、物々しいフランス軍のジープが行き交い、自動小銃を抱えた兵士たちが徒歩で海岸線を監視して回っている。地中海の向こう側から難民たちを乗せたボートがやってきて、この沿岸近くで難破したという通報あり、生存者が漂着してくる可能性がある。フランスはそのような漂着難民を保護する立場にあるのではないのか? なぜこのような武装した兵士たちが警戒監視しているのか? その問いに兵士は「難民は危険である可能性もある」と日本の政治家のような答えをするのですよ! 3人兄妹はムッと来るのだが、それを抑えて「不審な者を見かけたらすぐに軍に通報するように」と言う兵士に、二つ返事でハイハイと。
 映画ですからね。やっぱり。われらが期待する通り、われらが3人兄妹は、濡れた衣服のまま潅木の中を彷徨う幼い難民の子3人と出会ってしまうのである。少女の歳頃の姉と幼い弟2人。映画はここでラジカルにトーンを変えてしまう。ユートピアはここから始まっていく。3人兄妹は和解し、難民の子たちを秘密裡に保護し、ジョゼフもアンジェルもこの「ヴィラ」を動かないと決意するのです。付随的に若いベランジェールは、新しい(年相応の)恋人(自殺した隣人老夫婦の息子の医者)を見つけヴィラを離れ、これまた付随的に年増女優(おっと失礼)アンジェルは自分よりふた回りも若い村の演劇好きの漁師と恋に落ちるのである。60歳代の3人兄妹が、2017年的現実の事件をきっかけに、ふ〜っと和解し、ふ〜っとポジティヴな方向に歩き始める。これは奇跡のような映画でしょうに。
 「ふ〜っと」、これはみんなが次第にタバコを「再び」吸い出す映画でもある。「一服」の幸福、この世から消されつつあるものだが、忘れなくてもいいものでしょうに。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『ラ・ヴィッラ』 予告編


 

2017年11月24日金曜日

大統領どの、約束時間を忘れずに

大統領どの、
私たちは無駄話などもう聞きたくない

 インスタイン事件に触発された女性たちのセクハラ/性暴力の告発運動、#MeToo、#BalanceTonPorc、そして11月5日のエマニュエル・マクロン大統領への公開意見書「女性ふたりにひとり」 (署名者数70万人以上。詳細は拙ブログのここを参照のこと)。大統領マクロンは沈黙を破って、明日(11月25日)、この件に関する声明を発表すると言う。 
この署名運動を推進してきた女性活動家5人(カロリーヌ・ド・アース Caroline de Haas, クレマンティーヌ・ヴァーニュ Clémentine Vagne, マドリーヌ・ダ・シルヴァ Madeline Da Silva, ファティマ・ベノマール Fatima Benomar, ロール・サルモナ Laure Salmona)が、その前日である今日11月24日、大統領にその声明が曖昧な時間稼ぎや空虚な美辞麗句ではなく、具体的な緊急対策と具体的な予算の提示を求める #SoyezAuRdv キャンペーンを展開。27秒間の動画を用いて、大統領に「無駄話は不要」「大統領の高みにあれ」「約束時に必ず Soyez au Rendez-vous」と訴えている。

(動画メッセージ翻訳)
今日フランスでは毎日
227人の女性たちが強姦の被害者、
1643人の女性たちが性暴力の被害者、
数千人の子供達が暴力の被害者となっている
そしてその大多数の場合において
暴行者たちは
追及されることも
罰せられることもない
大統領殿
11月25日
あなたは声明を出します
私たちはもはや
無駄話など聞きたくない
私たちが聞きたいのは
具体的な行動
その方法
そして得られる結果です
大統領の高みにふさわしく
約束時に来てください

70万を超える人々が
あなたを注視しています


2017年11月12日日曜日

マンチェスター娘モディアノを歌う


The Chanteuse "Modiano"
ザ・シャントゥーズ
『モディアノ』

 テレラマ誌2017年11月8日号で紹介されていた英国マンチェスターの女性シンガー、ルーシー・ホープ(ステージ名「ザ・シャントゥーズ」)の8曲入りミニアルバム。タイトルが示すように2014年度ノーベル文学賞受賞作家パトリック・モディアノ(1945 - )が、作家デビュー(1968年『エトワール広場』)する前に、リセ・アンリ・キャトル校のダチだったユーグ・ド・クールソン(70年代プログレッシヴ・フォークバンドのマリコルヌ)と作詞作曲コンビを組んでいた時期のモディアノ作詞の歌8曲のカヴァー。この辺の事情は拙ブログのここにその中の1曲「サン・サルバドール」(映画『禁じられた遊び』テーマで知られる曲「愛のロマンス」にモディアノが詞をつけたもの。このザ・シャントゥーズのアルバムの2曲め)の日本語訳つきで紹介されているので、参照のこと。
 一般に世に知られているのはフランソワーズ・アルディによって歌われた「驚かせてよブノワ(Etonnez-moi, Benoît)」(1968年録音)の1曲のみ。
 ちなみにモディアノ最新小説『眠れる記憶(Souvenirs Dormans)』(2017年10月刊)の中で、作詞作曲家協会の会員になりたての頃、パリ13区にあった大手レコード会社ポリドールの録音スタジオに出入りしていたこと、そこで秘書として働いていた女性「ジュヌヴィエーヴ・ダラム」と接していたこと(小説の要!)が記述されている。
さて、ザ・シャントゥーズはオクスフォード大学で現代フランス文学を学び、パトリック・モディアノを卒論にしたのだそう。地元のサイケデリック系のバンド The House Of Glass のヴォーカリスト/作詞家であるほか、ホラー映画の映画音楽を担当したり。本業のスペシャリティーはフランス語シャンソン/ヴァリエテのカヴァーであるよう。レパートリーとして挙げられているのは、ブレル、ピアフ、ブラッサンス、バルバラ。YouTube に発表されている動画を見ると、フレンチ・シクスティーズ (アルディ、ゲンズブール、バルドー...)を売り物にしているよう。
 まあ、それを「おしゃれ」と思っているのか、フランスにはゲンズブールしか天才はいないと思っているのか、そういう浅薄な動機で発表される(外国の)カヴァー作品はとても多い。英国のザ・シャントゥーズのこのアルバムも「68年5月」「メロディー・ネルソン」「ジャン=クロード・ヴァニエ」などのリファレンスが。厚みのある声、クラシカル(古風なストリングス)な編曲、わずかにキャバレー歌手風な英語訛り.... 行ったことないけれど、英国大都市の小さなシャンソン酒場のショーみたいなものを想像してしまう。あの頃の日本のようにフランソワーズ・アルディを「アンニュイ」と言うなら、このルーシー・ホープの声は「スプリーン」と言えると思う。

<<< トラックリスト >>>
1. LES OISEAUX REVIENNENT
2. SAN SALVADOR
3. LES ESCALIERS
4. A CLOCHE-PIED SUR LA GRANDE MURAILLE DE CHINE
5. L'ASPIERE-A-COEUR
6. JE FAIS DES PUZZLES
7. LA COMPLAINTE DE ROLAND GARROS
8. ETONNEZ-MOI, BENOIT

CD/LP/Digital  UK Metropolis Labels
英国でのリリース : 2017年10月7日

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)ザ・シャントゥーズ「鳥たちは戻ってくる Les Oiseeaux Reviennent」のクリップ。

2017年11月5日日曜日

女性ふたりにひとり

ずは数字。
2017年10月19日付フィガロ紙で発表されたアンケート調査によると、53%の女性がこれまで性的暴行あるいは性的ハラスメントの被害者であったということを認めている。ふたりにひとり。

1 femme sur 2 (女性ふたりにひとり)
この異常な被害率を目の前にして、若い新大統領は何もしないのか?
緊急に具体的に対策を講じることはできないのか?
これが「1 femme sur 2」という意見書を作成したフェミニスト運動家カロリーヌ・ド・アースとジャーナリストのジュリア・フォイスが始めた、「大統領への書簡」への同意を求める署名運動です。全文は11月5日付の日曜紙ジュルナル・デュ・ディマンシュに掲載され、最初の賛同署名者として、ロール・アドレール(ジャーナリスト)、ザブー・ブレイトマン(女優)、マリー・ダリウーセック(作家)、ルアンヌ・エムラ(歌手)、フローランス・フォレスティ(漫談家)、イマニー(歌手)、アニェス・ジャウイ(映画監督・女優)、コリーヌ・セロー(映画作家)の名と写真を載せています。その他、同JDD紙のサイトには100名の著名署名者のリストが。また賛同者は意見書のサイト http://1femmesur2.fr で(男性でも)署名できます(これを書いている時点で、27000ほどの署名が集まっていました)。 以下、大統領への意見書の全文翻訳です。


クロン殿、あなたは私たちの側ですか?
大統領殿
私たちはあなたが忙しい日程をこなしていることを知っています。しかしあなたは何日も前から起こっていることに無関心ではいられなかった。何百という数のメッセージがSNS上に現れ、フランスにおいて性的暴力に被害に遭う女性たちの事態の重大さを証言しました。女性のふたりにひとりが性的暴力の被害者となっています(2017年10月19日付フィガロ紙で発表されたアンケート調査)。ある女性たちはこの意見書に賛同署名することなく、暴行によってこの世を去っています。またある女性たちは身体の不自由ゆえに、同性愛者ゆえに、またレイシズムの被害者ゆえに、この性的暴力の被害をさらに特殊なものにしています。
あなたが移動先で、一般市民と出会ったり、会合や公式夕食会を催したりする際に、このことを頭の中に入れていますか? 私たちは「ふたりにひとり」なのです。
大統領殿、この意見書の署名者たる私たちは、多くの他の女性たちと同様に過去において嫌がらせを受けたり、暴行されたり、強姦されたりした者です。多くの女性たち同様、私たちはしばしば私たちを取り巻く人たちの無理解や否認、国家の行政が真剣に取り扱ってくれないこと、そして社会がこのようなことは大したことではないと私たちを信じさせようとしていること、あるいはそこに至る前に被害者自身が何か対策するべきだったという論などに直面することになります。私たちは、これらすべてのことに対する私たちの社会の極度に重苦しい沈黙の証言者です。耐え難い集団的な否認。根本から私たちの社会は女性たちを虐待しているのです。
大統領殿、これらのことはあなたはすべてご存知でしょう。ではなぜ私たちはこの意見書を書いたか? それはあなたがこの性暴力を止めさせる権力を持っているからです。
私たちの習慣に深く根付いていて変わりようがないと思われていたメンタリティーや振舞を、既に過去において公的権力は変えることに成功してきました。30年前に誰が交通事故死者数を4分の1にすることなど予想できたでしょう? 20年前に誰が紙ゴミの分別が今日常識的に行われるなど予想できたでしょう?
大統領殿、往来においても、職場においても、家庭においても、暴力を許さないことは規範とならなければなりません。緊急策として政令を布告してください。今すぐに。

1) 女性たちを電話によって、あるいは物理的身体的に保護する市民団体への補助金を即刻倍増し、女性被害者たちの収容可能キャパシティを倍にしてください。
2)2018年から、女性被害者たちと接触する職業従事者(教育者、行政官、司法官、警察官、憲兵、医療従事者、とりわけ労働医療関係者)への組織的かつ義務的な教育研修を実施してください。
3)新学年からコレージュ(中学校)に、現行の「交通安全資格認定」の例にならって、「非暴力資格認定」を義務単位として新設してください。
4)被雇用者と管理職に対して職場における性的ハラスメントの防止のための研修を義務化し、この件に関する企業内の交渉を義務付け、女性被害者の職を保護してください。
5) 交通安全キャンペーンと同等の重要な規模で、性的ハラスメント防止の全国キャンペーンを実施してください。そのためにあなた自身が大テレビ局のニュースに出演して、国家首班として、私たちの国には暴力がまかり通る場所がないということを断言してください。

これは作戦計画のように見えますか? これはそのうちの一部です。
大統領殿、私たちは深刻な危機に直面しているのです。
あなたは私たちの側につきますか?

(↓)国営テレビFRANCE 2の11月5日のニュースで報じられた「1 femme sur 2」

2017年10月27日金曜日

She don't lie she don't lie she don't lie..

70歳になったばかり、芸歴50年、24枚目のアルバム『われらが愛に(A nos amours)』のプロモーション中のジュリアン・クレールが、週刊誌パリ・マッチ(2017年10月26日)のインタヴューで、80年代の「若き日のあやまち」を告白。どうってこたぁねえっすよ。みんな若かったんだから。

パリ・マッチ「回顧的に見てみれば、ロダ=ジルとの決別は良い決定だったのではないですか? 1978年に始まる10年間は、あなたにとって最大の商業的成功をもたらした時期だったのですから…」

JC「僕はいつでも善良な一兵卒さ。ベルトラン・ド・レベー(註:ジャーマネ。現在は欧州最大のアーチストエージェント会社代表)の役目というのはこういう決定を下すことだった。僕の芸歴においてこの方面に関しては僕は彼に全面の信頼を置いていた。でもそれは僕がナイーヴな若者だったからかもしれない。何れにしてもこの時期に一つの大きな前進があったことは確かさ、とりわけヴァージンと契約したことはね。でも僕はこの時期もデビュー当時と同じように物事に無自覚に過ごしていた。」
パリ・マッチ「でも、あなたはそうやって “FEMMES… JE VOUS AIME”を歌って、フランスでも最もセクシーな男になったのじゃないですか…」
JC「人が言うには僕はその頃気難しかったんだそうだ。ありうるね。でも僕はその成功というのは僕の努力の結実だと思っていた。そして当時僕を取り巻くスタッフに僕は固くガードされていた。例えばその”FEMMES… JE VOUS AIME"という歌だけど、最初僕には歌うのが難しかった。初めてミウミウに歌って聞かせた時、彼女は「ノン!それは “FEMME JE T’AIME”じゃないとおかしい」と言った(註:複数の女性FEMMES をVOUSとして愛するのではなく、単数の女性FEMMEをTUとして愛するのでなければおかしい、と言ったのだよ)。人々の受け止め方は、僕に関しては50年間すべて良好という印象があるだろう。ところがね、客が良く入らなかったツアーというのもままあったんだよ。奇妙なことにそのことは誰も知らないんだね。
パリ・マッチ「80年代半ば、あなたは声の状態をキープするためという理由でコカインにまで手を延ばしました…」
JC「そしてそれは全く良くなかった! それは喉の奥のところで溶けてしまって、僕の耳鼻咽喉系のトラブルには全く効き目がなかった。その頃僕はあまりトレーニングをしない天才スポーツ選手のようだった。だからコカインなしには歌うことができなかった。だけどそこには快楽など全然なくて、早々にコカインからは卒業したよ。」
(↓)「ファ〜ム、ジュヴゼ〜〜ム」


(↓)2017年アルバム(カロジェロのプロデュース)"A NOS AMOURS"から 「ジュ・テーム・エトセテラ」



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2017年10月28日追記


リジアン紙10月25日の第一面。ハーヴェイ・ワインスタイン事件を皮切りに、フランスでも一挙に噴出してきたあらゆる分野でのセクハラ・性暴力告発の大ムーヴメント。これに男性たちも支援・コミットする、という有名人男性16人の声明。
写真最上段・左から二人目にジュリアン・クレール。JC様の声明を以下に訳します。

ジュリアン・クレール、歌手、70歳

われわれすべてに責任がある。

不幸にしてセクハラ加害者はどの社会環境にも、どこにでもいる。しかし幸いにして僕はこれまでその場に居合わせたことは一度もなかった。僕が気がかりなのは、それに対して自分を防御することができない女性たちのことである。仕事場で好色な上司にセクハラ被害に遭う女性たちは自分の職を失うことを恐れている。われわれはみんなその各々の立場において責任があるが、それは極めてデリケートな問題であり、僕は知りもしないのに教訓を垂れたり、断罪したりするつもりもない。”FEMMES JE VOUS AIME”の歌詞を書いたジャン=ルー・ダバディーと共に、僕たちは女性たちを尊重する男たちである。僕は常にフェミニストの男であることを自認しているし、僕は常にフェミニストたちと共に生きてきた。ミウミウと共に僕は、婦女暴行犯罪の裁判を多く闘いその関連法を改善してきた弁護士ジゼル・アリミと密接な関係にあったし、そのことが僕に深い影響を与えた。愛は分かち合うものでなければならないし、このことに議論の余地がないのだ。
 L’amour doit être partagé, ça ne se discute pas. 「愛は分かち合うものでなければならないし、このことに議論の余地はないのだ。」
ありがたいお言葉です。


2017年10月23日月曜日

今朝のフランス語:indéboulonnable

"Au Japon,
l'indéboulonnable
Shinzo Abe"


  2017年10月23日、リベラシオン紙駐日記者アルノー・ヴォールランの記事の見出しです。"indéboulonnable(アンデブーロナブル)”は見慣れない形容詞ですが、単語を構成する要(かなめ)は "boulon(ブーロン)"で、これはボルト(雄ねじ)ナット(雌ねじ)のボルトを意味します。"boulonner (ブーロネ)"という動詞はボルトねじを締めるということで、逆にボルトねじを緩めてナットから抜いてしまう意味の動詞は "déboulonner(デブーロネ)"です。接尾詞 " - able"は「〜が可能な、〜できる」、そして頭についている接頭詞 " in - "は続く語の意味を否定する働きをします。"in - déboulonn - able"はすなわち、ボルトが固く締まっていてレンチでいくら頑張って緩めようとしてもビクともしない、そういう状態、転じて(人を)地位から引きずり下ろすことができない、(人の)評判をくつがえすことができない、という意味で使われます。
 これは10月22日の衆院選挙での自民党大勝を受けての論評ですが、記事の第1行はこうです。
C'est le paradoxe Abe : impopulaire mais élu et réélu sans discontinuer depuis cinq ans.
安倍のパラドックス、それは不人気であるのに5年間途切れることなく当選を繰り返していることである。

 (中略)この「投票所の王様」の新たな成功は全面的なものだったがそれは「ピュロスの勝利」にはならなかった。しかしながら世論調査からは安倍と国民の間の不信度の増大が懸念された。賄賂と身内偏重の2つのスキャンダル、国民に批判された安保法制の強行採決、そして日増しに驕りたかぶっていく国会での態度は、この日本保守政治のリーダーに正当性を与えるものではなかった。しかし彼の資質はもう傷がついた。2006年から2007年にかけて初めて政府首班となって完全に失敗した過去がある、この日本政界の「カムバック・キッド」は今日勝利的であるが、脆弱である。この列島の首相として連続5年、まもなく新記録になるが、安倍晋三は2020年のオリンピックまでもつだろうか?(後略)

リベラシオン紙ははっきりとそのカラーを出している左側の新聞なので、そういう読みなんでしょう。ところで一つこの記事で出てくる「ピュロスの勝利」という表現、初めて知りました。紀元前3世紀の古代ギリシャの王で、戦術の天才と言われたピュロスの故事なんですが、戦うたびに大損害を出して自軍兵の数を減らしていくことから、「損害が大きく、得るものが少ない、つまり割に合わない勝利」のことを「ピュロスの勝利」と言うようになったのだそう(日本語版ウィキペディア)。こんな高尚な喩えを出して、安倍の勝利を語ることなんかないのに。

↓(アベ・モワ!)


↓(アベ・モワ!)